第9話 勝負
「では、料理の主導権を懸けた『三本勝負』といきましょうか」
ユウヅキが手早く準備を済ませ、紙に様々なお題を書いて抽選箱に入れる。
その後方では、コヨミがソファの背もたれから身を乗り出し、ふふーんと楽しげな鼻歌を歌いながら、今にも殺し合いを始めそうな二人を特等席で観戦していた。
「前々から、『武神』と呼ばれる存在がどれほどのものか気になってたんだ」
「そっちこそ、『拳王』なんて大層な名を名乗っているが、ただ殴り合いに強い単細胞だと思っているつもりだ。それが、誤認になるといいな」
バチバチと、不可視の火花と殺気がリビングで激突する。
エデンの平穏な朝の風景の中で、栞と嬭苑は両者一歩も引かず、血に飢えた獣のように睨み合っていた。
「我一定要打敗你」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろう」
額と額をぶつけ合い、抗争が勃発する寸前――箱の中身をシャッフルし終えたユウヅキが、パンッと手を叩いた。
「お待たせいたしました。さっそく第一回戦を始めたいと思います」
ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべた老執事が箱に手を入れ、引き当てた最初のお題を高らかに読み上げる。
「第一回戦のお題は――『たたいて・かぶって・じゃんけんポン』です」
ピタリ、と。
リビングの空気が凍りついた。
『…………ん?』
殺気を漲らせていた栞と嬭苑の頭上に、クエスチョンマークが浮かぶ。
ユウヅキの発表したお題に全くピンと来ていない二人を見て、コヨミは思わず声を上げる。
「え、ちょっと待って。二人とも、もしかして知らないの!?」
『……全く知らん』
見事にシンクロして首を傾げる二人。これにはユウヅキも『今の若者は知らないのか……』と不安げに眉を寄せた。
「わ、わかった! ここは私がレクチャーしよう!」
コヨミは急いでどこからか移動式ホワイトボードを引っ張り出してくると、真剣な顔をした二人のポンコツに向けて、熱血指導を始めるのだった。
[栞&嬭苑 ルール習得中――――]
■■■
「よし、完璧に理解した」
「つまり、じゃんけんをして、勝った方はコレで相手を叩く。負けた方はコッチで防御する、と……」
軍の作戦会議の如くルールを反芻し、満足げに天を仰ぐ嬭苑。
対する栞は、両手にピコピコハンマーとヘルメットを持ち、真剣な面持ちで確かめていた。
「そ、そんな感じだね……」
あまりにもガチすぎる空気に、コヨミは内心『本当に大丈夫だよね……?』と一抹の不安を覚えつつも頷いた。
ルールをインプットした二人は床に正座で向かい合い、間にピコハンとヘルメットを挟んで、再び鋭い視線を交錯させる。
「では、構えて。よーい……」
リビングが、針の落ちる音すら聞こえそうな極限の緊張感に包まれる。
そして、ユウヅキの上げられた右手が、ゆっくりと振り下ろされた。
「スタート!」
合図と同時、両者は音速の域に達する初速で拳を突き出した。
『叩いて・かぶって・じゃんけん――ポンッ!!』
気迫の乗った声が重なる。
栞の手はチョキに対し、嬭苑の手はグー。
勝敗が決した瞬間、ミリ単位の反応速度で先に動いたのは――嬭苑だった。
(おいおい、遅ぇぞ! それでも武神か!!)
勝ち誇った凶悪な笑みを浮かべ、ピコハンを強靭な握力で引っこ抜く嬭苑。そのままの勢いで、黄色と赤色の玩具ハンマーが大上段へと高く振り上げられる。
一方、一歩遅れて敗北を視認した栞は、一切の動揺を見せることなく。
極めて冷静な動作でヘルメットへと左手を伸ばした。
「今更間に合わネェぞッ!!」
嬭苑の咆哮と共に、風を切り裂く音を立ててピコハンが振り下ろされる。
その神速の一撃に、観戦していたユウヅキとコヨミは完全に『嬭苑が勝った』と確信し、息を呑んだ。
だが――…………。
直後、鼓膜を弾くような乾いた破裂音がリビングに響き渡った。
全力でハンマーを振り下ろしたはずの嬭苑が、信じられないものを見たように呆然と固まっている。
彼の目線の先。栞が右手で、顔面に迫るピコハンを真正面から受け止めていたという光景にフリーズしてしまったのだ。
彼女の完璧な受け。ハンマーを完璧に無力化した栞は、尚も落ち着き払った様子で左手でヘルメットを持ち上げ、ポスッと自身の頭に被った。
そして、コヨミの方へと向き直り、『セーフ』という安堵と自信に満ちた、とびきりのドヤ顔を浮かべたのである。
「……フッ。防いだぞ」
「ううん、全然アウトだよ。しおりちゃん」
完全勝利を確信した栞の決め台詞を、コヨミの無慈悲な宣告がバッサリと切り捨てた。
彼女の言葉に栞はピキリと固まり、まん丸に目を見開く。
「な、なんでだ……!? 完璧に防いだぞ!?」
「手を使うのは、反則でーす」
コヨミが両手で容赦なく『ブッブー!』と大きなバツ印を作る。その瞬間、栞の脳内で何かが崩れ去った。
「そ、そんなぁ…………」
完璧なドヤ顔から一転、完全に燃え尽きたように真っ白に灰化し、ポロポロと涙を流し始める栞。
軍の常識(身を守るためには手も使う)が仇となった悲劇。
その後、パニックに陥った栞は『手は使わない、手は使わない』と脳内でルールを呪文のように唱えながら戦った。
そのせいで反応がボロボロになり、嬭苑に無惨な敗北を喫するのだった。




