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第10話 白黒

 その後、二回戦目の『ダンスバトル』は、武術のステップを無駄に活かした二人のぐだぐだな創作ダンスにより、判定不能の引き分けとなった。


 そしていよいよ、最終決戦となる三回戦目のお題をユウヅキが抽選箱から取り出す。


「では、最後のお題を発表いたします」


 ユウヅキの言葉に、栞と嬭苑(ジエン)は息を整え、意地と見栄を張って不敵な笑みを浮かべた。


「コレで白黒はっきりするってワケだな」


「あぁ、かかって来い……」


 そんな、本気の殺し合いさながらの気迫を放つ最強の(バカな)二人を、ソファから眺めていたコヨミは――。


(なんかもう、飽きてきたなぁ……)


 完全に、飽きていた。

 それもそのはず、時刻はとっくに昼を過ぎている。


 いつもなら決まった時間にランチを出してくれるユウヅキすらも二人の勝負に夢中になっており、エデンの顔とも呼べる歌姫(アイドル)が完全に放置されていたのだ。


(てか、お腹すいたし。そろそろ終わらせてほしいなァ……)


 ぐぅ、と鳴りかけたお腹をさすり、ついにコヨミの堪忍袋の緒が切れた。


「あぁんもう! いつになったら終わるの!!」


 リビングの空気を震わせる声。勝負に夢中になっていた三人組が、ビクンと肩を揺らして一斉に振り返る。


「もうお昼過ぎ! なんならもうすぐ夜ご飯の時間なんだけど!?」


 コヨミが激怒しているのを見て、三人はオロオロと顔を見合わせる。


 その反省の色が見えない態度に、コヨミはにっこりと笑顔の裏に殺意を宿した声色で言い放った。


「ねぇ、そろそろ終わらせてくれる? 私さ、お腹すいたし、この後夜からラジオ配信なんだよねぇ」


 歌姫から放たれた、侵星群(インヴェーダ)よりも恐ろしいプレッシャー。


 思わず息を呑んだ栞と嬭苑は、滝のような冷や汗を流しながらユウヅキに詰め寄った。


「ユウヅキさん早くッ! 最後のお題なんすか!?」


「もう私たちは、急いで終わらせるべきですよ!!」


 両脇から迫られたユウヅキも激しく頷き、震える手で紙を開いて読み上げようとした。


「さ、最後は――」

――ッ!!


 紙に書かれた文字を見た瞬間、老執事の顔面からサーッと血の気が引き、戦慄に唇が震えた。


「なんなんですか、早く見せ……ッガァ!?」


「……っスゥ!?」


 もどかしさに耐えきれず、横から紙を覗き込んだ嬭苑と栞。同時に変な、カエルが潰れたような悲鳴を上げて後退る。


「……でぇ? なにが出たの?」


 ジリジリと黒いオーラを漂わせながら問うコヨミ。栞は、完全に石化して動かなくなったユウヅキの手からお題の紙を拝借し、震える声で読み上げた。


「……す、『スゴロク』、です」


 日本軍特殊部隊のリーダーは、極度の動揺からついに完全な敬語になっていた。


「へぇ、すごろくゲームねぇ――」


 ゴクリと唾を呑み込む二人に、コヨミは今まで見せたことのない、ぞくっとするような冷徹な瞳を向ける。


「制限時間は十分。終わらなかったら……明日二人は私の言うこと()()()()聞く『わんちゃん』になってもらうからね」


「わ、わんちゃん……?」


「そう。わ・ん・ちゃ・ん♡」


 脂汗を流す嬭苑に、コヨミは首を傾げて愛らしく微笑む。


「え、えと……それってつまり、どういう……?」


 恐怖で思考回路がショートしている栞の問いに、コヨミはポンッと手を叩き、とびきりの笑顔で提案した。


「二人に首輪とリードを付けて、エデンの街中をお散歩するってのはどうかな?」


「…………よし、爆速で終わらせるぞ嬭苑」


押忍(オス)ッ」


 社会的な死を回避すべく、栞は真顔で宿敵へと合図を送り、嬭苑も武道家の矜持(きょうじ)を捨てて即答した。


――…………。


 結果として、二人はかつてないほどの完璧な連携(協力プレイ)を見せ、互いに手加減なくダイスを光速で振り合い、なんと十分以内にスゴロクを終わらせるという奇跡を起こした。


 盤面を片付け、無言で硬い握手を交わす栞と嬭苑。


「……良い勝負だった」


「……你也是啊(そっちもな)


 勝負自体は嬭苑の勝利で終わった。その後、急いでユウヅキと嬭苑がキッチンへ向かい夕食を作り始めた、その裏で。


 栞はコヨミの指示(絶対命令)により、広いバスルームで共にお風呂へ入らされていた。


「ふぅ……気持ちいいね、しおりちゃん」


「そ、そうですね……」

(私、今日が命日になるかもしれない)


 湯船の中で、栞の右腕はコヨミの両腕によってぴったりと、逃げ場のないほど強固にホールドされていた。


 肌と肌が触れ合う距離。視線を向ければ、上気した頬で甘く微笑むアイドル。


 極度の緊張による心臓の早鐘に耐えきれず、先に浴槽から出たくても抜け出せない栞は、密かに神へ祈りを捧げるのだった。


 ■■■


 同時刻。光り輝くエデンとは真逆の、増築が繰り返された暗く歪なスラム街。


 幅の狭い建造物の隙間から絶えず汚れた蒸気が噴き出すその街の、さらに奥深く。


 薄暗い部屋の赤黒い絨毯の上には、鉄の匂いを放つ血の池が広がっていた。


「ハァ、ったく。気に入ってた絨毯を汚しちまったぜ」


 パチン、と指を鳴らすくぐもった声。


 それに反応した黒スーツの男たちが、血だらけになってピクリとも動かない元・同僚の両足を掴み、無言で部屋の外へと引きずり出していく。


「さて……そろそろ、闇オークションがやる頃だな」


 窓から澱んだ街の景色を見下ろすボスの背中へ、部下の一人が片膝をついて問いかけた。


「ボス、次はいかがなさいますか?」


「そうだな…………」


 地の底から響くような声が部屋を震わせ、薄気味悪い笑い声が漏れる。


「エデンの歌姫を、俺の()()()にでもするか」


「ぼ、ボス! それは流石にマズイですって!」


 部下が制止しようとした、次の瞬間。


 ボスと呼ばれる者の右拳に、暗紫色の稲妻が纏わりついた。


 ボスがそれを無造作に机へ振り下ろすと、轟音と共に分厚い無垢材のデスクが木っ端微塵に砕け散った。


「……俺に、口出しする気か?」


「い、いえ。なんでもありません!」


「なら、さっさとあの小娘を攫って来い。俺の傍に首輪をつけて座らせて、極上のオークションを見せてやる」


 暗闇の中で、紫の稲妻がボスの狂気に満ちた瞳を妖しく照らし出す。


 ボディーガードたちが結成されたことなど露知らず、裏社会の魔の手が伸びようとしていた。


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