第6話 誠意
「私の、専属護衛になって!!」
その唐突な提案に、栞は思わず素っ頓狂な声を漏らし、首を傾げた。
一方、コヨミと同じソファに座っていた嬭苑は、火のついていない煙草を咥えたまま、顔にデカデカと『めんどくせー』と書いて固まっている。
「ちょ、ちょっと待って。専属護衛って?」
急激な展開に目を回しつつも、なんとか思考を巡らせて問い返す栞。
そんな彼女に対しコヨミはきっぱりと胸を張って答えた。
「だって二人とも、【侵星群】に立ち向かえるほどの実力と勇敢さがあるでしょ? それに、ボディーガードってなんかカッコいいじゃん!」
(随分と、歌姫さんらしい単純な理由なこった)
嬭苑は変わらず煙草を咥えた状態で、深々と足を組み直す。
「己は反対だ」
呆れを含んだ短い拒絶。
それに、コヨミはぷくっと頬を膨らませて猛抗議する。
「どうしてっ! 私なら君たち二人をここで養ってあげられるし。それで今後も侵星群に襲われた時に護ってくれれば、お互いウィンウィンじゃん!」
地団駄を踏み、なんとか説得しようとするコヨミ。まさか反対されると思っていなかったのか、必死に食い下がる。
だが――。
「無理だ。少なくとも、己達じゃない。もっと適任なヤツを金で雇え」
「な・ん・で・よぉ~~!」
バタバタとソファに倒れ込み、子供のように手足をバタつかせて駄々をこねるコヨミ。
その姿を一瞥し、栞は嬭苑へと視線を向けた。
「コヨミの提案は、聞いた感じ悪くない条件だ。何がダメなんだ」
すると嬭苑は、咥えていたタバコを指で挟み取り。一切の感情を削ぎ落とした、殺意すら孕む冷たい眼差しで栞を見据えた。
「己とテメェは、決して相容れない存在だってコトだ」
その重く、冷徹な言葉に、栞は息を呑んだ。
そうだ。成り行きで共闘し、すっかり感覚が麻痺していたが、自分たちは元々。互いの命を奪い合うために存在していたのだ。
急に冷え込んだ空気に、駄々をこねていたコヨミも目をパチパチと瞬かせ、不安げに首を傾げた。
「しおりちゃんとジエンって……お友達とか、お仕事の仲間じゃないの?」
「ちげぇよ」
嬭苑は手元のタバコを見つめたまま、地を這うような低い声で吐き捨てた。
「己は世界に反逆するマフィアのボスで、コイツは特殊部隊のリーダー。己達は、元の世界じゃ殺し合うためだけに出会った、対極の存在なんだよ」
「…………」
あまりに血生臭い真実に、コヨミは何か言いたげに唇を震わせたが、結局言葉を紡ぐことはできなかった。
重苦しい沈黙が降りる。
しばらくして、嬭苑は壁のデジタル時計を一瞥すると、ドッコイショと体を揺らして立ち上がった。
煙草をポケットに突っ込み、二人に背を向けてキッチンへと歩き出す。
「……腹が減ってはなんとやらだ。詳しい話は、飯食ってから明日以降にすりゃいい」
ぶっきらぼうな背中が、キッチンへ向かうのを見届けた後。栞はふと、ずっと気になっていた疑問を晴らすべく、コヨミへと視線を移した。
「コヨミ。少しいいか?」
「え、うん……?」
コヨミがコトリと首を傾げる。そのあまりに無防備で自然な仕草に、栞は一瞬だけ心臓が跳ねるのを感じたが、小さく深呼吸をして平静を取り繕った。
「さっき君が言っていた、侵星群。それは……私や嬭苑を襲ったあの化物のことか?」
栞の問いに、コヨミは何度も頷く。
「その侵星群というのは、一体何なんだ。目的は?」
「……私も、詳しいことはよくわからないんだけど」
コヨミはギュッと膝の上で両手を握りしめ、言葉を選ぶように俯いた。
「次元を裂いて現れる、未知の生命体……みたいな感じ。でも、一つだけ確かなのは、人間に危害を加える……すごくヤバい存在ってこと……」
キッチンから嬭苑が(勝手に)肉を焼く音が聞こえる中。コヨミの表情には、天真爛漫なアイドルらしからぬ、深い恐怖と怯えが影を落としていた。
「それと、ね…………」
コヨミがゆっくりと顔を上げる。
栞と視線が絡み合った。その瞳の奥には、孤独な夜を一人で歩き続けてきたような、暗い絶望が渦巻いていた。
彼女は血の気の引いた唇を震わせ、誰にも言えなかった秘密を吐き出す。
「私、アイツらの『声』が聞こえるの」
「……声、だと?」
予想外の言葉に、思わず聞き返す栞。
数十秒の静寂が流れる。やがてコヨミは、自分自身を抱きしめるように両腕を交差させ、絞り出すように呟いた。
「『歌え』って……アイツら、ずっと私に言ってるの」
その一言は、栞の胸の奥に、かつてないほどの重い疑問と――この脆く小さな少女を理不尽な運命から護り抜きたいという、無自覚な熱情を植え付けるのだった。




