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第4話 決着

 私は今、初めて――。

 自分と全く同じ、深く昏い『暗闇(こどく)』を瞳に宿す人に出逢った。


 ■■■


 超高度に発展した巨大都市【エデン】の中心地。


 天井が崩落したドーム型ライブ会場の瓦礫の中から現れたのは、サイドを刈り上げ、金髪をポニーテールに結い上げた男と、そして――。


「…………」


 アイドルであるコヨミの視線が、もう一人の人物と交差して動かなくなる。


 艶やかな黒髪のハイポニーテール。

 全身を黒基調の重厚なレイヤードスタイルで包んだ女。


(何でだろう……)


 コヨミの視界が、不意に涙で歪む。ポロポロと零れ落ちた雫が、震える自身の両手へと落ちていった。


(私、あの子を知っている――そんな気がする)


 胸の奥から込み上げる説明のつかない感情。


 コヨミは喉の奥に詰まった言葉を紡ごうと、必死に喉を押さえながら彼女を見つめ続けていた。

 しかし、その静寂は無骨な声によって破られる。


「貴様ら、何者だ!」


 コヨミを護るべく、武装した数人の警備員たちが一斉に二人へテーザー銃を構えた。


「あ? なんだテメェら」


 一方で、ある程度ダメージから回復していた嬭苑(ジエン)は、銃を構える警備員たちを一瞥。


 首を鳴らし、全身を軽くストレッチしながら武の構えを取る。


「まさか、そんなオモチャみたいな武器(エモノ)持っただけで、この(オレ)に勝てる気でいネェよな?」


 直後、嬭苑の体から漆黒の殺気が噴れ出した。


 顔の大半が黒いオーラのような影に包まれ。唯一、黄色みを帯びた暗緑色の瞳だけが、飢えた獣のように爛々(らんらん)と光る。


「……ッ!」


 本物の死線を潜り抜けてきた男の圧倒的な重圧に当てられ、警備員たちは顔を青ざめて数歩後退する。


 その様子に嬭苑は、凶悪な笑みを口元に浮かばせた。


 そして、彼が一歩を踏み出そうとした、まさにその瞬間。


――ガツンッ!!


「何やってんだバカ。一般人に手を出すつもりか」


 背後から、灰羽栞(はいばね しおり)の容赦ない拳が、嬭苑の脳天をかち割る勢いで振り下ろされた。


「いッでぇよ……! だってよォ、アイツらが先にエモノをなァ――」


「これ以上無駄口を叩くなら、その股間の()()を潰すぞ」


 涙目で抗議しようとした嬭苑だったが、栞から放たれた絶対零度の言葉(いちげきひっさつ)に下半身を震え上がらせ、一気に顔面を蒼白にした。


「……あのなァ、武神さんよぉ。男に向かって冗談でもそれは……」


 先ほどまでの殺気はどこへやら、すっかり弱腰になった彼は、追い詰められた小動物のようにピーピーと鳴いて栞に許しを請う。


 そのコントのような一部始終を、コヨミは何処か寂しさを紛らわせるような、不思議な安堵の表情で見つめ続けていた。


 だがその直後。

 再び会場内を激しい揺れが襲う。


「なんだッ!?」


「全員、戦闘態勢を崩すな!」


 警備員たちがテーザー銃を構え直し、上空を飛行する生配信用ドローンも一斉にカメラの向きを変える。


 会場にいる全員が息を呑む中――『それ』は再び姿を現した。


「お出ましだぞ、武神さん」


 嬭苑の視線の先。

 自分たちが落下してきた鉄屑の山の上に、右腕が結晶の大剣に変異したあの化物が、人間たちを虫けらのように見下して佇んでいた。


「さっきは派手にぶっ飛ばしてくれたしな。キッチリ返してやらないとな」


 絶望的な存在を前にして、栞と嬭苑は不敵に笑い合う。


 まるで長年の相棒のように視線を交わし、二人が同時に一歩を踏み出そうとした直後。


「よせ、死ぬ気か!」


 警備員の一人が、悲痛な声で彼らを制止した。


「よく聞け! そいつはお前らみたいな丸腰で倒せる相手じゃない。無駄死にする気か!」


「……だってさ」


 あからさまにダルそうに首を傾げる嬭苑。

 彼は、横に立つ栞へと視線を移す。


「まぁ、私たちはもう一回死んだようなものだしな」


 警告など意に介さない様子で、栞は足元に転がっていた壊れたスポットライトを片手で拾い上げる。


 そんな彼女の言葉を聞いた彼は、クックッと喉を鳴らして笑った。


「そういうワケなんだわ。テメェらはそこで、大人しく観戦してろ」


 嬭苑は一瞬だけ振り返ると、機械義手の右腕で中指を立て、警備員たちへ挑発的に見せつけた。


「今度はドジ踏むなよ」


「任しとけって。今は()()中だ、のびのび行こうぜぇ」


 客席のファンたちが恐怖でざわつき、生配信用ドローンが二人の背中を都市全体へ中継し始める中。


 コヨミもまた、信じられないものを見るような目で、絶対的な強者のオーラを放つ彼らの背中を見つめていた。


 化物の眼前にまで歩み寄る栞と嬭苑。


「『武神』さんは()あってこその本領だろ? 己に獲物を譲ってくれてもいいんだぜ?」


「そういう『拳王』さんも随分と余裕そうだが。私たち、一度ヤツに負けた身だろう?」


 屈託なく笑う嬭苑に対し、栞もまた静かに口角を上げる。


 両者が化物の前であえて隙を晒した、その直後だった。


 空間がブレる。

 化物が肉眼では到底捉えられない速度で、右腕の結晶の刃を横薙ぎに振り抜く。


「引っ掛かったな」


你這笨蛋(バカめ)!」


 一度見た攻撃など、彼らには止まって見える。


 栞と嬭苑は死の刃を紙一重で(かわ)す。


 栞は大剣の刃を飛び石代わりに跳躍し、化物の肩を足場にして力いっぱいの蹴りを叩き込んだ。


 その衝撃で肉体が微かに体勢を崩す。そのコンマ一秒の隙を狙い、深くしゃがみ込んでいた嬭苑が両脚をバネのように弾けさせた。


 義手の親指を畳み、四本の指を鋭き剣のごとく伸ばした必殺の構え。


神威一式(かむい いっしき)剣掌(けんしょう)ッ!」


 嬭苑のみが体得する我流武術。

 その鋭利な一撃が、化物の心臓部を正確に貫く。


 強烈な衝撃波と共に化物は大きく後退し、分厚い生体装甲に深い亀裂が走った。


「フッ、我ながら完璧な一撃だったな」


 勝ちを確信して自画自賛する嬭苑。それを呆れた目で見ていた栞だったが――ふと、化物の挙動に違和感を覚える。


「――ッ!」


 姿勢を崩した化物の視線の先。そこには、逃げ遅れて腰を抜かした大人と子供が数名、恐怖に震えていた。


 化物は彼らへ向けてジリジリと歩み寄り、右腕の大剣を無慈悲に振り上げる。


「逃げてッ!!」


 コヨミの悲痛な叫び声が響く。

 警備員たちも走り出したが、到底間に合わない。


 そして、空気を引き裂き。

 ファンたちを両断すべく絶望の刃が振り下ろされた――。


「させるかァッ!!」


 誰よりも早く。ただ一人、一切の迷いなく一直線に駆け出した影があった。


 …………栞だ。


 彼女は壊れたスポットライト本体を盾に、ファンたちの前に立ち塞がり、化物の一撃を真っ向から受け止めた。


 しかし、直後硬質な鉄が容易く切断される音が響き渡る。


『――ッ!!』


 盾代わりの本体ごと、栞の肉体が一瞬にして切り裂かれたのだ。


 右肩から左腰にかけて。

 斜めに振り下ろされた結晶の刃が、彼女の身体を深く、残酷なまでに斬り裂いた。


「ぐっ、ア゙ァ゙……ッ!」


 スポットライトの破片が散らばり、栞の身体から滝のような鮮血が噴き出してステージを赤く染め上げる。


 致命傷。普通の人間なら即死か、痛みで気絶しているほどの重傷。


 ――しかし、栞の瞳に宿る闘志の炎は、微塵も揺らいではいなかった。


 刹那、彼女は血を吐きながら雄叫びを上げ、怯むことなく化物の頭部を両手で鷲掴みにする。


 そして、己の残された全生命力を懸けた膝蹴りを、化物の顔面へと叩き込んだ。


 栞自身の膝の骨が砕け散る鈍い音と同時に、化物の硬質な顔面装甲が強烈に陥没し、亀裂が走る。


「……嬭苑ッ゙ッ゙!!」


 限界を迎え、血反吐を吐きながらステージ上へと力なく倒れ込んだ栞が、魂を振り絞って拳王の名を叫んだ。


 直後、よろめく化物の背後へ、音もなく回り込んだ嬭苑が皆の目に映る。


 その眼差しは、一切のふざけを捨てた本物の獣のように。


神威九式(かむい くしき)穿刃脚(せんじんきゃく)ッ!!」


 『全てを穿つ刃』。

 その名を冠した凶悪な蹴りが、化物の背中を真横から切り裂いた。


 断末魔すら上げる暇もなく、化物の肉体はその場で光の粒子となって崩壊し、消滅していく。


 だが、嬭苑に勝利の余韻に浸る余裕などなかった。


 血溜まりの中に倒れ伏した栞へ向け、一目散に駆け寄る。


「おい、しっかりしろ! 死ぬな、オマエはまだ――!」


 彼の焦燥に満ちた叫び声が、水底に沈むように遠のいていく。


 出血で薄れゆく栞の視界。

 その最期に映ったのは、悲痛な顔でこちらを見つめ、震える手を伸ばそうとする――あのアイドルの姿だった。


(あぁ……なんでだろ。彼女を、泣かせたくない……)


 そんな、柄にもない思考を最後に。

 栞の意識は、完全な暗闇へと沈んでいった。

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