第3話 遭逢
「なッ……!」
「那是啥……?」
灰羽栞と嬭苑の驚愕の視線の先――立ち込める土煙を割って現れたのは、生物の枠から完全に逸脱した『異形』。
鋭く尖った外骨格は王冠か兜を思わせ、目や口といった明確な器官は存在しない。
何層にも重なった黒く分厚い生体装甲。
異様に細身でありながら凶悪な筋力を予感させる胴体には、古傷のような十字の紋章が刻まれ。
その奥で暗い金色のエネルギーコアが不気味な脈動を繰り返している。
極めつけは、右腕だった。
肩から指先にかけて結晶体が侵食しており、紫に発光する鋭利な結晶が重なり合って、身の丈を越える巨大な『大剣』を形成している。
「アレ……生物なのか?」
未知への困惑と、本能的な恐怖。
微かに震える声で栞が問うと、隣の嬭苑も頬に冷や汗を伝わせながら吐き捨てた。
「んなの分かるワケねェだろ……」
見知らぬ世界の、非現実的存在。
何もかもが異常な状況で、ただ一つだけ確かなことがあった。
「……てか、アイツ。とんでもねェ殺気垂れ流してやがるぞ」
人間の防衛本能が、全身の細胞レベルで警鐘を鳴らしている。
(嬭苑の言う通りだ。視界に入れただけで、精神が削られるほどの殺気……)
言葉は通じるのか。
いや、この殺気を見れば交渉の余地などない。
ならばどうする?
栞が隊員としての思考をフル回転させ、活路を模索していたその時だった。
「コンチハー。それともハロー? もしかして你好!」
横にいた嬭苑が、あろうことか目を輝かせ、警戒心ゼロでバカでかい声を張り上げる。
「ナニ、してんの……?」
般若のごとき形相で睨みつける彼女を意に介さず、彼はケラケラと笑う。
「いやだって、見た感じ人型だし。多分着ぐるみか、コスプ――」
だが、嬭苑が油断から目を逸らした、その一秒にも満たないコンマの隙。
化物は、まるでその瞬間を待っていたかのように行動を起こす。
「「ッ!?」」
音と気配が、完全に置き去りにされた。
空間がブレたかと思った次の瞬間には、化物は数十メートルの距離をゼロにし、二人の眼前にまで急接近していたのだ。
「はッッや!?」
嬭苑の顔から余裕が吹き飛ぶ。
栞は本能のまま、腰のホルスターから大口径拳銃を抜き放ち、即座にトリガーを引いた。
カチン――。
――弱々しい金属音が響く。
弾は出ない。
見れば、分厚い銃身に致命的な亀裂が入っていた。
それは、元の世界で嬭苑の放った。
規格外の一撃を防いだ代償だ。
「……なんか、抱歉」
「お前、ホッッント最悪!」
悪びれもせず平謝りする元凶に怒鳴りつけた直後、化物の右腕を構成する結晶の大剣が、二人をまとめて両断すべく横薙ぎに振り抜かれた。
「危ねェ!!」
「分かってるッ!」
肉眼では到底捉えられない死の閃光。
普通なら、瞬きする間に肉塊へと変えられているだろう。
しかし、それはあくまで彼らがただの人間だった場合の話である――。
■■■
同時刻。
ホログラムのネオンが目まぐるしく瞬く、超高度に発展した巨大都市【エデン】の中心地にて。
巨大なドーム型ライブ会場の熱気は、まさに最高潮に達していた。
「みんな~~! 今日もライブ見に来てくれて、ありがと~~!!」
煌びやかなスポットライトを一身に浴びる、透き通るような白銀の三つ編みロングヘアを揺らす一人の少女。
彼女はドームを埋め尽くす何千人ものファン一人ひとりと。
そして、会場に来れなかった人たちのためにも。
飛行する無数のドローンから生配信で届けられるよう、満面の笑みで手を振っていた。
それに呼応して、地鳴りのような歓声とペンライトの光の波がうねる。
「それじゃ、いよいよ今日ラストの曲だね。みんなと過ごす時間、本当にあっという間だけど!」
天へ向けてスッと片手を伸ばした少女の顔に、ふと物悲しい影が落ちる。
しかし彼女はすぐにかぶりを振り、今まで以上に眩しい笑顔を弾けさせた。
「ラストの曲は、コレに決めた! 私がみんなに届けた最初の歌、『君と明ける夜空』!」
曲名が発表された瞬間、ドームの屋根を吹き飛ばさんばかりの歓声が爆発する。
「一緒に、歌って踊ろ~~!」
最高潮の熱狂が炸裂する。
その直後だった。
突如として凄まじい轟音が響き渡り、少女のいる頭上の天井が木っ端微塵に砕け散った。
「みんな、気をつけてっ!!」
そんな彼女は悲鳴一つ上げることなく、瞬時にヘッドマイクを通じてファンたちに警告を発した。
それと同時、降り注ぐ巨大な鉄骨とスポットライトの雨を、滑らかなステップで間一髪で回避する。
衝撃と共に、舞台上には鉄屑の山が築かれ、会場はパニックの渦に包まれた。
「みんな大丈夫!? ケガ人はいない?」
自身の命の危機すら顧みず、少女は客席に向かって叫ぶ。
彼女の声に反応したファンたちが無事を知らせる声を上げると、少女はふにゃりと安堵の笑みを浮かべ、胸を撫で下ろした。
「よ、良かったぁ~……」
そこへ、武装した数人の警備員たちが血相を変えて駆け寄ってくる。
「遅れてしまい申し訳ございません! コヨミ様、お怪我は!?」
「平気だよ。私も、ファンのみんなも」
事態を収拾すべく、警備員たちは腰からテーザー銃を抜き放ち、天井から落下してきた鉄屑の山へとジリジリと近づいていく。
「なぁ、もし……またアイツらだったら?」
「それは一番最悪なパターンだ。今はただの老朽化による事故だと考えたい」
小声で言葉を交わしながら、警備員の一人が唾を呑み込み、鉄骨へ手を伸ばそうとした瞬間。
――ガン゙ッッ!!
鈍く、しかし鼓膜を揺らす強烈な衝撃音と共に、何トンもある鉄骨の山が内側から吹き飛ばされた。
「回避しろ!」
弾け飛ぶ鉄骨を警備員たちは避ける。
その内の一人が、足元に転がった。へし折れた鉄骨を見て息を呑む。
(……なんだ、この拳の痕は!?)
その直後、粉塵の舞う鉄屑の山から、変わった服装をした二人の男女が這い出てきた。
「うぐ……酷い目に遭った。あの化物、一体……」
「おえ、マジでクソ。なんなんだよ、あのヤロウッ」
瓦礫をどかして現れたのは、サイドを刈り上げ金髪をポニーテールに結い上げた男と、そして――。
「…………」
コヨミの視線が、もう一人の人物と交差する。
艶やかな黒髪のハイポニーテールを揺らす、全身黒基調の重厚なレイヤードスタイルの女。
コヨミは、気づけば彼女の瞳から目を離せなくなっていた。
なぜならその瞳の奥には、コヨミ自身が抱え込んでいるのと同じ、深い暗闇が宿っているように見えたからだ。




