グーピスの眼と友人の師匠
目を覚ました時、目の前には地獄が広がっていた。
枯れた木々には自然ではあり得ないような赤色の線が巻き付き、それがまるで血管のように脈打っている。
意思を持たないはずの植物が、葉で小動物を包み込んでそれを溶かす。
肌を撫でるような風は酷く鉄臭く、それでいて生臭い。
そんなあり得ない森の向こう、山の上には、巨大な瞳が俺達を見下ろしている。
ここが地獄と言わずして、何処を指すのだろうか。
あの明らかに禍々しい、人を見下すような黄色い眼からは悪魔達の赤い瞳よりも強い殺意と憎しみのような、とにかく負の感情が撒き散らされている。
アレを直視し続けるのは、絶対によくないと脳よりも早く全身が察知したのか、気がついた時には視線を逸らして足元に倒れる彼女に向いていた。
「大丈夫か、ラタ」
「……う~ん。だめですよお師匠様ぁ~……私はママじゃありませんよ」
どんな夢を見たらこんな寝言が出るのだろうか。
ぐっすり眠りやがって、危機感が足りねぇよ。
「ほら、起きろペッタンコ魔術師」
「お師匠……次は私が赤ちゃんになりますぅ……」
……こんな状況でもここまでぐっすり眠っていられるのも、ある意味才能かもしれねぇな。
肩を掴んで体を揺すってみるが、幸せそうな表情のままよだれを垂らす彼女からは目を覚ます気配がまるでない。
「起きろ、変態」
頬を叩こうとしても、防御魔術が展開されているのか彼女の肌には届かない。
揺すってもだめ、叩いても起こせない。
仕方ない、母さんが熟睡した俺を起こす時の必殺技を使うか。
俺は彼女の隣に座ってから。
「はむっ」
歯で傷付けないように気をつけて、彼女の耳を甘噛した。
「ぴぎゃあ!!!」
お、起きた起きた。
流石母さん直伝の起こしかただな、俺が飛び起きたってことは他の奴にも通じると思っていたが、やはり効果はバッチリだ。
「け、けけケダモノ!」
「起こしただけだっての、そんなことより」
「完全に襲われるところでした……耳を舐められて、そのまま服を脱がされて……ヒィッ!」
「そんなめんどくさいことしねぇよ!」
「めんどくさい……さては服を着たまま襲うつもりだったんですね!?」
「だから襲わねぇってんの! 母さんがよく俺をこうやって起こしてたんだから、これなら絶対に起きると思ってやっただけだ。言っとくが、母さんみたいに下着だけになって布団に潜り込んでやってないだけマシなんだからな?」
何だ、いきなり立ち上がってスススと俺から距離を取りやがって。
おまけにそのジトッとした目、やめろそれ。
「……マザコン?」
「俺は被害者だって話をしてたつもりなんだが?」
彼女は俺とくだらない言い争いをしながら、ハッと山の上にある黄色い眼を見て、すぐに視線を伏せた。
「なんですか、アレ」
「俺が聞きてぇよ。魔術師の使う魔術にあんな目を召喚するものとかねぇの?」
「目だけを召喚とかそんな魔術知りません」
ラタは母さんには劣るものの、優秀な魔術師であることに違いはない。
彼女の魔術知識量と、さっきのセリフをあわせて考えると……あの眼は、魔術で作られたものじゃなくて、この第二大陸固有の生物ってことになる。
「本当にアレは何なんでしょうか」
「何でもいい、とにかくクォーツの所に戻ってあのクズをぶん殴ってやる。こうしてる間にも俺のロスが汚されてるかもしれねぇんだぞ」
「ハァ、まあそれは後です。とにかくテレポートで戻り……いや待って下さい、アレって」
彼女が指差す方向には、あの嫌な瞳がある。
目を合わせたくないからあまり見たくはないけれど、目を丸くしているラタの驚きの元を見てみたい気持ちが不気味な物を見たくないって恐怖よりも勝って、視線がスッと上がっていく。
そこには何もない。
ただ、あの瞳があって、脈打つ木々が視界に入るだけ。
アレらだけでも十分に驚く要素だからもうこれ以上はお腹いっぱいなんだけど……。
「何もないっての」
「気のせいでしょうか。もし彼女が来てるのなら……いえ、それは後です」
杖を出して瞳を閉じる彼女が細かく詠唱をすると、足元に魔術式が現れてーーすぐに消えた。
ラタも何が起こったのかわからないといったような表情を見せてから、もう一度同じ詠唱をするも、同じように消えていく。
「まずいですね」
「何がマズいんだよ、お前が三流魔術師だってバレたことか?」
「そろそろ本気でぶっ飛ばしますよ!? そうじゃなくて……えーっと、このヤバい魔力を感じませんか? 書き消されるんですよ」
「すっげぇ嫌な黒い魔力なら感じるんだけど……」
彼女の態度や言葉から考えるに、ふざけてはいない。
しかし俺がどれだけ集中しても、彼女の言うヤバい魔力とやらは見つけられないし、やはり驚きの元もわからない。
あるのはあの瞳から放たれる邪悪な物と、化物のような量を誇るラタの魔力だけ。
「アイツも第二大陸に来ていたのでしょうか? お師匠様が第六大陸で戦って、ここまで逃げてきた可能性もある? でもそれなら瑞樹が見つけているはずですが……」
「ラタ」
「瑞樹が第三大陸にまだ残っているとすれば、確かに第二大陸は監視出来てません。そうすると、可能性はあるということでしょうか」
「おーい、ラタ」
「うるさいです! 少し黙ってそこでロスさんがクォーツ様に抱かれているシーンでも想像して自分を慰めていて下さい!」
心の底から吐き気がする場面じゃねぇか、絶対に嫌だ。
つーかキレるならせめて何を考えているのかとか、俺に情報を共有してからキレろっての。
正気じゃない彼女が治るまで、俺は近くにあった少し大きな石に腰かけてからもう一度黄色い瞳を見た。
母さんの教えの通り、アレをもし俺が倒さないといけないって状況になった場合に備えて観察はしておかねぇとな。
まるで俺が観察すると決めたのを察したかのように、禍々しいとにかく邪悪だと感じとれるソレはギョロギョロと動き。
「ーーッ!?」
一瞬だけ、目が会った気がした。
「……よし、同志君! ここで二人を探しますよ」
「いや絶対ここにロスとクォーツは居ないっての」
「何を言ってるんですか、探すのは使えそうな前衛と、黄金のラエルですよ!」
使えそうな前衛?
そりゃ居たら心強いけれど、そんな心当たりは……。
それにラエルって確か前にも言ってた奴だろ?
何故ここにいるってわかるんだ。
「妨害されるかもしれませんが……ボンド·ルリラ!」
全く知らない、そして彼女のルリラ一族の名が混ざっている、おそらくかなり特別な魔術を軽く詠唱すると、ラタが腕を伸ばした辺りの場所に光が集まりそれが四角を作っていく。
ただの真っ白な光の集まりでしかないはずのソレに色が付き始め、まるで写真が動いているかのような、リアルな絵が浮かび上がる。
「何だ……これ……」
「フッフッフ、これこそお師匠様と私の愛の結晶の大魔術! 名付けてボンド·ルリラでーー」
『お前! 瑞樹から逃げて勝手に行動してるらしいな、何考えてんだバカ弟子が!』
「ヒイッ……すいません……でもこれですよ、私のために怒ってくれるお師匠様尊い……好きです」
『ハァ、とにかく現状報告……いや待て、その男は誰だ』
クリーム色の綺麗な髪。
薄い紫色の瞳は少し鋭く、まるで暗殺者として働く時の母さんに雰囲気はよく似ている。
少し低めの声が見た目にぴったりで、黒色の帽子もよく似合っている。
あの人がラタの師匠にして、親父の仲間の大魔術師のタリラ·ルリラ様か。
「ほら、早く自己紹介をして下さい! あ、お師匠様に色目使ったら殺しますからね」
よくラタはこの人の前でふざけられるもんだ。
ピリピリした母さんに睨まれているみたいで、ふざけてたら殺されるんじゃないかと思ってしまう。
「俺は……いえ、私は大魔術師タリラ様の仲間だったバルトロスの息子、ルイサと申します」
いきなりミスったよ……やっべぇ。
急いで頭を下げたけれど、こんな感じでいいんだよな?
レイア様に話すように、母さんに学んだ通りに跪いて頭を上げずに……。
『バルトロスの息子? 何故ラタといるんだ?』
「それは……」
声のトーンが変わった!?
え、もうミスした事で悪印象持たれたとか?
マズい、このままじゃ……。
「実はですね、このルイサは私と」
「私はラタさんを守るために、一緒にいるんです!」
イチかバチかだ。
私の弟子を守るとは、ラタより余程強いのだろうと言われてイヤミをいわれるか。
弟子が世話になっていると労いの言葉を貰えるか。
さぁ、どうだ、どうなる!?
『……つまり、ラタの彼氏ってことか?』
「お、お師匠様!?」
「いえ、それは違いますよ!?」
『ラタにも彼氏が……そうかそうか、バルトロスの息子って所が引っ掛かるが、私を襲うと言っていたラタもついにマトモになってくれたのか……あれ、涙が出てきやがる』
「ルイサァ! お師匠様の前でお前をぶっ殺して私の愛が不変だと証明してみせます、覚悟!」
ラタから理不尽な魔術が飛んできて、タリラ様との初対面は最悪な勘違いと共に、ボロボロになった俺の姿を見せる形で始まった。




