愛する人を守るため
足を動かせ、止めたらダメだ。
止めたら、空から降ってくる無数のナイフに殺される。
だが、このまま逃げてばかりでも意味がない。
時間を消費すればする程、彼女は弱っていく。
早く倒さないと、早くしないと。
ロスが苦しんでるんだ。
「ハァ……ハァ……」
意識を失い、倒れている最愛の人をすぐにでも救いたい。
あの酷い熱と魔力の荒れ具合……猶予はない!
「ロス! 大丈夫だ、俺が絶対に助けてやる!」
「ルイ……サ……」
「絶対に大丈夫だ! 俺がいるからな」
なのに、アイツはそれを邪魔してきやがる。
銃士である俺が適正な戦闘距離を取ろうとするとあの男は"ロス"を攫おうと近づいていく。
俺が苦手な近距離での戦闘を強制する、とにかく相性最悪な相手だ。
だが、まだネマを相手にするよりはいいだろう。
『魔術師の相手は魔術師である私に任せてください』
本当に、ラタは最高の友人で、頼りになる仲間だ。
「あのさ! そろそろ本当にまずいんだってば! 君の……あーもー、言っちゃダメだっけ。とにかく僕は親友を救わないといけないんだって!」
「転生者クォーツ……お前のことは親父から聞いてる」
「え、マジ!? 先に聞いておくけどいい話だよね? こう見えてバルトロスさんにはかなりお世話になったから……」
「お前が悪魔と初めて戦った時、仲間に戦わせて隠れてた臆病者だってな!」
親父、今だけは力を貸してくれ。
お前の隠し子か愛人かは知らねぇけど、俺はロスを守りたい。
心から愛している。
彼女はお前に憧れて、いつも楽しそうに話をしていた。
笑う笑顔、逃げずに戦って背負った傷。
英雄の息子ではなく、俺を俺として見てくれた最初の人。
「ずいぶん昔の話をしていたんだなっ!」
惚れた女を守るために、俺には力が必要だ。
お前との"惚れた女は命懸けで守れ"って約束を、俺に守らせてくれ。
「くらいやがれ! レイア·ロス·カタス……」
「させるか! 転生魔術:あと五分だけ待ってくれ!」
俺は強くなった。
背中を任せられる仲間もできたし、少し離れた所じゃ仲間の魔術師"ラタ"が戦ってくれている。
俺自身のため、仲間のため、愛する人のため。
俺は絶対に負けられない!
「痛ッッッ!」
「バルトロスさんの息子がこんなに話を聞かない戦闘狂だとか聞いてないって……はぁ、後で謝んないとな」
必中の空間を削り取る散弾射撃を使ったはずだ。
もちろん降ってくるナイフを躱しつつ、動きながらやってみせた。
だけど、今俺は鋭い痛みに襲われて、足がうまく動かせずにいる。
切られたかと思い、痛がする場所を見てみると。
確かに躱したはずの一本のナイフが、足の甲に深々と突き刺さっていやがった。
貫通し、地面にも届いているナイフはまるで俺を拘束するかのように働いている。
あり得ない動きだ。
コイツはさっきまで俺の目の前にいたんだぞ?
それなのに、今は少し離れたところでナイフを握り、空いた片手で頭をかく余裕まで見せている。
人の足に攻撃してあそこまで逃げる、その一連の動作を全て見逃すはずがない。
そもそも、ナイフが体に当たれば防御魔術で防いでくれるはずだし、防げずとも発動したと感じ取れる。
それすらもないって……どんな仕掛けがあるんだ?
「……転生魔術か、便利だな」
「全然便利じゃないって、これエロいことには使えないんだよ!? ほら、男ならわかるでしょ?」
「エロ……ふざけんなよ、お前」
「ふざけるも何もないって! ほら、時を止めたらエロいことをするってのが当たり前だろ? でもそれが出来ない、わざわざ女の子に触れられないような調整すんなって思うでしょ?」
転生魔術の力で間違いない。
しかも、今コイツは時を止めるって言いやがった。
「いやまぁ一応触れられはするんだけど、石みたいに固いし、服を脱がせることもできない。男の夢みたいな力なのに、男の夢を全て破壊するんだ」
バケモノだ、コイツは俺がこれまで戦ってきた誰よりも強くて、厄介な力を持ってやがる。
時を止められてしまえば、俺は奴を攻撃できない。
だが、俺は攻撃を受ける。
そしてその謎の時間の間に、ロスを運ぶことだってできるだろう。
「君の父親、バルトロスは目覚めた! だけど、まだ完全じゃない。その子がバルトロスには必要なんだ」
「親父はロスを利用するとは考えられねぇ、ハッタリならもっと上手くやるんだな」
「だったら君がバルトロスに聞けばいいだろ!?」
「その手は食らわねぇ、俺が親父と会ってる隙にロスを奪うんだろ」
タリラ様が言うには、クォーツは決して強くない。
魔王討伐隊に参加していた時もサポートや偵察に徹していた、ほぼ非戦闘員だ。
なのに、それなのに。
「それじゃあ、少しだけ君の父親……親友に代わって教育するか」
なんだ、この強さは。
まともに銃で狙えないし、必中たる神の魔術"レイア"を使おうとすると時を止められて詠唱が止められる。
近づけばナイフの距離。
離れれば死角に潜り込まれ、テレポートで上空に飛べば俺の上にいやがる。
力では負けてない、だがそれ以外のーー経験値で完全に負けている。
もう何ヵ所にナイフが刺さっているのだろうか。
最初は痛みを感じる場所は限られていたはずなのに、もはやどこが痛くないのか、ケガをしていないのかすらわからない。
銃を握るのでさえ酷い痛みが走るし、腕は銃を支えきれていない。
寒さと、痛みと、勝てないかもしれないって心から込み上げる恐怖で狙いが定まらねぇ。
「先に言っておく、傷は治すから安心してね」
クォーツがそう言いながら、指を鳴らした。
戦場と化したこの場所で、家は崩れて木々は燃える。
とても騒がしい場所なのに、そんな指を鳴らすような音がここまでしっかりと、まるでそれ以外の音が消えているような聞こえかたをするとは思えないのに。
「殺しはしない。でも、死ぬほど苦しいからね」
その音を認識した時には、俺の目の前に巨大なナイフが現れていた。
両足には地面と固定するかのように、足の甲を貫通するようにナイフが差し込まれ、テレポートも間に合わない。
なら、銃で弾き返せば……いけるか?
「なめるな……あ?」
銀色の銃を投げて軌道をずらすことはできた。
それでも、ヒンヤリとした感覚が脇腹を襲う。
「その年にしては十分強いからさ、自信無くさないでね」
耳元でクォーツの声がした。
そして、弾いて軌道ををずらしたはずのナイフが俺の腹から突き出ている。
何故?
ガードしたはずだ。
弾いたナイフが何故ここに?
「知恵と忘却の力を見よ」
呼吸ができない。
「人々に知恵をもたらし、人々を守るために苦しんだ」
魔力を操ることもできない。
「彼女の知恵は、人々を新たな形で守り抜く」
まだ、まだ金の銃は握ってる。
この詠唱を止めなきゃ、止めなきゃ。
指先ぐらい、動かしてみせろ。
親父、母さん。
俺は二人の息子として、そして愛する人を守る男として。
「知恵にて守護し、忘却こそが人の死をもたらす」
恥ずかしくない姿を、見せたいんだ。
「ウェルハ·エア·ナイフ」
大好きな君を守るため、俺は命をかけている。
英雄さんよ、くらいやがれ。
レイア·ダイナ·ロス·カタスーー。




