他人
俺は二度と、家族の所に帰れない。
シアとルイサが待つあの家庭には二度とーーバルトロスとして帰ることができない。
ルイサが眠った後、夫婦でお酒を飲みながら一夜を過ごしたり。
妻の手料理を、夫として味わうことも。
アイツがツンツンしていて、俺が何度も口説くためにアタックしたバカみたいな昔話で盛り上がることも。
ルイサの前で、父親として振る舞うこともできないんだ。
わかってる、このリスクがあったのはわかってたんだ。
コイントスの前の俺はそれでも、二人の前に現れるバルトロスに違いはない。
仮に俺じゃない俺がバルトロスの体を使っていたとしても、必ず家族を幸せにしてくれるはずだと、そう思っていた。
そして心のどこかで、俺がオリジナルの体に戻れるんだって根拠のない自信も残っていたのだろう。
「まだ休んでいてくださいね、バルトロスさん」
「イテテ……悪いがそうさせてもらう。だが少しだけだ、ルイサを連れ戻してシアの所に行かねぇとだからな、一家の大黒柱がこんな所で倒れてたらダメだろ?」
「わかりました。そのうちルイサとラタは帰ってくるとは思いますから、まずはそれまでここで休んでいてください」
「ねークォーツちゃーん、お姉さんお腹と財布がペコペコなんですけどぉ」
「悪いがもう一働きしてくれるか? 第一大陸に言ってシアコトル様の援護をしてきてくれ」
「えー、報酬次第かなぁ」
「ワハハ、コイツは本当に変わらねぇな。安心しろネマ、シアコトルの義父は神レイアだ、かかった労力以上は必ず回収できるぜ」
希望の光を失った時、初めて自分が何を失うのを恐れているかがわかるって、昔聞いたことがある。
そんな今思い出すべきではない言葉が脳を支配して、ただひたすらに俺は無限の恐怖と絶望に襲われていた。
家族のために戦うという、俺にとっての勇気の旗印も今は使えない。
いつかまた家族で過ごす未来のためという希望はすでに真っ黒に塗りつぶされた。
いやだ、死にたくない。
家族から他人だと思われたまま、俺という他人に家族を乗っ取られて死ぬなんて絶対に嫌だ。
助けてくれ、クォーツ、ネマ。
何故俺を見てくれないんだ?
俺だって、バルトロスだろ?
『知識と忘却の神ウェルハの言葉にこんなのがあるわ』
マリラが語りかけてくる。
ただでさえ半分になった魂と魔力をさらに半分にされ、本来の四分の一しか残っていない俺ではもはや彼女と争っても勝ち目はない。
普段使っていたカタストロフだって、一回撃てるかどうかーー。
『人の生は、他者からの認知によって成り立っている。そして人の死は、他者からの認知の外に置かれた時、全てを忘却された時に確定するって言葉よ』
ならまだ俺は死んでない。
クォーツやネマは、このロスの体に俺がいるということを知っているんだ。
『知っていたとしても、二人は貴方がバルトロスだと発言できないし、証明もできない。そして何より本物のバルトロスが帰ってきたのよ? 貴方はもはやバルトロスではなく、ただのロスとして生きていくしかないの』
……まだ、俺の意識を向こうに飛ばす方法があるはずだ。
クォーツとネマなら、その方法を知っているはずなんだ。
『家族から殺された気分はどうかしら、自分じゃない男が妻を抱き、息子の成長を見守り、温かく幸せな生活をする。これが特等席で見られるかもしれないわね、クスクス』
手足は動かず、声も出せない。
魔力で二人にメッセージを飛ばそうにも、マリラの巨大な魔力に包まれているこの状況では、俺の魔力が体の外に出ることもないだろう。
頭ではわかっていても、俺は何度も必死に魔力を使ってあがいてみせた。
けれど、小さな炎を大きな波が飲み込むように、小さな力は荒々しくタリラに似た魔力に書き消されていく。
『さてと、ゆっくりと体をもらうわね。恐怖でボロボロになってくれた方が後から使いやすいし、何より……人が全てを失っていく姿が本当に好きなの! もっと見せて、英雄バルトロスが消えていくその瞬間を!』
あはは……こんなの、夢だ、夢に違いない。
起きたらきっと、俺は俺の体で……。
『しばらく意識は残してあげる。フフッ、楽しんでね、名を失った英雄さん』
マリラのその言葉を聞いてから、俺は意識を手放した。
無理矢理持っていかれたと言うべきだろうか、ステージから引きずりおとされたと言うべきか?
なんにせよ、俺が俺としてロスの体を操る日はもう来ないだろう。
そんな予感に包まれて、深い闇の海に沈んでいった。




