悲しい勇者様
最後に自分の体を見たのがいつだったか、正確には覚えていない。
だがあの時の光景はハッキリと覚えている。
足は切られ、腕もボロボロ。
胸には穴が開いていて、誰がどう見ても死を迎えた体なのに、ネマやクォーツは"完全に死んだわけじゃない"って言っていて、とても頼もしいと思うと同時に、確実に襲われた"死の恐怖"が脳裏によぎって、吐いてしまったんだっけか。
肉体という鎧を失い。
空気ですら鋭い針でつつかれているかのような、鋭い痛みが魂に直接流れ込んでくるあの感覚。
魂に直接痛みが流れないように作られた肉体は、確実にそのクッションとしての役割をこなしているという実感。
そして、これが完全に肉体を失って魂のみになった時、この痛みに一生……終わることがない痛みの迷宮に閉じ込められると知ったあの時以来だな。
「本来は第一大陸で治したかったんすけど、第二大陸で出会った金髪の剣士が教団が来てるって教えてくれたんで、急遽こっちに連れてきたっす」
鼻を刺す薬品の匂い。
体に貼られたいくつものスクロール。
腕や胴体の筋肉はほぼ失われているし、足や腕の付け根にはハッキリと見える大きな傷跡が残っている。
だがそれでも、俺にも分かるレベルでこの体は回復していた。
コレなら、誰が見ても死体だとは言わないだろう。
「俺の体……よくここまで治してくれたな、ありがとう」
「……頭を下げられるような話じゃないんです」
クォーツは何かを言おうとして、また口を閉じる。
そして首を横に振ってから、両手で自分の頬を叩く。
皮膚と皮膚があたり、音が洞窟に響くと同時に、彼が頭を下げた。
「……魂の無くなった肉体はすぐに腐ってしまいますから、先輩の魂を分割してここまで治しました」
「俺の魂を全部運べないから、半分だけこの体に移したんだろ?」
「それは全部ウソです、ネマも俺も……本当のことを言う勇気がなかったんです」
本当のこと?
本当のことって……。
魂を分割して、俺はロスの体で目覚めた。
そしてクォーツは、このやり方を意識のコイントスだと言っていた。
つまり、この体には……俺が……。
「俺がこの体の中にいる、そうだな?」
「いえ、この体の先輩は痛みに耐えきれずに意識を手放してほぼ死んでます。俺は、俺とネマは先輩に無許可でコイントスを強いて、そして先輩をこの手で……こ、殺して……しまいました」
涙を流しながら頭を下げるコイツを責めるつもりはまったくない。
あるのは、ただ知らぬ間に行われていた魂のコイントスに勝ててよかったという安心感と、取り残された側だった時の絶望感だけ。
わかってる、これは必要なことだったんだ。
だが、オリジナルに残された俺はロスとなった俺をどう見ていたんだろうか。
家族に会いに行こうとするこの小さな体に想いを託したのだろうか。
そこを変われと思っていただろうか。
俺はそこまで強い人間じゃないし、家族の為に戦ってきたからここまで戦えただけの、ただの男だ。
そんな俺から家族を奪えばどうなるか……想像しただけでも恐怖に襲われて震えが止まらない。
「気にしてないさ、俺は俺だし元の体に取り残された意識だって、俺が家族の所に行くことを認めていただろうしな」
嘘でも、そう言わないと心がもたない。
コイントスに負けたら、俺は今後一生……バルトロスの記憶を持つ他人として、家族から排除されてしまう。
そんな未来がちらついて、とにかく気分が悪くなってきやがる。
「……すいません」
「頭を上げろ、それよりも次の話をするぞ」
「先輩にはもう一度コイントスをしてもらいます。先輩がそのロスの体で目覚めるか、バルトロスとして目覚めるかは分かりませんが、死なせることだけは俺が必ず阻止しますから!」
「それはわかった、それじゃあ俺の中にいるマリラはどうするんだ?」
「その魂をどうにか引っ張り出してみます、でも……いえ、やってみせます!」
クォーツは笑っている。
涙を拭いて、無理やり笑っている。
俺の恐怖を感じ取ったのかは知らないが、これ以上俺を怯えさせないように、善意の嘘をついているんだ。
お前と仲間になってから十年は経つんだ、その笑顔が作られたものだってことぐらいは俺にもわかるんだよ。
「頼むぞ、クォーツ」
「はい、俺とネマが必ずやり遂げます。それじゃ支度しますから、少しだけ待っててくださいね」
彼がネマを呼びにどこかに行ってから、俺はボロボロの俺の体を眺めていた。
この体で目覚めたら、ルイサをぶん殴ってやろうか。
あとは、シアを抱いて、レイアと酒を飲んで……。
「もう、俺が家族を守ることはできねぇよな」
今の半分も魔力が使えないなら、カタストロフだって一発打てるかどうかのレベルに落ち込むだろう。
レイアの魔術とカタストロフを同時に使うこともかなり厳しいよな?
父親、そして男として、愛する息子と自分の妻を守れないってのはなかなかキツいもんがある。
けれど、他人として過ごすよりも、きっといいに決まってる。
言い聞かせるように、前向きなことを脳内で繰り返し響かせる。
ダメだ、どうしても"もしかしたら"ってのが消えてくれない。
何か気を紛らわせる方法はないか?
とりあえず手持ちに何か……。
アイテムを整理していると、ライフから渡された一冊の本が手に当たった。
タイトルは、悲しい勇者様だったっけ。
どれどれ、時間を潰さないといけないんだから、少し読んでみようか。
『とある男は勇者になる為、あるいは勇者になる事を強制され、たいへん厳しく育てられました。剣を握る腕が折れても、魔力がなくなっても、ひたすら練習を続けました』
勇者という称号は聞いたことがないわけじゃない。
だが、タリラとセクションが少し文句を言っていたのを聞いただけで、それが何を指すのかは知らなかった。
『教育のおかげ、もしくは彼の才能の賜物なのか、男は勇者になる為の第一歩、勇者候補生になる事が出来ました。両親はたいへん喜び、彼も自分が認められたと笑顔になりました』
勇者候補生?
あ、それだ。
タリラとセクションが言ってた勇者ってそれだ。
確かタリラが候補生の一位で、セクションが二位だったんだっけ。
『ある日、勇者候補生となった男は勇者の秘密を知ってしまいました。それを知った他の三人は逃げ出してしまい、本来は彼が選ばれるはずではありませんでしたが、彼は勇者になりました』
勇者候補生になった人でも逃げる勇者の秘密か、なんだろう、めちゃくちゃお金がかかるとか?
しかしまぁ、随分と現実に沿った絵本だな。
フワフワとした子供むけに子供が作ったような絵柄なのに、書いてある殆どが現実に即している。
候補生だったタリラは勇者にならず、セクションも出会った時の称号は剣聖だった。
あと一人は知らないし、この主人公の男も知らないが、半分ぐらいは事実かもな。
『男は勇者になりましたが、強くなった訳ではありませんでした。その事を疑問に思った彼は、とても美しく聡明で、まるでこの世の全ての宝石をちりばめた輝きでさえ霞むような美貌を持つお姫様に問いました』
姫様の説明くどいな……どんだけ言葉も飾るつもりだよ。
もうここまでくると本当に聡明かどうか怪しくなるぞ。
『姫様は勇者様がやるべき事を教えました、自分が強いと思う者を、仲間と呼べる者を集め、彼らと共に祈るのだと、そうすれば勇者の力は開花すると姫様は複雑な笑顔を浮かべながら、答えました』
『勇者様は仲間を見つけ、姫様の所に戻って共に祈りました。どれだけ祈ったか分からないぐらい時が経ちましたが、その結果彼の体に変化が起こり、自分が強くなっていくような感覚がはっきりとしたのです』
祈って力を得られるなら苦労はしない。
この本はアレか?
努力の大切さを教えるんじゃなくて、祈りだけでどうにかなるって子供達に教えたいのか?
アホらしい、こんなのルイサに見させるぐらいなら走らせて体力作りでもさせるっての。
俺が呆れて、もう本を閉じようとしたその時。
『無敵になった勇者様は、悪魔なんかに負けないと意気込み、仲間たちの前で、悪魔との戦争に勝利すると宣言しました。ですが、仲間達は誰一人として反応しませんでした。まるで空っぽの器のようになってしまった彼らですが、勇者様は自分の中に彼らの声を感じました』
「自分の中に……他人の声だと?」
『勇者様は強くなりましたが、仲間達が目覚める事はありません。ですが勇者様は人々の為に戦い続けます、自分の中にある魂の叫びを聞きながら、今日も一人で寂しく戦い続けるのでした、めでたしめでたし』
この内容は、デタラメばかりじゃない。
むしろ、姫様のくだりぐらいしか嘘がない。
嫌な予感がする。
つまり、勇者ってのは……俺がマリラの力を使って戦うようなもんじゃねぇか。
他人の魂を取り込んで、その力を無理やり使う。
そりゃタリラもセクションも勇者になるのを拒否するだろう。
「……ッ!」
体が熱い。
痛い、視界が揺れている。
いきなりどうなってやがる。
『ママが作った勇者はどう? 気に入ってもらえた?』
マリラか……出てくんな!
『タリラを消すのはもちろんだけど、お姉ちゃんはママの願いも叶えてあげたいの』
そんな願いなんて知るか。
さっさと俺の体から出ていけ、言っておくが俺はこんな勇者なんかにならねぇぞ。
『お姉ちゃんがなるもの、バルトロスはゆっくりとこの体で……私に力を使われていればいいから』
マリラの姿は見えないはずなのに、とてつもない数の悪意と殺意の矢に取り囲まれたような。
心臓をいきなり冷たい手で握られたような。
そんな視線に晒されているような気がした。




