転生魔術:あと五分だけ待ってくれ
俺の右隣にはラタが呑気に植物や動物を観察したり、カンパンというクォーツが作った食品を食べながら歩いている。
俺も一つ食べてみたかったが、ルイサが無言で圧をかけてきやがる。
それでも手を伸ばして一つ掴もうとしたが、その手は素早くルイサに掴まれてしまう。
「腹減ったのか、ロス」
「流石に何も食べてないからね……ほら、ラタさんも食べてるし大丈夫だよ」
「……先に俺が半分食べるよ」
俺が口にできる物は全て、ルイサが毒味をしたものばかり。
ラタは間接キスだと言いながらニヤニヤしているが、ルイサの瞳は極めて真面目で、俺まで茶化せる雰囲気じゃない。
しかし、こんなチマチマと食ってられるか!
普通に考えてみろ、何故息子と間接キスが前提の食事なんだ!?
「ルイサと間接キスになっちゃうね……私、恥ずかしいかも」
間接キスが恥ずかしい女の子アピールをしている自分が嫌になる。
考えるな!
心を殺せ、無になるんだ!
「まだ俺のこと好きじゃないかもしれないけど、これはロスを守るためなんだ。大好きな君をクズから守るためだと思ってくれないか?」
クッソ!
俺を守るだとか大好きとか、めちゃくちゃだが大真面目なセリフを言うもんだから否定しにくい。
クォーツはそんなことをする男じゃないと言ってみるか?
だが、その信頼する理由を聞かれた時は答えられないんだよな。
「俺がそんなことする訳ないって……」
「お前ならするさ、動けない女の胸を触るようなんだからな」
「だけどこのカンパンはこの袋に全て入っている。俺もラタちゃんもここから取り出して食べているんだ、自分が毒を受ける可能性があるんだよ? 仕込むにしても、こんな不完全なやり方は選ばないと思う」
クォーツが右手に持つ人の頭程度の大きさの布袋には、カンパンが大量に入っている。
中にはとても甘い白色の物もあるらしく、ラタはそれをアタリと呼んで嬉しそうに食べる。
……この体がその甘くて美味しそうな物を求めていて、一つぐらい食べてみたいって気持ちが沸き上がってくる。
「だからこそ、あり得ないって前提があるからそこ仕込むんだろ?」
「バルトロスさんの息子がここまで疑い深くて人の話を聞かないとは……ハァ、どうすればいいんでしょう」
俺を見るなクォーツ!
その呆れと困惑が混じったような目で俺を見るな!
そりゃ確かに、俺とシアの育て方が悪かったかもしれないさ。
でもコイツは強いし、親目線で見てもカッコいい。
性格だって、シアの冷静さと俺の熱い心を合わせ持っている。
コイツもコイツでいいところもあるんだぞ。
勿論……お前に迷惑をかけてるのは事実だけど。
「ロス、この白いのだけど」
「うん! それが食べたいの!」
「変に甘いな……依存性の毒かもしれねぇ、こんな危険なものを食べさせられるか」
そんなわけあるか!
どう考えてもその白いのは砂糖だ、全然安全な物!
ルイサはそれを一口かじってから遠くに投げて……ああ、俺のアタリがぁ……。
「君さ、仮にも人が作った食料を捨てるってのはどうかと思うよ? 親友のバルトロスならそんなことは絶対に」
「お前が親父の親友を語るな、気持ち悪い」
クォーツも少し怒っている。
普段ヘラヘラしているが、今の奴は一瞬だけルイサを睨んでいた。
「私は気にしてないから! ほら、二人とも仲直りしよ、ね!?」
可能な限り、俺に出来る最大の笑顔で二人の間に入ってみるが、まったく空気が変わらない。
ピリピリとしていて……うぅ、シア……助けて。
「ロスに手を出した男を許すわけにはいかねぇよ」
「君さ、彼女の何?」
「何って……仲間だ」
「ただの仲間なんでしょ? さっきから俺の女だとか、穢したとか愛してるとか……君の一方的な感情ばっかりじゃないか」
「んだとてめぇ!」
バカルイサ!
クォーツの胸ぐらを掴んで詰め寄りやがって、実力差を考えろ。
アイツが優しいからお前はボコボコにされてないだけで、実力は俺と変わらないんだぞ。
怒りで冷静さを失うのは若さかもしれないが、それは致命的な弱点だ。
「行きましょ、先輩」
さっきまでルイサに捕まれていたクォーツが、今は俺の隣にいる。
しかも、少しルイサとラタがいる場所から離れているじゃねぇか。
コイツ、魔術を使ったな。
「んなっ……どうやって……」
「ど、同志君! 今、クォーツさんとロスさんがいきなり消えて、いきなり前の方に現れましたよね!?」
クォーツは白色のアタリを俺に差し出し、俺の口に入れてくれた。
サクサクで甘くて……男らしくない食べ物がこんなにもうまいなんて思わなかったぞ。
シアが女の子は甘いものに絶対勝てないって言ってた意味がようやくわかったような気がする。
「かなり厄介なことになってるっすね、まさか惚れられてるとは思わなかったっす」
「助けてくれたことには感謝してる、だがこんな少女の体にする必要があったのかってずーっと思ってるよ」
「それはネマに言って下さい……いやその、本当にうちのバカ魔術師がすいません」
じーっとクォーツを見ると、苦笑いをしながらさらにアタリを取り出した。
無意識に口が開いていたらしく、そこにアタリが優しく入ってきて……はぁ、おいしい。
脳がとろけてしまいそう。
「少しルイサ君を教育しますけど、いいっすよね?」
ルイサを教育、いやあの顔は心を折るレベルのことをやるつもりだろうか。
とにかく、コイツがそう宣言した。
ま……これもいい機会だろ。
戦闘モードに入っているクォーツはどうやってもルイサには負けない。
例え、息子がレイアの魔術を使ったとしてもコイツはウェルハの魔術でそれを消すことができるんだからな。
「俺がやるべきなんだが、この体じゃできないし……頼む」
油断している間に毒を仕込むことすら、もはや出来ないだろう。
「了解っす! 先に言っとくっすけど、ここからは演技なんで、そこだけ理解して下さいね!」
俺達魔王討伐隊四人の仲間の中で、最も自由な戦い方をするコイツが、どんな戦いを見せてくれるか楽しみだ。
また予想外のやり方をやってのけるんだろうか。
「先に言っておくが、俺への想いを断ち切って息子とラタを引っ付けるのが目的だ、うまくやってくれ」
「貧乳魔術師の弟子と……はい、わかりました」
貧乳言うな、言ってやるな。
アイツはそこを一番気にしてたんだぞ。
初めてシアとタリラが会った時だって……。
『暗殺にはその胸邪魔だろ? 私がもぎ取ってやろうか? あとその見せつけるような衣装はなんだ、バルトロスの妻は暗殺者とは名ばかり娼婦なのか?』
『タリラ様のそのスレンダーな体、とてもうらやましいです。女としての魅力は皆無ですが、戦闘向きで羨ましい!』
『黙れ。言っておくが私はモテモテだぞ』
『私は結婚して子供もいる、そしてタリラ様は私と歳は近い独身……フフッ、ええ、大変モテるみたいですね』
ナイフを取り出して冷たい笑みを見せるシアと、杖を構えて怒りと嫉妬で哀れな姿になったタリラの間に入って仲裁するのは本当に、本っ当に辛かったんだからな。
「それじゃあ、少し意地悪してやりましょう」
辛く、だが楽しかった思い出に触れていると、クォーツがめちゃくちゃ悪い顔をしていた。
「意地悪って、なんだ? お前がウェルハにやったみたいな……飲み物の中に水を吸うと膨らむ食べられないおもちゃを入れるとか?」
「いえ、今回は先輩の頼み二つを叶えて見せる嫌がらせっすよ!」
意地悪じゃなくて嫌がらせなのかよ。
ったく、今度は……。
「ロスから離れろ、クォーツ!」
「ちょっとちょっと、銃を向けるのは止めて下さい! 私達はクォーツ様が居なければバルトロス様の所には行けないんですよ!?」
「うるせぇ! お前は俺の後ろにひっこんでろ、その胸のように少しは控えてやがれ!」
「今胸は関係ないですよね!?」
さっきまで、二人が視界に入っていた。
だが今はそこに誰も居なくて、俺に見えている景色も、場所も、何もかもが変わっている。
屋外にいたはずなのに、この岩肌と暗さ、そしてじめじめとした空気に匂い。
洞窟……だよな?
「ゼェ……ハァ……もう無理、今日はもう時止めは使えないっす……」
「お前……何を、いや二人を何処に連れていったんだ」
「第二大陸の東っす」
いやいやいやいや、待て、待て待て待て。
何処まで運んでんだよ。
いやそれもだが……コイツの成長にも驚かされた。
昔とは比べ物にならない程魔術を連発できるようになっているし、二人を運んだって……昔は一人運ぶのも一苦労だって言ってたのに。
「実は東のグーピスの遺体から新たなグーピスが産まれてるかもしれないってウェルハちゃんに言われてたんで、二人にアイツを退治してもらおうかなって思いまして」
「グーピス?」
そんな名前の悪魔は知らない。
それとも、この大陸固有の生き物だろうか。
ウェルハが言うぐらいだから倒さないといけないのは分かるし、クォーツがそれを二人に任せるって言うなら、そこまで危険じゃないんだろうけど……親としては心配だ。
「危険じゃない……んだよな?」
「ウェルハちゃんの話だと本体が蘇ったって話じゃないんで、少しは苦戦するかもですけど負けたりはしないでしょう。知らない大陸、知らない生き物との激戦、頼れるのはお互いだけ……しかも年頃の男女です、これは必ず何かが起こりますよ!」
コイツめちゃくちゃ笑顔だな。
人の息子を……ま、俺には出来ない荒療治だからこそ、任せてよかったのかもな。
「だといいが……それで、ここは何処だ?」
横になって笑うクォーツが洞窟の奥を指差して。
「この先に、先輩の体があるっす」
目的地に連れてきたと、さらに綺麗な笑顔を見せた。




