息子の子供を孕むと脅すな
この体はかなり丁寧に作られていると聞いている。
だからこそ、一般的な14歳の少女に魔力的にも近く、この体の魔力はほぼほぼ空っぽだと言っても嘘じゃない。
だが今は、そこにマリラの魔力が入り込んで、この小さな体を巡って俺の魔力と主導権の奪い合いだ。
「ルイサ……怖かった……! この人がいきなり胸を触ってきて……まだうまく体が動かせない私を襲おうと……うぇええん!」
マリラから体が奪い返せない。
こんなセリフは言わないし、泣くなんてありえない。
なのに、どれだけ意識しても指一本自由に動かせねぇ。
「……俺の親父は立派でカッコいい銃士だった、だが仲間を見る目はなかったみたいだ。あんたみたいなクズを仲間にしてたのが、親父最大のミスだな」
「うへぇ……これどうすればいいんだろ……」
早く体を取り返さないと、ヤバいことになる。
ルイサは声を荒らげることなく、静かにクォーツを睨んで銃口をその鋭い視線の先に向けている。
さらに銃を握っていない右手には小さなナイフが握られていて、それにうっすらと膜を張るようにシア譲りの猛毒が塗られてる。
「俺とラタを見つけてここまで案内してくれたこと、倒れたロスを診てくれたことには感謝してる」
息子が本気でキレている姿なんて見たことがなかった。
俺に似て怒りを口に出しつつ手も出すタイプかなと勝手に思い込んでいたことはある。
だが、ここは俺には似ていない。
「あんた言ってたよな? ロスは魔力が乱れて意識を失っているって。起きても体がうまく動かせないかもしれないって、確かに言ってたよな?」
「それは言ったし、君の恋人もそう言ってただろ?」
「アイツは恋人なんかじゃねぇ、仲間だ。俺が惚れてんのは、お前が無理矢理犯そうとしたそこの少女だ」
「えっ……いや、それはかなりマズくない? だって……いや言えないのか、だとしても……」
「マズい? それは仲間だった親父の息子にお前のクズ行為を見られたことか?」
一歩、また一歩とルイサはクォーツに近づいていく。
「誤解だってば! ロスさんの体には……そう、死んだ魔術師の魔力が入ってきててさ、俺はそれをどうにかしようとしただけ! ただその魔術師が彼女の体を勝手に……」
「もうそんな言い訳はいいよ、聞きたくない」
クォーツが真実を語るが、その言葉はルイサにまったく届いていない。
落ち着いているように見えるが、おそらく頭の中は怒りと殺意に満ちているのだろう。
漏れている歪んだ魔力が、息子の感情をそう教えてくれている。
仮に、今のルイサがクォーツに挑んだところで勝てやしない。
俺と戦うようなもんだ、絶対に勝ち目はない。
だが、それは正々堂々と挑んだ場合の話。
「母さんから暗殺について教えられて育ったが、ずっと何故対人の技術を身に付けなきゃいけないんだって疑問に思ってたんだ。足音を消して、背後を取って、気配を消して、素早く首を斬って、念のために毒を流す。悪魔には一切通じない力を、俺は意味のない物だと思いつつ学んでいたんだ」
ルイサの姿が一瞬で消えた。
そして俺とクォーツの間に現れる。
「今は母さんに感謝してるよ。人の敵は悪魔だけじゃない、母さんは正しかった」
クォーツはどこまでいっても一般人だ。
中身は歴戦の魔術師かもしれないが、体は俺達仲間の中でも一番弱かったし、本当にそこらへんの同年代の男と変わらない。
そんな彼がシアの毒が塗られたナイフの一撃を受けたら?
ルイサが毒を何かしらの方法で仕込んだら?
抵抗も、転生魔術を使う暇もなく死ぬだろう。
「その人は俺の大切な人だ、俺以外が汚すのは許さねぇ」
「いやいや、君が汚すのはもっとダメでしょ!? だって君はバルトロスの息子で……どう説明すればいいんだよ……」
「ルイサ! 私怖かったよぉ、ルイサぁ!」
真実を語れないクォーツは戸惑い、ルイサはそれを睨む。
俺の体はルイサに抱きついて、息子の力強く男らしくなった腕が受け止める。
少し痛いぐらいだ、今すぐ離してほしい。
「もう大丈夫だぞ、ロス」
「うん、ルイサ……かっこよかったよ」
痛い以外に理由はある。
明らかに、この状況はマズい。
俺はラタとルイサを引っ付けないといけないのに、この動きはルイサをさらに惚れさせるだけだ。
マリラ! お前何してんだ、俺の記憶を覗いたならソイツを惚れさせるのがマズいって分かってんだろ。
『だって、この転生者は私を消そうとしたのよ? そんなの許せないわ、プンスカ』
ダメ元で呼び掛けてみたが、言葉通じるのかよ。
あのな、とにかく……俺はお前の目標が何か知らないし、それが俺の家族や仲間を傷つけることじゃなきゃ何をしようと構わない。
この体がほしいってんなら、俺が元の体に戻った時にくれてやる。
『本当!? それなら争う必要は無さそうだけど……うーん』
何を悩んでるんだ!?
「ルイサは……私の王子様だね」
おいバカ!
目を閉じるな!
今はルイサに抱きついてる状況だぞ?
このままじゃ……ま、また。
『私を消そうとしたら、どうなるかを教えておくわね』
痺れて体を動かしている感覚もない状態だったのに、いきなり手足の感覚が戻った。
体の自由が戻った!?
いや、この状況で戻すってお前!
またキスされる!?
ちょ……それだけは……。
「俺には君を……愛する資格がない。ラタを守れって言われてたけど、アイツに集中しすぎたせいで一番大切な君から目を離していた……ごめんな、怖かったよな」
俺の予想とは違い、ルイサはキスをしてこなかった。
両手で俺を抱きしめ、耳元でそう言うだけで、何もしてこない。
『あーあ、つまんないの。実の息子と唇を合わせる素敵な体験をもう一回させてあげようと思ったのに』
俺の息子をなめるなよ、コイツはそんなケダモノみたいな男じゃない。
理性があり、頭で考えてから動くんだ。
『ふーん。ならそうね、私を消そうとしたり逆らったら、ルイサを襲うわね』
家族に手を出すな。
確かに今の俺はお前よりも魔力が少ないし、体の主導権も奪えなかった。
だが、それでもこの体を内側から崩壊させて道連れにすることはできるだろう。
息子に危害を加えてみろ、俺はお前を殺してみせる。
『だったら協力してよ、じゃないと……この体で実の息子の子供を産むとか、そんな地獄を味わうかもよ?』
襲うって……そ、そっちかよ!!
体の感覚がないはずなのに、血の気が引くというか、全身に寒気が走ったような気がした。
気のせいなのはわかっているが、俺の魂がそれを拒絶している証拠に近いだろう。
『こんな不完全な体より、新しい体の方が良さそうだし……フフッ、楽しみね』
待て、いや待ってくれ。
俺が息子の子供を?
家系図にしたらどうなるんだ?
そもそもそれはシアへの裏切りだし……えーっと……。
「ロスはラタの部屋に寝かせる。お前は近づくなよ? 次やったら、俺はお前を殺すかもしれねぇ」
「ちょっと! ロスさんがいないと君の父親が助からないんだよ!?」
「女のために自分の仲間を、俺の親父を引き合いに出すのか? 流石英雄だな、そのクズっぷりは呆れちまうよ」
クォーツとルイサが何か言い合いをしている間、俺はその最悪を回避するために、一つの結論を出した。
自分がどうなるか分からない。
コイントスに負けるかもしれない。
それでも、一刻も早く元の体に戻るんだ。
それで、お前の目的はなんだ?
『タリラを殺すことよ』
タリラを?
やめとけ、今の俺やお前じゃ勝てないぞ。
セクションだってアイツにベッタリだし、ラタもタリラを守るためなら動くだろう。
この体を使っても、絶対に無理だ。
『それはわかってるわよ! 元々力比べをするつもりはないわ、ただタリラって存在を消すだけよ』
具体的にはどうするってんだ。
まさか、別のやり方で殺すのか?
社会的に、それとも経済的に?
『今貴男にしていることをタリラにするのよ、そして内側からアイツを消してあげる。そうすればみんなが気付かない間にタリラの存在は消える、寝ていた私の首を締めたアイツにはピッタリな末路だと思わない?』
タリラめ……また面倒なことに巻き込まれててんな……。
言っとくがラタには手を出すなよ?
アイツがタリラの妹か娘なのか知らねぇが、あの子は息子の妻になる予定だ。
『ラタ? ああ、あのニセルリラね。あの子だってタリラに恨みがあるはずだし、きっと私の仲間になってくれるわ』
恨み?
歪んだ欲望はあれど、それはないだろう。
『だってあの子の記憶を少し覗いたけど、両親をタリラに殺されているじゃない』
……マジかよ。




