第二大陸の金色の転生者
ここは何処だ?
知らない石造りの天井が見えるが、体は少しも動かない。
落ち着け、こういう時はまず冷静になれ。
魔力は……使えないか。
だが、枯渇していて使えないのなら、乾いた布を絞って水を出そうとするような肉体の痛みがあるはず。
今の俺にはその痛みが何一つない。
まるで魔力の通り道を塞き止められているような……これまで感じたことのない圧迫感と、不快感だけがある。
いったい、何が起こったんだ?
墓石に触れた瞬間に変な場所に飛ばされて。
そこから?
確か……タリラそっくりな女に会って……。
そうだ、あの女に俺がバルトロスだとバレたせいで意識が遠退いて……。
あの感覚は、最悪だった。
肉体がボロボロになって死ぬあの感覚とは違う、俺という存在がこの世界から無理やり消されていくような、無力感と孤独感、そして心に広がる絶望。
もうこれ以上知られたら、確実に俺は消える。
六人目は、もう絶対に知られたらダメだ。
実感したあまりにも大きな恐怖から意識を剃らし、心を守るために俺は周囲を見渡した。
知らない天井には違いないが、この白い壁に白い天井。
これらは間違いなく、第二大陸の建築物特有の物。
さらにこの匂い……クォーツが甘くてスパイスの効いている最高の飲み物と言っていた……名前は思い出せないが、とにかくアレだろう。
「確かに美味しそうな匂いだ」
「俺の元々の世界じゃチャイって言われてたっすけど、正直こっちの世界のチャイの方が上っすね、香りも味も最高っすよ!」
この声……!
「クォーツか?」
「あーちょっとまだ動かんで下さい! そっち行くんで、ちょっとだけ待って欲しいっす」
この世界では珍しい黒髪を揺らし、綺麗な白色のティーカップを持ちながら、奴は俺のベッドの隣にやってきた。
湯気と綺麗な香りを出すそれを小さな机に置いてから。
「ご無沙汰です、先輩」
「俺は先輩になった覚えはねぇぞ。そもそもこの世界の魔術が殆ど使えないお前に何を教えるってんだ?」
「設定っすよ設定! 俺が間違っても正体を言わないようにするためのね!」
「またよくわからん遊びをして……お前ちゃんと食ってんのか? うちの息子より小さいじゃねぇか」
「先輩もアレですか、身長が175センチ以上ないと人権ないって言うタイプの人だったんすか!? 俺みたいな身長161センチには人権がないって言うんですか!? そりゃひどいっす……向こうの世界でもバカにされて、こっちでもこの扱い……」
共に魔王と戦っていた時と同じ姿で、いつも通り意味不明なことを言っていた。
「会うのは二年ぶりだったか? お前はいつも通りで安心したよ」
「えーっと、魔王から逃げてからその体を作って魂を入れてそこから目覚めなくて……そうっすね、だいたいそれぐらいっす」
彼は俺の命の恩人だ。
強がって殿を勤めた俺を回収し、家族に再会させてくれた、大切な友人であり、心から信頼できる友でもある。
そんな彼に再会できたこと、そしてさっきまで感じていた恐怖。
さらにこの体の弱さ。
全てが混ざって、俺は泣いてしまっていた。
「家族には会えましたか?」
「ああ、お前とネマのおかげだよ」
「俺には家族そんないいもんだとは思えませんが、先輩のその顔見りゃ気持ちはわかるっす」
「ありがとな、クォーツ」
「親友を助けんのは当たり前っすよ、先輩」
俺がバルトロスであることを知りつつ、下手な演技をしなくてもいい。
心から、俺が俺でいられるクォーツとの会話はとてもたのしかった。
コイツがネマの着替えを覗こうとして殺されかけた話に、他の仲間の話。
昔四人で魔王の砦に挑んだ時の話。
どれも、ルイサやシアの前ではできなかった話ばかり。
俺はロスじゃない、バルトロスだと再認識できたんだ。
「そうだ、息子を見てねぇか?」
「息子さん? あー、まぁ……今は向こうで恋人と一緒に料理してますよ」
ルイサも無事か……とりあえずよかったよかっ……。
「こ、恋人!?」
「あのタリラさんの妹が恋人なんすよね? さっきも『俺が作るからお前は座ってろ』とか、『下手な物食べさせて体調が悪くなったらどうするんですかこのバカ!』と騒ぎながら料理してましたよ」
お、おおお!
いい感じの距離感じゃねぇか、流石俺の息子だ。
だが、少し感心しないな。
「アイツ、男のくせに料理すんのか? まったく情けない。料理は女の仕事だ、そう思うだろ?」
「いや……まぁ、やっぱりこういう人ってどこでもいるんだな……」
何故か目線を逸らすクォーツ。
もしかしたら、コイツの世界では男が料理するのが当たり前なんだろうか。
転生者の元の世界の話とか殆ど知らないが、男の仕事じゃないのは確かだろう。
「さてと、先輩。元の体に戻るためにここに来たってことでいいっすか?」
動くようになってきた腕を組み、頷いていると彼は真面目な表情に切り替わって、本題にはいっていった。
相変わらず急な奴だ。
「そうだ。ネマからだいたい一年以上はかかるって聞いてたからな、もうそろそろだろ?」
チャイとやらを一口飲んでみる。
甘くて、フワフワしている。
なのに口の中で甘さだけでなく、香りが爆破して甘みのしつこさを消していく。
これは……なるほど、クォーツが好きになるだけはある。
うまい、とにかくうまい!
この少女の体はやたらと甘いものを旨いと感じるから避けていたが、こんなのを知ったら離れられないぞ。
「前にも話しましたが、リスクは覚えてますか?」
「わかってる。俺のこの半分になった魂をさらに半分にして元の肉体に送る……だろ? もう戦えなくなるってのは知ってるさ」
「それだけじゃねえっすよ。今の先輩が目覚めた時、意識がどちらの体で覚醒するかはわからないっす」
ん???
「……簡単に説明してくれるか? こう見えて年なんでな、物分かりが悪いんだ」
「今の先輩はその体に入っています。それで、その体からさらに半分にした魂を元の体に戻します」
うん、ここまではいい。
「今の意識が元の体で目覚めるか、その体で自分が目覚めるのを見るか。これはコインの裏表みたいなもんで、俺やネマに決められるもんじゃありません」
「……つまり、元の体に戻れるってことだろ?」
「戻れるのは保証します。ですが、元の体を操るのが今の先輩なのか、先輩にとっては他人のようなもう一人の自分で、その体からそれを見ているだけになるのかはわかりません」
仕組みは一切わからない。
ネマの使う魔術だから、理解しようとする奴のほうがバカだろう。
しかし、これはあまりにも残酷すぎないか?
どちらに転んだとしても、俺は、俺を見捨てることになる。
果たして俺は、目の前で元の体に戻れた俺を祝福できるのか?
そして、ロスとしてその人生を過ごす未来に耐えられるのだろうか。
「それでも、やるんですか?」
「少し……時間をくれ」
「時間ならいくらでもありますと言いたいんですが、先輩は変なのに絡まれてるみたいですから……少し失礼します」
悩む俺の頬に、クォーツの手が置かれる。
手も小さく、ナイフ使いのくせに手は柔らかい。
コイツ、全然トレーニングしてねぇな?
『あら、かなり動かせるようになってきたわね』
頭の中に響くこの声、マリラか?
「やっぱり、少女の体の空っぽな部分に入り込まれてるっすね」
「マリラ·ルリラの墓に触れただけなんだが、マズい状況か?」
「マズいですね、かなりマズいです」
『それじゃあ、少し借りるわね。大丈夫、タリラと違って上手くやるから』
「何がまず……い……」
いきなり体がまた動かなくなった。
視界はあるし、耳も生きている。
だが、まるで自分が主人公のはずの劇の舞台から下ろされて、観客席に追い出されたような感覚がする。
「出てくるな、俺は先輩と話をしてんだ」
「私はロスよ? 貴男のよーく知ってるロス本人よ?」
俺は喋っていないし、話そうともしていない。
だが、呼吸をしている感覚だけはある。
本当に乗っ取られたってのか?
「てめぇ、俺の先輩をどこにやった!」
「どこって……ここにいるけど?」
クォーツの手を掴み、俺の体は勝手にその手を胸に押し付ける。
「ほら、感じるかしら?」
「まずはお前を追い出すところからスタートだな」
「女の子の胸を触っているのに、ずいぶんと嫌そうな顔ね」
「ああ、その体は先輩の体だからな。いくら誘惑しても無駄だぞ」
「残念……でも、"私に惚れているルイサ"はきっと私を受け入れてくれる」
俺は悲鳴を上げていた。
驚くクォーツに、何故か涙を流す俺の体。
そして俺の声を聞いて駆けつけたルイサ。
「……クォーツさん、俺のロスに何してんだ」
「ちょ……待て待て! それ卑怯だろ!」
銃を取り出し、どす黒い瞳をした息子はクォーツを睨んでいた。




