父親として
空に浮かぶ光と熱を放つ星。
そこから注がれる光は植物を育て、温かさによって人類は第五大陸のような極寒であったとしても生き抜く力さえ与えてくれていた。
全ての生命体にとって命の源であり、転生者が言っていたとおり"母なる太陽"ってのは間違っちゃいない。
ただあの星は"タノーティー"って名前であり、太陽なんて呼び方じゃないが、どの世界でも輝く星が大切にされているんだなって当たり前のことで感動したっけ。
「ロスよ」
「アレを見ましたか、ライフさん」
「ああ、ライフちゃんもばっちり見たぞ。星の光を遮る黒色の月か、不吉だ」
普段なら拳ぐらいの大きさの円に見えるタノーティーが欠けている。
まるで生命体の母の力を遮るように、黒色の月が少しだけタノーティーにかぶり初めてやがる。
「あの月を名前を知っていますか?」
「知らん、月は月だ」
フンと息を鳴らして腕を組み、軽々と無知を誇るなよ。
そう茶化してやりたかったが、彼女の目が鋭くなっていたのを見てすぐにその気持ちは吹き飛んでいく。
「あれはVano·Diteの月です」
「……そうか、第四大陸で見た時もあの教団が絡んでいたからな、そう呼ばれるのも納得だ」
「私が知る限り、バルトロスが十四年前に教団と戦っていた時と同じ現象です。あの月が教団の人間の移動に連動しているのか、もしくは聖女のいる場所に現れるのかまでは知りませんが……もしミウクがいるのなら」
「それはライフちゃんが保証する。アイツは居なかった、だが」
こんなにも真面目なライフを見るのは久しぶりだ。
昔、魔王討伐隊への加入を拒否した時と同じ顔をしてやがる。
「息子の親友、ナーパムとその彼女のミファを見つけた」
「灼熱のナーパムと聖魔術師のミファでしたっけ? ライフさんの知っている人なんですか?」
「ナーパムは魔力を持たない魔術師だが、アメアの魔術を使いこなす。だがそこまで強くはないから一人ならなんとかなるだろう、問題はミファだな」
「……レイア様から既に聞いていると思いますが、この教団討伐に私は参加しませんし、ラタさんとルイサも同じです。この大陸出身でも、戦う理由もない貴女に任せてしまうことになります」
拳を作り、それを解いて開く。
その動作を繰り返し、革で作られている手袋からギュッも音がした。
強い魔力を感じるが、シアのように殺意が混じっていない。
まるでルイサをさらに強くしたような、何か大切な物のために戦う前の、人の欲が混じっているような、とにかく明るくも暗い魔力が感じ取れる。
「私がミファを抑える、ナーパムは博士にやらせよう」
つまり、シアがギアマトゥルを倒さないといけない。
俺の妻が元聖女を殺さないといけないんだ。
よりにもよって一番危険な相手を妻がやる必要はないと思うが、あのレイアのことだからシアと共に行動するだろう。
聖女の力がどれだけ残っているか知らないし、騎士としてどれだけの力があるかも未知数。
心配だが……俺は妻を信じるって決めたんだ。
「迷惑をかけます」
「頭を上げろ、女の子が頭を下げるのは男を振る時だけだぞ、乙女の常識だ」
「どんな常識ですか」
「それに、頭を下げるのはライフちゃんの方だ」
「ライフさんが下げることなんてありませんよ」
真面目な彼女に頭を上げるように言われたあとすぐ、彼女に同じセリフを返すとは思わなかっ……。
「バルトロスを見つけたら、彼を第四大陸につれていくつもりだ」
「それは魔王討伐のための」
「違う。第四大陸の姫、アーフェナラ様の命令だ」
俺を第四大陸に連れていくって?
しかも会ったこともないような王族の命令で?
そっちには剣の英雄たる剣聖セクション·フィーラがいるんだからわざわざ俺を呼ぶ必要があるのか?
それとも、セクション一人じゃ対応できないヤバい事態でも……。
「勇者は暴れて制御できず、タリラは不在で悪魔の侵攻は止まらない。そして人類全てに自分と同じ考えを持たせようとするミウクが対等し、人と人が殺し合っている」
「ミウクがそんな……いやまて、勇者って誰だ」
「勇者についての詳しい話は機密でな、コレをやるから後は姫様から聞いてくれ」
彼女が指を鳴らすと、一冊の本が現れた。
子供向けの絵本のような大きさと、読みやすい大きな文字が特徴的なそれのタイトルは"悲しい勇者様"……か。
「姫様は第四大陸の馬鹿げた人間同士の殺し合いを終わらせて悪魔を押し戻そうとしている。人々を団結させる旗印として名の知れた英雄たるバルトロスが必要なんだ」
「それだけじゃないですよね」
「……ああ」
本を魔術で作った収納スペースに入れつつ、俺を呼ぶ意味を考えた。
俺が旗印になるかどうかは知らんが、俺はあくまで左遷された英雄でしかない。
それでもいいと言うのなら、俺の姿を真似る魔術か何かを役者にかけて演じさせればいいだけだろう。
それをしないってことは、俺が呼ばれている理由は。
「教団に勝利した実績のあるバルトロスを使って、教団を大陸から追い出すか滅ぼしたいんじゃないですか?」
「鋭いな、そこまで頭が回る少女は初めて見る」
「そしてライフさんと博士はここでバルトロスの息子に大きな恩を、故郷たる第一大陸を守ったっていう大きな恩を売る。だからルイサは父を第四大陸に行くように説得するのを断れない、でしょうか」
「そこまでわかっているのなら君にも頼む、人間の敵は悪魔であり、今は団結して戦うべきだ。君からもバルトロスに言ってはくれないか?」
ライフと博士は教団を潰して人々を団結させるために俺を必要としている。
ラタとその父親らしき人物は俺にもう一度魔王と戦わせるために俺を必要としている。
俺にもうそんな力は残っていないのに、そのどちらにもルイサが巻き込まれてやがるのが最悪だ。
俺が戦えないという事実を知ったとき、コイツらはバルトロスの説得役でしかなかった英雄の息子に同じ役目を期待するかもしれない。
ダメだな、悪い予想なら無限にできてしまう。
さらにそれをルイサが断るとは思えないし……どうしよう。
「伝えはしますが、必ずバルトロスが良い返事をするとら限りません」
「伝えるだけでいい。ライフちゃんと博士はここで断れない程の恩をあの男にも売るつもりだからな」
……息子にそんな役目はさせられない。
残念なことにアイツには英雄と呼ばれるに相応しい、魔王の影の討伐って実績がついてしまった。
旗印としても、魔王本体の討伐としても、アイツにはどちらにも使える利用価値が生まれてしまっている。
「それだけだ、それじゃあ支度を終えたらすぐに出発するんだな。君ほどの実力者なら言わなくてもわかるだろうが、くれぐれも教団にバレるような動きはするなよ?」
「ありがとうございます、ライフさん」
最悪の場合は……。
俺が行けば息子は助かるんだよな。
なら親として、それを覚悟しないといけねぇ。
「さてと、ルイサの奴荷物は用意できたかな?」
ライフが消えたのを見てから、俺は少し大げさに明るく独り言を呟いた。
やっぱり……死にたくない。
けれどこれが息子のためなら、俺は喜んで死んでやる。
自分が死ぬ恐怖より、息子が死ぬ恐怖の方が強かったのか。
心に浮かんだ恐怖が不思議と消えていく。
「ルイサとラタをひっつけるのも、悪くないのかもな」
タリラが義理の親になれば、ルイサは今後も無事でいられるだろう。
そのためにも……シアの願いを叶えないとな。




