ラタ·ルリラは容赦ない
妻の覚悟と願いを聞いた。
俺は夫として彼女の考えを無理矢理変えさせるべきだったかもしれないが、相手を支配するのは愛じゃない。
相手を信頼して、心が通じ合うことこそ愛なんだ。
さっきのやりとりと心の声をルイサに聞かせてやれたら、少しは男として成長してくれたかもしれん。
後でそうだな、俺がじっくり話してやろう。
「……頭ではわかってんだけど落ち着かねぇ」
シアとルイサを守るための力がもうこの体にはない。
神の魔術が五回使えたのに二回にまで減っているし、魔力量だって半分以下。
昔みたいな火力と魔力量で相手を削り殺すなんて戦い方はできないんだから、気を引き締めねぇといけないのに、こんなに心が弱ってたら息子も守れねぇ。
「よしっ! 切り替えろ、俺!」
頬を叩いて気合いを入れてから、まずラタの部屋に向かって事情を説明した。
彼女は元々戦うつもりはなく、教団に対しては逃げの一手を取るつもりであり、タリラからも教団には絶対に関わるなと釘を刺されているらしい。
「ミウクが第一大陸に来てお前が操られないようにするので、気を悪くしないでよね?」
「いえ、私とお師匠様が第四大陸から第六大陸に向かったのもミウクに操られて他の人々を攻撃しないようにですから、慣れてますよ」
「あの傲慢……じゃない、大魔術師タリラ様が手を焼くんだから、厄介だよね」
ラタは少し悲しそうな顔をして、「そうですね、厄介です」と答えてから腹部の傷を再確認し始めた。
胸の下、肋骨のあたりだろうか。
綺麗な一直線の傷があるけれど、その切り口はまるでノコギリで斬られたようにズタズタになっている。
シアが綺麗に巻いた包帯を外し、傷を見てため息をついてから、雑に包帯が巻かれていくのを見ながら俺はシアの言っていた事を考えていた。
『ルー君はラタちゃんの体に傷跡を残したんだから、責任を取らないといけないわ』
俺のこの体は既に傷だらけだし、男だから傷跡は勲章ぐらいにしか思っていない。
だが彼女は女の子で、ルイサと歳も近いんだ。
息子が色気付くように、彼女だってそういう事を意識し始めた年頃だ。
「お師匠様が見たら笑うでしょうね、こんな傷を負って……心配ないって言って出てきたのにこのざまですよ」
布の擦れる音で消されてしまうような小さな声で、ポツリとラタが本音を漏らした。
腕の包帯を巻き直しながら、一人じゃないと気付いたみたいで俺を見てかニコッと笑って見せる。
その笑顔は、何でもないと言いたげな作り笑いだった。
「ルイサを庇ったって聞いてるよ、助けてくれてありがとう」
「別にタダって訳じゃありませんし、お互いにメリットがあったんです」
「メリット?」
「同志は貴女を救いだして、唇を楽しめました」
全身をゾワゾワとした物が走り回った。
寒くないのに手が震え出して、口の中に入ってきた息子の舌から伝わる体温と、唇を貪られた記憶が蘇ってきて、軽い吐き気に襲われる。
口はゆすいだし、唇を消毒もした。
だがそれでもあの事実は消えないし、とにかく思い出したくない。
「ルイサの話はいいから! ラタのメリットは何かな!?」
「思い出して恥ずかしくなりましたか? やはり貴女も女の子なんですね」
男だしルイサの父親だ!
「私がこの大陸に来た目的に協力してもらおうと思いまして、だから一緒に第二大陸に行くのはさらに都合がいいんです」
「ラタの目的って、確か第三次魔王討伐隊だっけ」
「話が早いですね、同志から聞きましたか?」
「それに協力って……ルイサに何をさせるつもり?」
「簡単なことですよ、そんなに睨まなくても貴女の男を取ったりしません」
包帯を巻き終えて、彼女はその上から服を着て俺を見た。
「バルトロス様にもう一度魔王討伐隊に参加するように、息子であるルイサからお願いをしてもらうつもりです」
恩があるのは認める。
ルイサに危険なことをさせないのにも感謝するし、コイツが居なければ息子は死んでいたのだから、俺に出来ることならしてやるつもりだ。
だが、犬死はゴメンだ。
「魔王は殺しても強くなって蘇る化物ですよね、バルトロスから聞いてますがアレに勝てるとは思えない」
「何事にも限界はある、こっちが全滅するか相手が復活できなくなるかの持久戦をしかけます」
「それは誰が言っているの? タリラ様がそんなことを言うとは思えないけど」
「……瑞樹です」
うつ向いて大物の話をするかと思ったら、誰だよ知らねぇ!
そして俺が知らないってことは魔王討伐隊に参加していないってことだ。
つまり、知らない奴が理想論を振り回しているだけ。
どこのバカか知らないが、不可能だって分かって欲しい。
「その瑞樹ってのに話がしたい、何処にいますか?」
「第三大陸で振り切って来たので……もしかしたら第二大陸まで来ているかもしれませんが、今何処にいるかはわかりません」
振り切ってきたって……もしかしてコイツの保護者か?
名前が第六大陸の人間っぽいし、コイツの父親だろうか。
反抗期の娘を持つと大変なんだな、同じ父親として同情するよ。
「じゃあそれは後で考えるけど、今のバルトロスが使い物になるかどうかはラタが決めてよ」
「そんなに悪いんですか!?」
「……意識不明で、胸に穴が空いていて、まともに繋がっている手足より胴体から離れた四肢の方が多い。本当に奇跡的に、仲間の力でギリギリ生きていているけれど、蘇ったところであの人が戦えるとは思えないよ」
「……お師匠様はバルトロス様をあのおっさんが死ぬとは思えないと言っていましたし、それは当たっていました。ですが本当に死んでいないだけ、なんですね」
俺だって驚いてるよ、普通なら死んでいる傷だ。
だがたまたまネマとクォーツに助けられているだけなんだから。
「一応会ってみます、言われた通りそれからどうするか決めたいです」
「わかった。けどきっと予想は裏切らないよ」
息子に俺を説得させる……かぁ。
ずいぶんとまぁ、エグいやり方しやがる。
タリラの娘だからこれぐらいは普通かもしれないが……そう思うとますますこんな人の弱みに付け込む奴に息子を渡したくないな。
だが、これはシアの頼みでもあるし、俺にとってもいい話だ。
「ところでさ、ラタはルイサのことをどう思う?」
ルイサがラタに惚れてくれたら、俺は胃に穴が空きそうな生活とおさらばできる。
寝込みを襲われないかどうかを警戒しなくてよくなるし、前みたいに無理矢理キスされたりもなくなる!
あとまぁ、ムカつくが娘を物理的な傷物にしてしまったタリラへの謝罪にもなるし、ルイサとラタの仲は決して悪くない。
息子はやらん!
そう言ってやりたいが、これはルイサのためだ。
親父の魂が宿っている少女と恋愛するよりも、ラタのような女の子と付き合った方がギリギリマシだろう。
「どう……うーん」
だが見極めさせてもらう。
お前が俺の息子に相応しい女なのか、この俺が確かめて……。
「独占欲が強いロリコンの猿ですかね」
「……へ?」
「ロスさんには悪いですけど、私に好意が向いてなくてよかったですよ。もしそんな事があったら……」
「あ、あったら?」
ラタは指を鳴らして、大きめのハサミを取り出した。
ニコニコと笑いながらそれを動かして。
「これでルイサを女の子にしてやります」
とんでもない事を言いやがった。
シア、助けてくれ。
このままだと我が家の男は全員女の子になっちまう。
そしてこんな女をルイサがどうやって口説くのかわからない、俺でも思い付かない。
「そんなことはないと思いますけどね、あの人ロスさん一筋っぽいですし」
それじゃ、ダメなんだよ!




