タリラの娘なんかに息子はやらん
「ミウクと出会ったのは私とお師匠様が第四大陸で回収師師として働いていた時です。そこで……」
回収師?
依頼を受けて人や遺骨を連れ戻す仕事だったよな。
タリラの奴がそんな人助けをしていたとは思わなかったし、アイツも変わったんだな。
傲慢、自信過剰、おまけにタリラの師匠の話をすれば恋する少女のような表情をした後に。
『言っておくぞ、バルトロス。私の師匠は爪の先から髪の毛一本まで全て私の物だ、手を出したら……いや見たら殺すぞ』
『俺が見るだけで殺されんの!?』
『当たり前だ! 男なんて穢らわしい存在に見られたら……師匠の肌が汚れてしまうだろうが』
そんなやりとりしてたっけか、懐かしい。
噂でしか知らないがその美しい師匠をどう口説くかとか、いざとなったら無理矢理襲うとか言ってたっけ。
クォーツが同性なんだから諦めろって言ってはタリラにシバかれて、セクションにボコボコにされてたっけ。
そんな彼女が人助けの仕事を……そういやラタはしっかりとタリラの影を宿しているな。
自分の師匠を襲うとか孕ませるとか、昔のタリラにそっくりだ。
タリラの奴め、自分の娘に狙われてやんの、プププ。
……アイツなら、今の俺の気持ちを理解してくれるんだろうなぁ。
「ミウクの力でわかっているのは二つです。一つは人の魔力消費を肩代わりする力、そして人の魔術に介入できる力です」
ラタの話では、ミウクはあり得ない力を持っていることになる。
一番ヤバいのは、魔術に介入する力だな。
実際にラタがされたように、テレポートの移動先を勝手に変更されたり、使った魔術を弄られたらとんでもないことになるだろう。
魔術師にとって最悪の相手に違いないが、魔術を使わず教団に立ち向かえるのはセクションか……あ、ライフがいる!
「そして隣にいた騎士のギアマトゥルは回復魔術でダメージを受けます。でもまさか元聖女とは思いませんでした……痛っ!」
急にうずくまった彼女の腹部から血が滲んでいる。
魔王の影と戦っていた時に、ルイサを庇って受けたあの傷だ。
ラタが庇わなかったら、ルイサは真っ二つになっていただろうし、彼女は息子の命の恩人だ。
「傷口が開くから落ち着いて下さい」
「教団に関する貴重な情報の提供に感謝する、今はロスの言うとおり安静にしろ。だが他に情報があれば……シアコトル、ラタを寝室に連れていくと同時に包帯を新しい物に変えてやれ」
シアがレイアを見てから「わかりました」と告げて指示に従いラタを連れて下がっていく。
「お師匠様の話なので熱くなっちゃいました、ごめんなさい」
「気にしないで、その傷はうちの息子を助けるために受けた傷でしょう? 年頃の女の子にこんな痕が残る傷をつけるなんて、ルー君もバルトロスと同じで女の子がわかってませんね」
俺はわかっているぞ!
だって俺はあの笑わない冷血な毒使いにして暗殺者のシアを口説いて妻にしてるんだ、わかってなかったら無理だろうが。
さてはアレだな、自分が口説かれたのを言うのが恥ずかしいんだろう。
フフン、やっぱり俺の妻は可愛いな。
「傷痕が残ったら……お師匠様に怒られるかな……」
落ち込むラタと、ツンデーレな妻が部屋を出たのを見てから、レイアは腕を組み直した。
「ずいぶんと厄介な力だな」
「介入の力だろ?」
「それもそうだが、肩代わりも厄介だ。本来なら魔力が足りずに大魔術が使えない者でさえ使えてしまうイカれた力だからな、普通の魔術師でさえ何をしてくるかわからない敵になっちまう」
「だが、ミウクはまだ確認されてない。やるなら今だろ?」
もしミウクが来てしまったら、奴を殺すだけでも一苦労だ。
タリラのように無限に近い魔力を持って、彼女のような魔術を使う魔術師に囲まれていたら、殺すどころかこの大陸に残ったら人類を守ることだって不可能になる。
だが奴が来ていないってことは無敵ってわけじゃないってことだろうし、ギアマトゥル達が道を開いてとか考えてんだろう。
なら、ここで叩くしかない。
「それはそうだが、お前は戦うな」
「ハァ!? いやいや、俺がやらなきゃ誰がやるってんだよ」
「話を聞け! お前の悪い癖だ、人の、いや神の話は最後まで聞け」
思わず近くにあった机を叩いてしまった。
昔ならこの部屋どころか砦全てに響くような音と共に机を破壊していたんだが、今は叩いた手が痛いし、音もそこまで大きくない。
「お前とルイサ、それにラタには戦わせないつもりだ。もちろん理由はある、それも三つな」
俺と息子、そしてラタが戦えない理由。
それは……。
「手負いのルイサとラタには戦えないだろうし、お前のその体に何があるかわからん」
ぐぬぬ……。
「次にお前には第二大陸に急ぐ理由がある、それを止めてまで、これ以上俺様の為に働かせるのは俺様のプライドが許さん」
それはこの大陸の神としてどうなんだ?
気持ちはありがたいし、俺がこんな体になったことに罪悪感があるのはわかっているけど。
「最後に、バルトロスの顔は知られているがお前のその体はバレてない。俺様達が派手に暴れてやるからその間にうまいこと第二大陸に渡れ」
「それはわかったが、何故俺とルイサとラタなんだ? 俺としては妻も連れていきたいんだがな」
「対悪魔ならラタを残すが、今回は対人だ。シアコトルにはここに残ってやるべき仕事が山のようにある」
「そんな危険なことに、妻を巻き込ませると思うのか?」
「俺様だって自分の義理とはいえ娘を頼らないといけないのは癪だ。だがそんなことを言っていられる場合ではないんだ、わかるだろう?」
妻にしか出来ない仕事なんて一つしかないだろう。
教団の人間の暗殺、これしかない。
もともと悪魔と戦うように訓練を受けていないことも知っているし、何人も殺してきたのもわかってる。
だがそれでもアイツにはそんな危険なことをしてほしくない。
ルイサの母として、俺の妻として、認められないぞ。
「だがこの件はシアコトルにも聞こう、呼ぶから少し待て」
レイアが指を鳴らしてから数秒でシアが戻ってきた。
そしてその姿は、昔の彼女そのものに戻っている。
おそらく、お前はこの部屋の会話を聞いていたんだろう。
足音のしない特殊な靴に、魔力探知に引っ掛かりにくい黒色のまったく遊びも装飾も無い服。
毒殺姫と呼ばれていたあの頃となにも変わらない。
冷たい目付きさえ、俺が惚れた頃とまるで同じだった。
「聞いていたな? お前はどうしたいか聞こう」
「レイア様の指示のとおりにします」
「ロスと共にお前の夫の所に向かうという手もある。ここに残ればルイサとも離れることになるぞ?」
息子の名前を聞いて、少しだけシアの目線が下に向いた。
頼む、行かないと言ってくれ。
俺はお前を守るためにここまで戦ってきたし、お前を口説くために英雄と呼ばれるように頑張ってきたんだ。
俺が側にいないから、何かあったとしても守れないし、魔王討伐に出掛けた時と違って今回は危険が見えているんだぞ。
だからどうか……。
「ルー君は今や一人の男です、私が居なくても大丈夫です」
「待って下さい! ルイサはまだまだ子供です! 何より、バルトロスは目覚めた時には真っ先にシアコトルさんに会いたいと思います!」
「貴女にあの人の何がわかるの? あの人ならこんな時、"俺の妻として恥ずかしくない活躍をしろ"って言うはずよ」
「それは人前だけです! バルトロスならこんな時、危ないことはするなって言います!」
「それも言うかもしれないわね、でもここで逃げて安全な所で過ごして、ライフや博士にレイア様が戦う中で隠れて過ごすなんて、私が許せないわ」
ルイサはまだまだ未熟だ。
そして俺は夫として、どんなに卑怯でもいいから危険な所に行かないで欲しい。
だが、シアの性格はわかってる。
決めたことは変えない、その性格にも惚れたんだから。
「私は英雄バルトロスの妻、シアコトルよ。私が夫の名を汚すような働きはできないわ」
少しだけ、変わったな。
いままではレイアの為にって言ってたのに、そこに俺が入っている。
そうか、お前の命よりも重いと言っていたレイアを俺が超えていたんだな。
いくら夫とはいえ、妻に俺の為に働くのをやめろとは言えないだろう。
「それにルー君には素敵なプレゼントも貰いましたし、少しだけあの人が側にいたみたいで勇気も貰えました」
ルイサの奴が成長したせいで、いや成長したおかげで周囲の人も変わりつつある。
「絶対にバルトロスを連れて戻って来ますから、絶対に、絶対に生きていて下さいね!」
妻を置いて行くなんて選択は昔ならしなかっただろう。
変わったのは俺も同じらしい。
「それでね、ロスちゃんにお願いがあるの」
「お願いですか? 何でも言ってください!」
「貴女なんかに私のルー君を渡したくないの、ネマの娘なら一応血が繋がっているだろうし、なおさら渡したくないわ」
それは俺も同じ!
ルイサの女になんてなりたくない!
ブンブンと風切り音が鳴りそうなぐらい首を縦に振っていると、レイアが顔を手で覆って笑いを堪えているのが見えた。
あの野郎!
「私が見た感じ、あのラタちゃんはかなりの実力者だし、なにより息子が体に傷跡を残してしまったわ」
……え、おい、まさかお前。
「だからロスちゃんはルイサとラタを引っ付けてくれるかしら? 女の子の体に傷跡を残した責任を取らせてやって」
た、タリラの娘なんかに俺の息子をやれってのかぁ!?




