ストーカー同盟
この女からは、並々ならぬ雰囲気を感じる。
それはロスやライフさんのような、圧倒的強者の雰囲気じゃない。母さんのような、触れただけで皮膚が斬れてしまいそうな鋭いソレでもない。
ここにあるのは……。
「お師匠様は私がいないとダメダメなんですよね。お料理、お洗濯、税金関係。朝は私が起こしてあげないといけないし、強がってはいますがとってもピュアなので男に騙されそうになるし……」
恋する乙女のような、明るく柔らかなものが少しと。
「それにとっても無防備で……私を誘惑するんです! 朝なんて眠そうにパジャマをはだけさせて、人を無自覚に興奮させてきますし! 物を食べる時に時々見える舌がもう……何度無理矢理襲ってやろうと思ったか分かりませんよ!」
真っ黒、いや、どす黒く歪んだ欲望。
とても魔術師とは思えない、もはや悪人と見紛うほどのヤバい空気だった。
「……聞いていますか!?」
「あ、うん。聞いてるよ」
「貴男がお師匠様について知りたいと言うから話しているんですよ? コホン……ではここで質問です。お師匠様の可愛いポイントはどこでしょうか!」
いきなり何だコイツ……。
えっと、でも目が真っ黒(ハイライトが消滅してやがる)で怖いし、答えないと何をするかわからない。ここは間違えてもいいから適当に答えておこう。コイツの迫力がすごすぎて、殆ど話を聞いてなかったし。
「……顔、だろ?」
「貴男なんかにお師匠様の可愛さが理解できるはずがありません! 知ったような口を……今すぐお師匠様に謝って下さい!!」
「いやいや待て待て! 俺はお前が『師匠のタリラの可愛いところを言え』って言ったから答えただけで――」
「私の、私だけのお師匠様を呼び捨てにしないで下さい! こんの……ケダモノ!!」
杖をカンカンと床に叩きつけて、果ての無い闇を宿した瞳が真っ直ぐに俺を捉えている。
ここから感じ取れるのは、彼女の想いの執念深さと、重さと……俺を殺すのに何も躊躇いはないっていう殺気だけだった。
「やはりこんな男を連れていくのは止めておきましょう、お師匠様の貞操が危ないです」
「タリラ様なら仮に俺に襲われても返り討ちにできるだろうに、そもそも俺にはもう心に決めた人がいるんだよ」
「私のお師匠様は美人で可愛くて強いですからね! 私のお師匠様を狙わず、力関係をわかっているとは……流石バルトロス様の子供ですね、見所があります!」
ああ、アレだ。
コイツと話していると、むちゃくちゃ疲れるわ。
学校に通っていた頃に先生やクラスメイトから親父の話や質問を常にぶつけられていたアレを思い出す。
あの嫌な時間を濃縮して、逃げられなくしたのがこのラタとかいう女と話している時間だと言っても過言ではないだろう。
「さてと、私の話はこれぐらいでいいですか?」
「いやまて、まだ聞いてないことがある」
「なんですか? 言っておきますけど惚れたとか言わないで下さいね」
ぶっ飛ばすぞコイツ!
とにかく人の話を聞かねぇ奴だな。
「タリラ様の弟子が、なんでココにいるんだよ」
「あれ? 話してませんでしたか?」
ラタは薄い胸を守るローブの下に手を入れて、一枚の紙を取り出した。
それを見せてくれるのかと思っていたが、彼女はそれを少しの間見てからすぐにしまって、俺を見た。
「バルトロス様はお師匠様と同じく、第三次魔王討伐隊のメンバーに選ばれていますので、迎えに来たんですよ」
第三次……魔王討伐隊?
……確か、親父が六年前に出ていった時は第二次魔王討伐隊だったっけ?
「魔王討伐隊か……他のメンバーは決まってんのか?」
「はい! お師匠様に女狐に女狐その2とそれから」
「誰だよ、その女狐って」
「あ、ごめんなさい……えっと、剣士のセクションと瑞樹·ルリラ、それからクォーツ様、そしてバルトロス様です」
親父にタリラ様、セクション様にクォーツさん……六年前のメンバーだ。
知らない人がいるけれど……。
心の中で、一つの不安が生まれた。
その四人は確かに強い、特に親父の力は俺が一番知っているつもりだ。
だが、前回失敗したメンバーで勝てるのだろうか。
それとも今回は何か作戦でもあるのだろうか。
「それで、ラタさんは魔王討伐のために親父を探しに来たってことか?」
「はい!」
つまり、ライフさんや博士と同じってことか。
「ライフさんと悠々博士にも言ったけど、親父は六年前に出ていったきり帰ってきてねぇよ」
「ライフさんと悠々博士? ……えーっと、ちょっと待って下さいね」
またメモを見てやがる。
仲間の名前ぐらい覚えとけよ!
「お師匠様の同期のコスプレ未亡人がライフさん、それと悠々博士は……ゆーゆーさんですか、もう着いてたんですね」
コスプレ未亡人って……事実かもしれないけどさ、力ある者に対しての敬意とかあるだろうが。
俺が少しの苛立ちを覚えていると、ラタは舌打ちをしてからライフさんとロスが眠る部屋の方向を見た。
俺に与えられた部屋からそう遠くはないが、二人の姿は確実に見えてはいない。
だけど、ラタの目線は明らかに壁の向こう側を見ていた。
その証拠に、瞳に薄くだが魔力が集まっている。
「二人は仲間なんだろ?」
「いえ、あの二人はお姫様の命令で動いているだけです。バルトロス様を連れていく目的は、魔王討伐なんかじゃありませんよ」
「ライフさんからば亡命って聞いてるんだけど、この大陸から逃げて準備をしてから魔王討伐に向かうって意味なんじゃねぇの?」
「いえ、あの二人にバルトロス様を連れてくるように命令した第四大陸のお姫様は魔王なんかにかまっている余裕がないはずです」
魔王なんか!?
アレがさしたる問題にならないって……第四大陸はどれだけヤバい状況なんだろうか。
頭の中がさらなる疑問で埋め尽くされていく。
一つ質問をすれば、二つの疑問が生まれて……コイツからもう少し話を聞く必要があるかもしれない。
「さてと、ではルイサ君! バルトロス様の所に案内して下さい」
「いや俺も居場所は知らねぇんだけど……ついてこい」
「……人目のない場所に誘い込んだら殺しますからね」
よし!
この反応するだけ無駄な言葉は無視しよう、疲れる。
文句を言いながらもついてくるラタと共に、もう一度ロスの眠る部屋を訪れた。
さっきまでレイア様が色々と調べていたし、母さんがライフさんとロスの傷の手当てをしていたんだが……包帯が綺麗な物に変えられている所を見ると、全部終わった後だろうか。
「この子が親父の居場所を……違うな、ロスだけが親父の居場所を知ってるんだ」
「仕方ない、では起こしましょう」
ラタが杖をロスに向ける。
別に今の彼女から殺気を感じるわけじゃない。
だけど、俺はロスとラタの間に割って入った。
魔術師が杖を向ける。
それは、俺や親父が銃口を相手に突きつけるのに近いものだ。
もちろん、回復の魔術かもしれない。
もしかしたら、もっと別の魔術かもしれない。
けれど、俺にはそれがわからない。
コイツが魔術を発動するその瞬間まで、彼女が何をするつもりなのかがわからない。
「邪魔なんですけど」
「……コイツは俺の女だ、攻撃しないって誓え」
「童貞くさい貴男の女? 本当ですか?」
どっ、ど、童貞言うな!
純粋でピュアだと言いやがれ!
「本当だ! 確かにまだそういう経験は無いけど……」
「なら、恋人ってことですか?」
「いやまだ恋人でもない……かな」
ラタは杖を真っ直ぐに握ってから、俺をジッと見た。
「……つまり、貴男は自分の中でこの子を自分の女だと思っている。だから守りたいってことですか?」
言葉にされると、俺がなんかとんでもない変態に聞こえるな。
両想いとか、心が通じているとか、そんな絆があるわけじゃない。
今は、俺がロスを今後、自分の女にすると決めているだけで……。
「私の大陸ではそれをストーカーと言います」
「……俺の大陸にもその言葉はあるぞ」
「フフッ、アハハ!」
ラタは指を鳴らして杖を消し、俺を見ながら笑っている。
別に何か変わったわけじゃない。
彼女のことが深く知れたわけでも、俺のことを理解したわけでもないだろう。
だけど、ラタから黒い雰囲気が消えた。
瞳には光が宿り、さっきまで杖を握っていた手は武器の代わりに俺の手を握っている。
「ルイサ君とは仲良くなれそうです!」
「ちなみに……理由を聞いてもいいか?」
「だって、私がお師匠様に向ける愛と同じ物を、この子に向けているじゃないですか!」
そう、まるで仲間を見つけたかのように、彼女は笑っていた。




