神の魔術
神の魔術、"レイア"。
それを使えばどのような攻撃であったとしても、必ず狙った場所に当たる。
この世界そのものに干渉し、攻撃どころか外れる運命にある攻撃もどきでさえ、武器となる。
……頭の中に、そんな魔術の説明が流れてくる。
これまで覚えたどんな魔術よりも複雑で、長い魔術式。
これを覚えようとすれば、一年はかかるかもしれない。
だけど、まるで腕を動かすかのように、呼吸するように。
この魔術が自由に使えるって、感覚がそう言っている気がする。
「お前はそうだな、九回だ」
「九回? それって」
「一日に使える俺様の魔術の回数だ。人間にしてはかなり多いぞ? バルトロスでさえ五回が限界だったんだが……魔力量が桁外れに多いな」
俺って……魔力の量が多いのか?
母さんと同じぐらいだと思っていたし、結構魔力消費が辛くてカツカツで、苦しんでいた記憶しかないんだけど?
自分の魔力を見るために両手を見ていた俺を不思議に思ったのか、レイア様は笑いながら頭を叩いて教えてくれた。
「お前にはシアコトル譲りの魔力量と毒を生み出す才能があるし、バルトロス譲りの勇気と才能がある。このレイアが保証してやろう、お前は必ずバルトロスを越えるとな!」
俺は平凡だと思っていた。
親父に追い付くなんて、どれだけ先の話になるかわからなかったし……もしかしたら不可能かもしれないって、心のどこかで思っていた。
だが、レイア様が俺を認めてくれた。
俺のことを、親父を越えると言ってくれたんだ。
勝手に手が震える。
自分でも、いまどんな感情なのかうまく説明できない。
だけど、これまでの人生のなかで……最高に気分がいい!
魔術を一つ覚えただけなのに、何でも出来そうな気がする。
あの赤鬼だって、今なら倒せそうな気がする。
「ありがとうございます、レイア様!」
「さてと、これからお前の意識を体に戻すが……お前は重傷を負っている、深く傷付き、体は冷たくなりつつあるだろう。だがそこは俺様にはどうにもできん、だから」
俺の額に、レイア様の指が当たる。
視界がゆっくりと暗くなっていく。
手足の感覚が徐々に重く、息苦しくなって、心臓のか弱い鼓動は俺がまだ生きているぞと、大量の痛みと共に告げている。
「死にたくなきゃさっさと倒して、街で治療を受けるんだな」
「うぬは……どうやら、攻撃するのが苦手らしいな。だからと言って防御が得意でもなさそうだが……その程度の力で、よく今まで生きていられたな」
「戦闘要員じゃなかったからね……"転生魔術:機殺万飛"!」
「何も起きぬ魔術か? それとも失敗か?」
「やっぱり"機械人形"なんかじゃないよね、そりゃそうか……。あはは、何もかも私の世界と違いすぎて、嫌になるよ……」
「もはやこれまでだな。足は潰し、その奇妙な左腕も切断した。そしてうぬの魔術は我に効かぬ。その男を守るせいで、さっきの若い男も、うぬもここで死ぬのだ!」
体の痛みを感じる。
瞼は重く、体はそれ以上に重い。
このまま眠れば楽になれるだろう。
先程までは痛みに耐えることばかり考えていたが、もはや体から感じるのは寒さと、底知れない疲労感だけだ。
だけど、ここで倒れていたら意味がない。
レイア様から力を授かり、ここに戻ってきた意味がないんだ!
「ヒギッ!」
「右腕を捨てて喉を守るか。……長く苦しむだけだぞ」
さあ、行くぞ。
これはロスを守るための練習だ。
博士を、そしてレイア様を守る……。
いま俺にできる、唯一のことをしろ!
「人間ってのはねッ……しぶといのさ。たとえ"機械人形"に負けても、封印されても、私達は何度でも立ち上がる!」
「では立ち上がれぬよう、その首をハネておこう」
――この"赤鬼"を殺す。
「人間を舐めすぎだよ。ね、ルイサ君」
「……ばかな。殺したはずだ!」
殺した?
俺はこの通り瀕死だが、生憎とまだ死んじゃいない。
ライフさんから言われた通り、薄くでも""防御魔術""を展開していたおかげだろうか。
両手に、重厚な金と銀の銃を握りしめる。
震える足を無理やり動かし、視界の中心に"赤鬼"を据えた。
……鎧の隙間に、小さな傷があるのを見つけた。
博士が付けたものだろうか。
なんにせよ、あそこなら……あそこに叩き込むことさえできたなら、コイツを殺せる!
「生きてんだよ、バカ鬼が……。"レイア・カタストロフ"!」
自分の中の魔力が、根こそぎガリッと削れていく。
これまで学んできたどんな魔術でも、ここまで消耗するものは無かった。
だが、それだけの莫大な力が、俺の""カタストロフ""には込められている!
「神の魔術"レイア"!? ルイサ君が、何で……!」
「その射撃か! だが、そのようなもの我の鎧で弾き飛ばしてくれるわ!」
"赤鬼"が胸の前で腕を交差させる。
頑強な手甲でガードするつもりか。
レイア様が言うには、確実に攻撃が当たる魔術。
……だが、防がれてしまえば意味は……。
――俺の心配は、杞憂だった。
手甲に当たり、弾けて消えるはずの俺の"カタストロフ"は、止まらなかった。
まるでそこに防御する腕など存在しないかのように、腕をすり抜けていくのが見えた。
それだけではない。
"カタストロフ"に込められた魔力が、理屈を超えたレベルで増幅している。
「馬鹿な……ッ!?」
強化された"カタストロフ"は、俺が狙った傷口に一点の狂いもなく直撃した。
空間が削り取られる特有の衝撃音と、生身が削れる肉の音が一体となって響き渡る。
普段の俺の"カタストロフ"なら、あそこまでの威力は無かった。
毒を流し込むための傷を付けるのが精一杯だったはずなのに。
「マジかよ……」
「うぬから、このような力は……感じなかった……」
"赤鬼"の体が青褪めていく。
傷口から溢れ出した青い光が、一瞬で全身に回った。
俺の毒よりも遥かに速い。
目の前の悪魔が青い粒子となって崩れ去るまで、時間はかからなかった。
……なんにせよ、俺はこの悪魔を殺しきったんだ。
やった。やり遂げたんだ。
「ルイサ君……。体がボロボロなのはわかるんだけどさ、街までお願いしてもいいかな……」
「ま、任せろ……」
傷口を押さえながら、"テレポート"を連続発動させる。
途中、木にめり込みそうになりながらも、意識を繋ぎ止めるために奥歯を噛み締め……なんとか街の中まで辿り着いた。
あとは……これをロス達に伝えるだけだ。
どうやって……伝えようかな。
そうだ、空に光を放てば、気付いてもらえるかもしれない。
「ルイサ様!? それにレイア様に……。 お前達、すぐに回復魔術が扱える者を呼べ!」
空に銃口を向ける。
もう弾丸を放つ魔力なんて残っていない。
けれど、親父がやっていたように。音と光だけの、強烈な信号弾をイメージして。
「ルイサ様! ルイサ様!」
指を動かすのも辛い。
だけど、俺がたどり着いたって知らせないと、ロス達がいつまでも魔王と戦い続けることになるんだ。
だから、これは俺がロスを守る初めての実戦。
少しでも早く、助けるんだ!
「レイア·カタストロフ!」
空に向かってカタストロフを放った。
届くかどうか分からないけれど、白銀の悪魔たる魔王に当たることをイメージして。
別に魔王に当たらなくてもいい。
だけど、このメッセージが届きますように。
「ルイサ様を必ず救え! この方はレイア様の魔術を……」
ああ、ダメだ。
もう……意識が……。




