面倒ごと
食堂を手伝い始めてから、この店の常連客たちと顔見知りになった。
近所に住むおじいちゃんおばあちゃんや、近隣で働いている出稼ぎの人たち。
彼らは私が外へ買い物に出れば気軽に声を掛けてくれるので、私も挨拶を返す。
誰も、私が『聖女』とは知らない。
この王都でも、アルト村にいたときのような気安い関係で付き合える人たちに出会えたことが嬉しい。
◇
「なあ……サミー、一度くらいいいじゃねえか。俺と遊びに行こうぜ? 美味しい物を食べさせてやるし、今着ている服よりもっとましな服だって買ってやる。おまえが望めば、装飾品だって……」
接客業をしていれば、良い人たちと知り合いになれる一方で、あまりお近づきになりたくない人とも顔見知りになってしまう。
「ゴルバさん、申し訳ありませんがお断りします」
たとえば、しつこく私に言い寄ってくるこの人。
ドーラさんによれば、この辺りでは名の通った商会の跡取りなんだとか。一応食堂の常連客なので、最初は言葉を濁してやんわりと断っていたのだが、全く通じなかった。
困っている私を見兼ねて、ドーラさんはこう言った。
「うちの常連客だからって遠慮せずに、ズバッと断ってくれて構わないよ!」
それからは、わかりやすくはっきりと伝えているのだが……
「俺がカッコいいからって、気後れすることはないぞ。おまえなら、俺の隣に立つことも許してやるからな!」
「…………」
あくまでも上から目線の俺様男子は、人の話をまったく聞いてくれない。
ここまで話が嚙み合わない人も、世の中にはいるんだな……と変なことに感心している場合ではなかった。
今はお昼時で忙しいのだ。
不毛な会話はさっさと終わらせて、仕事に戻らなければならない。
「今は仕事中ですので、失礼します」
隣のテーブルの食器を片付けていると、勢いよく腕を掴まれそうになった……が、バチンと弾いた。
「痛ってえ……」
一度、仕事中に腕を掴まれてなかなか離してもらえず、この忙しい時間帯にドーラさんの手を煩わせたことがあったので、それからは、ゴルバさんの対応をするときだけこっそり結界魔法を発動させている。
(さすが結界魔法。良い仕事をするね!)
手をさするゴルバさんを横目に見ながら結界魔法の素晴らしさに感激していたら、彼は懲りずに何度も手を伸ばしてきては、その度に弾かれている。
明らかに不自然な現象に周りの注目を引き始めたので、仕方なく結界魔法を解除すると、当然のことながら腕を掴まれた。
「さあ、今から行くぞ!」
「離してください!!」
痺れを切らし実力行使に出たゴルバさんに抵抗してみたが、やはり男性に力で敵うはずもない。
再度魔法を掛けようとしたとき、横から手が伸びてきてゴルバさんの腕を掴み捻り上げた。
「い、痛てえ!!」
「……その手を離せ」
辺り一帯が、絶対零度の冷気に包まれる。
見ると、冷え冷えとした空気を漂わせたオーランドさんが、ひんやりとした笑顔で佇んでいた。
「嫌がっている女性に、無体な真似をするな」
「あ、あんたには関係ないだろう!」
「王都内の治安維持が私の仕事だ。無法者の取り締まりもその一つ。文句があるのなら、騎士団の詰所で話を聞くが?」
オーランドさんの美しくも恐ろしい顔で凄まれたら、大抵の人は震え上がると思う。
「チッ、サミー、また来るよ!」
もう来なくていいよ!と思いつつ、代金の回収だけは忘れない。
逃げるように食堂を出て行く後ろ姿を眺めつつ、やれやれ……と息を吐いた。
「シュバルツ様、助けていただきありがとうございました」
「たまたま前を通りかかったら、騒動が聞こえてきたからな」
頭を下げる私にフフッと微笑んだオーランドさんは、すぐに店を出て行こうとして足を止めた。
「その…私のことは『シュバルツ』ではなく、名で呼んでもらえると…良いのだが…」
非常に言いづらそうに、でも期待をこめたまなざしで見られてしまったら「わかりました」と頷くしかない。
私の返答に、オーランドさんは満足げに帰っていった。
◇
「席は空いているか?」
「いらっしゃいませ、オーランド様。こちらの席へどうぞ」
あの日以来、オーランドさんは食堂へやってくるようになった。
最初は店へ顔を出したらすぐに帰っていたのだが、ドーラさんに声をかけられてからは、ピークを過ぎ店内が少し落ち着いた頃合いを見計らって昼食を食べにやってくる。
私は店の片づけをしながら雑談の相手をするのだが、騎士団内での仕事の話が聞けてとても興味深い。
話を聞く限りでは、第二騎士団は前世での警察のような役割を果たしているのだと感じた。
王都内の治安維持から、事件の捜査・犯人の検挙まで、街の人々にとっては頼もしい存在だと思う。
そんな方を私は護衛騎士として独り占めしていたのだと思うと、大変申し訳ない気持ちになった。
オーランドさんが頻繁に食堂へ顔を出すからか、ゴルバさんをあまり見かけなくなった。
私としては、平和でいいなあと呑気に思っていたのだが……
◇
食堂では、最近配達サービスも始まっていた。
年配の常連さんからの要望で始めたものだが、評判は上々なんだとか。
少しでも売り上げに貢献しようと配達は私も手伝っているが、担当するのは徒歩圏内の常連の女性客のみとドーラさんから決められた。
今日配達に行くのは、食堂から徒歩十五分程度の場所にあるこぢんまりとした一戸建て。
ここに住む一人暮らしのおばあちゃんは足が悪く、よく配達を利用されているのだ。
いつものように呼び鈴を鳴らし、商品を手渡して代金を受け取れば配達は完了。
店に戻ろうとした私がふと道端に目を向けると、おじいちゃんが一人座り込んでいた。
「どうされました?」
「買い物をしてきたんじゃが、荷物が重くての……少し、休憩をしておったんじゃ」
隣に置いてある木箱を見ると、溢れんばかりに野菜や果物が入っている。
どうやら、これを一人で運んできたらしい。
「家はどちらですか?」
「もう少し先に行った所にあるんじゃ。ばあさんが待っておるから、早く帰ってやらんと……」
「では、私が運びますよ」
気になって声をかけてしまった以上、最後まで手伝ってあげようと思った。
恐縮しているおじいさんと一緒に、ゆっくりと歩いていく。
着いたのは、この辺りでは比較的立派な部類に入るお屋敷。家の前には庭があり、庭木は綺麗に剪定され手入れが行き届いている。
勝手口から荷物を入れてほしいと言われたので、「失礼します」と声をかけてから中へ入った。
そこは厨房だったが、誰の姿もない。
「どちらに荷物を置きますか?」
後ろを振り返りおじいさんへ声を掛けたつもりが、返事がなく姿も見えない。
そのとき屋敷側のドアが開き、男性が入ってきた。
「よう! サミー、久しぶりだな!!」
そこにいたのは、ニヤニヤした笑顔を向けるゴルバさんだった。
どうやら、私はまた面倒ごとに巻き込まれたようだ。




