聖女の捜索(後編)
仕事に復帰した私は、ミサ様を捜し続けた。
手掛かりは、濃い茶色の髪と瞳。肩まで伸びた髪。辻馬車の乗車場から東南へ向かったという目撃情報だけだ。
毎日仕事をしながら、街を行き交う女性たちに目を向ける。
たとえ幻影魔法で姿が変わっていたとしても、一目会えばわかる!という根拠のない自信が私にはあったのだが……
「今日も見つからなかった……」
ため息と共に、つい愚痴がこぼれ出る。
暗い気持ちと重い足を引きずり、私は騎士団へ戻ってきた。日にちが経つにつれ、気ばかりが焦ってくる。
ミサ様は、明日にでも王都を出ていってしまうのではないか。もうすでに居ないのではないか。
後ろ向きな考えしか頭に思い浮かばず、気分が落ち込んでいく。
最近はその悪循環に陥っていた。
(明日は、思いきって別の方向へ向かうか……)
様々な考えを巡らせながら歩いていると、体に衝撃があった。気づくと目の前に少女が倒れていた。
「大変申し訳ございません。お怪我はありませんか?」
少女を抱き起した若い女性と目が合った。
覚えのない顔と声……しかし、どこか懐かしさを感じトクンと鼓動が跳ねた。
「すまない……こちらも考え事をしていた。私は大丈夫だが、そちらのお嬢さんがケガをされたのではないか?」
少女は痛そうに足を引きずっていた。
「……我が家の馬車で家まで送ろう。私がケガをさせてしまったのだからな」
ぽろっと言葉が口をついて出てきた。
会ったばかりのこの女性が気になって仕方ない。
このまま別れてはダメだと私の心が訴えかけてくる言葉に、素直に耳を傾けようと思う。
「い、いえ、私たちは平民ですので、そのようなお気遣いは……」
女性は明らかに困惑している。
ふと、自分が名を名乗っていなかったことに気づいた。
「ああ、まだ名乗っていなかったな。私はオーランド・シュバルツ。第二騎士団に所属している騎士だ。決して怪しい者ではない」
「騎士様、私は第三騎士団におりますセルゲイの妹、ケイトと申します」
女性ではなく、少女が挨拶を返してくれた。
セルゲイ殿といえば、騎士団は違うが『聖女信奉会』に所属している仲間だ。
「そうか、セルゲイ殿の妹君だったか。それならば話は早い。直接セルゲイ殿に許可をもらってくるとしよう。しばらくここで待っていてくれ」
彼女たちの返事を聞かずに、私は『聖女信奉会』の部屋へ向かう。
今日はここで私の復帰祝いをしてくれるそうで、部屋にはすでに会員が集まっている。セルゲイ殿の姿を見つけると私は事情を説明した。
妹がケガをしたと聞き、慌てて部屋を飛び出した彼の後を追った。
◇
自分でもかなり強引に事を進めた自覚はある。それでも、どうしても確かめたかった。
――彼女は『ミサ様』なのか?
少女は初めて馬車に乗るのか、辺りを見回しとにかく落ち着きがない。その様子を、女性が微笑ましく眺めている。
優しいまなざしを向ける姿が、孤児院の子供たちを見つめるミサ様の姿と重なる。
「……君の名を教えてくれないか?」
まずは会話を交わして、糸口を見つけたい。
「名乗るのが遅れて申し訳ありません。私はサミーと申します」
(サミーを逆にすると、『ミサ』……)
「サミー嬢も、セルゲイ殿のご兄弟なのか?」
「いいえ、私はセルゲイさんのご両親がやっている食堂で働く、ただの従業員です」
いつから働いているのか聞きたいが、私が疑いを持っていることが知られるのは困る。
もし彼女がミサ様だった場合、また私の前から姿を消されてしまっては元も子もないないのだ。
向かい合って座る彼女を、それとなく観察する。
髪と瞳は濃い茶色で、髪の長さは肩までしかない。
そして、少女を連れている。
しかし、声は別人のように違い、身長はミサ様より幾分か高い。
私の心は、彼女がミサ様だと言っている。でも、決定的な決め手に欠けるのも事実なのだ。
◇
馬車が食堂の前で停止する。辻馬車の乗車場から、東南方面の位置だった。
先に少女を降ろすと、彼女の前に手を差し出す。
「サミー嬢、お手をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
一瞬戸惑った表情を浮かべたが、彼女は私の手を取ってくれた。
手と手が触れた瞬間、私は感じたのだ。この方は、紛れもなくミサ様だと。
幾度となくエスコートをしたとき、手を繋いだとき、指先に口づけをしたとき、求婚で手を取ったとき……どんなに見た目が変化していても、この手の温もりを忘れるわけがない。
再び出会えた喜びと、ご無事だった安堵感で、私の心は満たされていた。
◇
本当は今すぐにでも事実を明かしたいが、ミサ様はそれを望んではおられない。
だから、私は正体に気付いていないふりをして、陰からお守りしようと思う。
これから騎士団へ行き、さっそく担当区域の変更を申し出よう。職権濫用と言われようと構わない。
私にとって、ミサ様以上に大切なものなどないのだから……




