聖女の捜索(前編)
「ありがとうございます。一度食べてみたかったので、嬉しいです!」
彼女は濃い茶色の瞳を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。
見た目は変わっても中身は全然変わっておらず、相変わらず食べることがお好きだ。
何か会いに行く口実が欲しくて、見舞いを思いついた。
非番の今日、朝から並んで買ってきたお菓子は、以前買えずに涙目になっていた彼女のために選んだ物だ。
(本音を言えば、笑顔で召し上がられるお姿も拝見したいが……)
この一か月半は、途方もないほどに長く苦しい時間だった。
でも、ようやくあなたを探し出せたことがとても嬉しい。
◇
ミサ様を救出する際に背中を切りつけられた私は意識を失って倒れ、ずっと夢を見ていた。
ベッドで眠っている私の手を握りミサ様が何か仰っているが、私には何も聞こえない。
顔は悲しげで、見ているだけで胸が締め付けられるほど痛い。
ミサ様は立ち上がると、私に背を向けて歩き出した。私もついて行きたいが、体が思うように動かせない。
(待ってください! 私もあなたと一緒に……)
私の言葉が聞こえたのか、こちらを振り返ったミサ様は泣いていた。
「今まで、ありがとうございました」
今度は、はっきりと聞き取れた。
泣きながら私に微笑んでくださったミサ様は、その後、二度と振り返ることはなかった。
◇
目を覚ましたとき、ミサ様は屋敷にいなかった。私へ手紙を残し、一人で村へ戻られたのだという。
あのような夢を見たこともあり嫌な予感がしたが、手紙を読まないわけにはいかない。
私に対する謝罪から始まった手紙は、これまでの仕事に対する感謝の言葉が続き、最後にこう締めくくられていた。
『……オーランド・シュバルツ殿を護衛騎士の任務から解任いたします。しばらくの間は、養生に努められますように。どうか無理をせず、くれぐれもお体をご自愛ください。貴殿の回復後は第二騎士団への復帰を希望し、今後のご活躍を陰ながら祈っております』
目の前が真っ暗になり、手の震えが止まらない。
ミサ様は、私が自身を庇って負傷したことを大層気に病んでおられたそうだ。
だからこんな手紙を残した。
――そうに決まっている
体力が回復した私は、すぐにミサ様へ会いに行った。
護衛騎士を辞めるつもりも、第二騎士団へ戻るつもりもない。これまで通り、ずっとあなたの傍にいたい……そう伝えるために。
孤児院で私を出迎えてくれたのは、マーサ先生だった。そして聞かされたのは、ミサ様がお一人で旅に出られたという事実。
「あの子はずっと、孤児院のため、村のためにと頑張ってきたの。今回初めて、自分の生き方・人生を見つめ直していると思うのよ。だから、今はそっとしておいてあげて……」
ミサはいつか必ず戻ってくるから……マーサ先生はそう仰ったが、お一人のミサ様が心配でならない。
変な男に絡まれていないか、また事件に巻き込まれていないか、想像するだけで気が狂いそうになる。
せめて、行き先だけでも知りたい。無事を確かめたい。
(それくらいならば、ミサ様は許してくださるだろうか……)
◇
王都に戻った私は、ミサ様の行方を調べ始めた。
何かしていないと悪い方向へ思考が傾いてしまう。
たとえ居所がわかっても、連れ戻したりはしない。ただ、無事を確かめるだけだと自分に言い訳をして……
侍女のメリルから有力な情報を得た。ミサ様から、王都の宿屋について尋ねられたことがあるというのだ。
さっそくその宿屋へ向かうと、ミサ様らしき女性が一人で宿泊していた。
綺麗な人だったから覚えていたという従業員からさらに詳しい話を聞くと、不思議なことを言い出した。宿を出るとき、ミサ様が別人のようだったというのだ。
話を聞いてピンときた。おそらく、ミサ様は幻影魔法を使ったのだろう。
今はまた姿が変わっているかもしれないが、念のため容貌を聞いた。
濃い茶色の髪と瞳で、長かった髪は肩くらいの長さになっていたらしい。
一般的な平民の髪色だけに、この先の捜索は困難が予想された。
礼を言って引き揚げようとしたとき、別の従業員がもう一つ思い出した。南方行の辻馬車の乗り場を聞かれたのだという。
王都からは国内の様々な場所へ行く辻馬車が出ているので、行き先を絞れただけでも有り難い。
その足で乗車場へ向かった。南方行き辻馬車の御者に日にちを指定して尋ねてみたが、結果は芳しくなかった。
帳簿によると、その日この乗り場から乗った客はいないというのだ。
その後の一週間分を調べてもらったが、女性一人だけの乗客はいなかった。
もしや、男性に変装したのか?
他に、誰か連れがいたのか?
それとも、行き先が変わった?
あらゆる可能性が浮かび、捜索は暗礁に乗り上げてしまった。
第二騎士団へ復帰する日が迫ってきており、もう余り時間がない。
追い詰められた私は、兄へ相談することにした。
◇
相談してから数日後、兄がやってきた。「間に合ってよかった」と笑っている。
明日、私は第二騎士団へ、誘拐事件の事後調査に協力していた兄は領地へ戻ることが決まっていた。
「もしかしたら、聖女様はまだ王都にいらっしゃるかもしれないぞ……」
この言葉から始まった兄の調査報告はこうだ。
二週間ほど前、南方行辻馬車の乗車場付近で女性が倒れる騒ぎがあった。泣き叫ぶ女の子とその子に駆け寄る若い女性を、複数の人が目撃している。
別の御者二人が倒れた女性を待合室まで運んだが、かなり重篤な状態だと思っていたらしい。しかし、しばらくすると女性は元気な様子で、女の子と若い女性を連れて去っていったのだという。
「この話を聞いて、おまえはどう思った?」
「若い女性は間違いなくミサ様でしょうね。病気で困っている人を放っておけなかったのが、ミサ様らしいです」
後先のことも考えず一心不乱に治療するミサ様の顔が思い浮かび、私は笑顔になる。
「でも、なぜまだミサ様が王都にいらっしゃると思うのですか?」
「目撃者の話だと、倒れた女性は聖女様を命の恩人だと言っていたようだ。我が家の父上と母上の様子を見ていればわかると思うが、自分の命を救ってくれた恩人をすぐに帰すと思うか? かなり歓待されているとみて間違いない」
これまでの両親の行動を引き合いに出されると、たしかに兄の意見に納得するしかない。
「まだ、日にちはそれほど経っていないから、可能性は十分にある。第二騎士団の仕事は、王都の警備なんだろう? 諦めずに、仕事の合間に探してみろ」
いつもであれば別れ際、私の肩をポンと叩く兄が、今日は昔のように頭を軽く撫でてくれた。
兄なりの気遣いが伝わってきて、嬉しかった。




