呪縛からの解放
「えい! やあっ!!」
私は、闇と戦いながら道を切り開いていた。
周囲には、十畳程度の広さがある光の空間が広がっている。
ただし、家の中にある部屋ではなく、私の精神世界の中にある場所だ。
◇
あの時、リムバート様から魅了魔法を掛けられた私は意識を失った。
次に目覚めた時は自由意思のないただの操り人形となって生きていくのだと思っていたが、私にはまだ自我が残っていた。
理由はわからないが、リムバート様の魅了魔法では完全に精神を乗っ取ることはできなかったようだ。
どうにかしてこの精神支配から逃れたい。
まずは私の体(本体)を動かせるか試してみたが、それは無理だった。
辺りを見回すと、私のいる場所だけ光が当たっており、周りは漆黒の煙のようなものが立ち込めている。まるで、闇の雲海に囲まれているようだ。
これに足を踏み入れたら終わりだと本能的に感じ、すぐに、光に照らされている空間の外側に幾重にも結界を張った。
ひとまず、闇がこれ以上こちら側に広がってくることはないだろう。
とりあえず安全を確保した上で、次にすべきことを考える。
(この闇を除去することができれば……)
私が使える魔法は、光属性に由来するものだけ。
両手をかざし治癒魔法を発動させてみると、闇は多少薄れたような気もするが、あまり効果はなさそうだ。
十年前、神殿でキーファー様から教えてもらったことを必死に思い出していた。
◇
「ミサが保有している『光属性』には、『治癒(再生)魔法』『結界魔法』の他に『浄化魔法』というものもあるんだよ」
「浄化魔法?」
首をかしげた私に、キーファー様が頷く。
「これはね、魔物を発生させると言われている『瘴気』を浄化させる魔法なんだ。でも最近は、昔と比べると魔物の発生も抑えられているし、幼いミサが扱うにはまだ早いかな……」
「自分が使える魔法は知っておきたいので、使い方だけは教えていただけますか?」
「うん、うん、ミサは向上心のある賢い子だね」
目を細め頭を撫でてくれたキーファー様は、私をよく褒めてくれる優しい先生だった。
◇
その師が教えてくれたやり方を思い出しながら、私は右手を闇にかざす。
「えっと…自分の利き手に魔力を集めて…それを温めながら放出する感じで…」
ブツブツとひとり言を言いながら右手を見ると、手のひらから白い湯気のようなものが出ている。
えっ?と思った時には、それが放出されていた。
かざしていた先にあった闇が、一瞬にして消滅したのだ。
「何これ、すごい!!」
まるで高温の蒸気を当て、床を殺菌しながら綺麗にする前世の道具みたいだ。
面白くなった私は、調子にのって周囲をどんどん浄化していった。
初めは四畳半くらいだった空間が倍の広さになってきた頃、急に眩暈を覚えた私はその場に座りこむ。
この感覚には覚えがあった。再生魔法でロイさんの腕を治療し、魔力枯渇を起こしたときと同じだ。
広くなった空間を確保するため、ふらふらしながらも結界魔法を張り直すと、一旦休憩をいれた。
(何事も、やりすぎは禁物だね……)
治癒魔法や結界魔法に比べると、浄化魔法は魔力の消費量がさらに大きいようだ。
逸る気持ちを抑え、目を閉じ魔力が回復するのを待った。
◇
浄化しては回復、浄化しては回復を繰り返していると、周囲の闇が薄くなってきた。
『…………』
初めて、外の世界から何かが聞こえた。
まだ自分の意思で体は動かせないし、外の音が何かまではわからないが、少しずつ支配力が弱まってきているような気がする。
早く自由になりたい。
皆のところに帰りたい。
オーランドさんに……会いたい
◇
どのくらい日数が経っているのか全くわからないが、私はひたすら浄化作業を続けていた。
闇が薄まり空間が広がるにつれ、外からの情報が感じ取れるようになってきた。
私がいるのはやはりリムバート様の屋敷で、王都内にあるドイル家のタウンハウスのようだ。
領地まで連れて行かれていたら逃げ出すのが大変だったと思うので、その点はとりあえずホッとした。
リムバート様は私との婚約を国王陛下に申請しているようだが、その許可はまだ下りていないらしい。でもその内、本人の同意なく提出されている書類が問題なく受理されそうで怖い。
早くここから脱出しないと、さらにいろいろと面倒なことになりそうだと感じた。
(なぜリムバート様は、ここまで私に固執するんだろう?)
会話した内容から推測すると私たちは十年前に会っており、リムバート様のことを私は『リム』と呼んでいたという。
いくら子供とはいえ、公爵家の子息を平民の女の子がそのように呼んでいいわけがない。
(おそらく、前世の記憶が戻る前のことだろうな……)
魔力が発現し、同時に前世の記憶が戻った私は、七歳児とは思えないほどしっかりした話し方と受け答えができる子に変わったと言われた。
そして、前世の記憶に上書きされてしまったのか、あの頃の記憶は曖昧なままなのだ。
◇
地道な努力の甲斐もあり、光の当たる空間がかなり広くなってきた。
最初と比べると、四~五倍くらいにはなっただろうか。
相変わらず体の自由は利かないが、外の会話が聞き取れるようになっていた。
今日は珍しく来客があるようで、周囲が慌ただしく準備しているのがわかる。
誰が来るのだろうと思っていたら、声を聞いてすぐにわかった。
(オーランドさん!!)
ガーランド様と一緒に、私の様子を見に来てくれたに違いない。
彼に知らせたい。
ここにいるのは、私の意思ではないことを。
早く皆の元に帰りたがっていることを。
……あなたに会いたいと思っていることを
私はやみくもに辺り一帯に浄化魔法を掛け始めた。
いま解除ができれば、彼と一緒に帰ることができる。
こんな所には、もう一秒たりとも居たくはないのだ。
「……ミサ様」
彼の声がはっきりと聞こえた。
私へ呼びかけてくれている声に答えたい。
(オーランドさん、助けて!!!)
突然、闇の雲海が濃くなった。
結界魔法を乗り越え迫ってくる闇に、私は必死に浄化魔法で応戦する。
飲み込まれてなるものか、絶対に帰るんだという強い意思を持って……
◇
なんとか飲み込まれることは阻止したが、せっかく広げた空間がかなり狭くなってしまった。
心が折れそうになるが、ここで負けてしまったら相手の思う壺だと気持ちを奮い立たせる。
再び空間を広げていると、先の方に一瞬扉が見えた。
私は精神世界全体が闇に囚われたと思っていたが、どうやら違うようだ。精神世界の中にある闇に覆われた部屋の中に、私が閉じ込められていたのだ。
だから、扉を抜ければ私は解放される……はず。
そうとわかれば空間を広げる必要はない。ただ真っすぐに扉までの道を作っていけばいいだけだ。
私に覆い被さろうと迫ってくる闇と戦いながら、ひらすら道を切り開いていく。
ようやく目の前に現れた扉に手を伸ばすと、闇がそうはさせるかとばかりに纏わりついてくるが、すぐに浄化魔法で黙らせる。
勢いよく扉を開けると眩い光が差し込み、思わず目を閉じる。
次に目を開けたとき、目に飛び込んできたのは天蓋の天井だった。
私はついに、闇の呪縛から解放されたのだ。




