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愛され聖女さまと、護衛騎士  作者: ざっきー


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脱出(前編)


 魅了魔法を自力で解除した私は、慎重に行動していた。


 自我が戻ったことを周囲に、リムバート様に絶対に気づかれてはならないのだ。

 これまで通り、何も話さず何も反応せずのお人形に徹している。





 私は一日のほとんどを眠って過ごしていたようだが、おそらく、体内で魔力を消費していた影響だと思われる。浄化魔法でほぼ使い切っていた魔力を、睡眠によって回復させる必要があったのだろう。


 人形化しながら周囲の様子をそれとなく探っていると、ある程度の状況がわかってきた。

 常に私の傍にいるのは侍女ただ一人だけで、他の人は用事がない限り部屋には入ってこない。

 部屋の外にはずっと見張りが立っているが、こちらも一人。

 他に私と関りがあるのは、雑用をやってくれる従僕と、たまに庭園へ散歩に出かけたときに花をくれる庭師だけで、極力、私と関わる人を制限しているように見える。

 全く喋らない私と違って他の人は普通に会話はできるようだが、魔法の影響なのか皆表情は硬く、喜怒哀楽などの感情表現は乏しいように感じた。


 リムバート様はあの事件の後処理に奔走されているようで、朝と夜の二回こちらへやって来る以外はほぼ姿を見かけない。

 夜は彼が必ず部屋の外から鍵をかけ、私の部屋の中は誰もいなくなる。

 つまり、脱出するチャンスは夜しかないのだ。


 私の部屋は二階にあり、バルコニーがついている。

 ラムザート様に連れてこられた離れと違い、こちらのバルコニーの扉には鍵も鉄格子もなく、昼夜を問わず出入りは自由だ。


(何か、ロープの代わりになるような物があれば……)


 ぐるりと部屋を見渡して目に留まったのは、カーテン、天蓋の幕、そして寝具。

 長さがあるのはカーテンなので、一度つまずいたフリをして全体重をかけてみたが、残念ながら外れなかった。

 天蓋の幕は、生地が薄く簡単に破れそうなので、安全面を考慮し却下。

 結局、寝具を使うことになった。


 善は急げとばかりに、決行は今夜に決めた。

 皆が寝静まったころを見計らい、闇夜に紛れて脱出するのだ。





 静かに物音を立てずにバルコニーへ出ると、戸をきちんと閉めた。

 ベッドの中に枕を詰め私が眠っているように見せかける偽装も済んでいるし、天蓋の幕を下ろしベッドの横に室内履きを揃えて置いてある。

 一見すると何も異常はないように見えるため、多少の時間稼ぎにはなるだろう。


 寝具のシーツとカバーの端を縛って繋いだ簡易ロープをバルコニーの柵に結び付け、下に垂らす。

 私の部屋の下は客室らしいので、今は誰もいないはずだ。

 ロープを伝って下りた……というよりは、重力に任せてずるずると落ちたと表現したほうが正しいが、ともかく一階に無事着地できた。


 今の私は裸足で、着ているものはネグリジェだけ。上着は偽装のためわざと部屋に置いてきたのだ。

 私の姿を見たらメリルさんは卒倒するだろうなと思い出し笑いをしたあと、私は気合を入れ、綺麗に整備された芝生の上を門へ向かって走り出した。

 このドイル家の敷地も驚くほど広いが、それだけ隠れ潜む場所も多いということ。

 時折、物陰から様子を窺いながら、敷地内を警備している人たちに見つからないようランプの灯りを避けつつ進んでいたら、犬の鳴き声が聞こえた。


(どうしよう……犬の嗅覚は、人の何十倍?あるんだよね)


 とりあえず隠れる場所をと辺りを見回すと、小さな小屋が目に入った。

 躊躇している暇はない。急いで中に飛び込むと息を殺した。

 ドクンドクンと、自分の心臓の音が聞こえる。


 すぐに人の気配は遠退いたが、念のためもうしばらくここで一時待機することにした。

 その場に座り込むと、どっと疲労感が押し寄せてくるし、ずっと裸足で走っていたので足も痛い。

 村にいた時はこれくらい何ともなかったので、完全に運動不足だ。


(村に帰ったら、子供たちと散歩に行こう……)


 ほんの数か月前までは当たり前だった日常が、今はひどく懐かしい。


 早く帰りたい。

 皆に「ただいま!」って言いたい。

 「お帰りなさい!」って言ってもらいたい。


 落ち込みそうになった気分を奮い立たせるため、自分で自分の足に治癒魔法を掛けていた私の視界に、あるものが映りこんだ。





 小屋を出た私はまた走っているのだが、先ほどより少々走りづらい。

 小屋の中で目に留まった庭師が着ている作業着を拝借し着替えたのだ。

 ネグリジェの上から長袖シャツとオーバーオールを着用し、袖をまくり、肩紐と裾で丈の長さを調節してみたが、やはりちょっとブカブカなのは否めない。

 目立つ髪と瞳の色をまた黒色に変えて、作業着と一緒に置いてあったキャスケットを纏めた髪ごと被れば、少年庭師のできあがりだ。

 オーバーオールの長い裾に隠れて、裸足であることはバレないと思いたい。


 ちなみに、幻影魔法では声色も変えることができるとキーファー様は仰っていたが、私の修行が足りないのか今回も成功はしなかった。


 正門が見えてきたので、出口が近いのだと思うと重くなっていた足取りも軽くなる。

 シュバルツ公爵家の正門の横には通用門があったから、この家にもあるはずだ。

 門番はいると思うが、どうにかしてそこから外に出たいと思う。


 昼間は正門を開閉するため、常に数名の門番と警備担当者が常駐しているが、今は夜間なので正門はきっちりと閉まっている。


(通用門に、二人……)


 木の陰から、動くランプの灯りで人数を把握した私は作戦を考える。

 見たところ、通用門は(かんぬき)がかかっているだけなので、外して外へ出ることは簡単そうだ。あとは、二人の門番を通用門から引き離せればよいのだが。


(少し離れたところで騒動を起こしてみるとか? でも、どうやって?)


 攪乱させる方法についてしばらく考えていたが、名案が思いつかない。

 このまま時間をかけていたら、私が逃げ出したことをいつ気づかれるかわからない。

 結局、正面突破することを選択し、私は門番たちの前に堂々と姿を現した。


「誰だ?」


「僕だよ、マイクだよ」


「マイクなんて小僧は知らん」


「僕は庭師のおじさんの親戚なんだ。急用ができて、これから家に帰らないといけないから、ここを通してくれない?」


 このまま穏便に通してくれたらなと思いながら、私は演技を続ける。


「母さんの具合が悪いって知らせがあったから、朝一番の辻馬車に乗りたいんだよ。ねえ、お願い!!」


「リムバート様からは、身元の怪しいやつは通すなと言われている。だから、これから庭師に確認を取らせてもらうぞ」


 門番は私を見張るために一人が残り、もう一人が庭師のもとへ向かってしまった。

 これは、非常にマズい状況になったかもしれない。


(どうしよう……偽物だってバレちゃう)




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