王都デート(後編)
今日は、ミサ様を王都の街へご案内する日だ。
ミサ様は数日前から大層楽しみにしておられて、静かに興奮されているお姿が見ていて微笑ましかった。
聖女様であることが周りに知られないよう幻影魔法で変装することになり、護衛騎士の私も追従することになった。
ミサ様は、村でも王都でもほとんど見かけない『黒髪・黒い瞳』のお姿になった。
ご自身のお姿に「懐かしい……」と呟かれ満足げであったが、異国人のような風貌になったことで、かえって街中で目立ってしまったのは内緒の話。
◇
辺りを興味深く見回してふらふらと迷子になりそうなミサ様を制するため、横からそっと手を取った。
こういう時、恋人設定は大変有難い。
普段以上に、ミサ様のお側にいることができるからだ。
「……ミーサがあまりにも可愛いから、つい見惚れていただけ」
常日頃思っていても口に出せない本音がポロリとこぼれた。
顔を赤くされるミサ様が可愛らしく、にやけてしまう顔を抑えるのが大変だ。
先日、王都の孤児院でミサ様が幼なじみのマークから抱きしめられている様子を見て、胸が締め付けられるような焦燥感を覚えた私は思わず二人を引き離した。
彼を疎ましく思ったのと同時に、羨ましかったのだ。
先ほど、ミサ様が私を異性として意識されるような発言をされたことが嬉しくて、つい調子にのって抱きよせ頭に何度も口付けをしてしまった行為は、それを上書きする意味合いもあった。
兄から発破をかけられたあの日から、意識的に自分の好意を言動を伴ってミサ様へ伝えている。
今日は恋人の『ふり』だが、いつかは本物の関係になりたい。
誰に憚ることなく、いつでも甘い言葉を囁きたい。
抱きしめたい、口付けをしたい……
私の欲望は、際限なく膨らんでいく。
◇
「『嫁ぐ・嫁がない』ではなく、平民出身の私では貴族の奥様は務まらないよ。エリーナ様やマリア様みたいに、旦那様を支えながら家も切り盛りしていくなんて……到底無理だと思う」
ミサ様から発せられた言葉に、私は冷や水を浴びせられた気分になった。
舞踏会でミサ様から婚約の言質を取り、ここ最近かなり浮かれていたのは事実だ。
これまで、結婚という目標に向かって突き進んできた。
ミサ様を幸せにしたい……そう思っていたのに、自分の気持ちばかりで肝心のミサ様の気持ちを慮っていないことに気づいた。
(私と結婚して、ミサ様は幸せになれるのか?)
貴族の奥方は、大変な仕事だ。
母を見ていればわかるが、主に代わり女主人として家を取り仕切っていかなければならない。
貴族の息女であればそういう教育も受けるが、ミサ様は平民だ。
自由にのびのびと生きてこられたミサ様に窮屈な貴族の生活を強いるのは、酷なことではないのか?
愛する人の幸せを願うのであれば、貴族の私は潔く身を引くべきなのでは?
答えをすぐに出すことはできなかった。
◇
街の中心部にある公園広場へとやってきた。
ここは広場の中央に噴水があり、人々の憩いの場所となっているのだ。
今日は休日ということもあり、たくさんの屋台が立ち並んでいる。
時間は、もうすぐお昼になるところだ。
気落ちして元気のない私を、ミサ様は木陰のベンチに座らせた。
「何か食べながら、少し休憩しましょう。ランドは連日の任務で疲れているのに、私の我が儘に付き合ってくれてありがとう」
こんな自分勝手な私に、ミサ様はいつも優しい言葉をかけてくださる。
それが嬉しくて、申し訳なくて、自分自身が嫌になってくる。
ベンチに腰掛けたまま辺りをボーっと眺めていると、周囲の人たちが思い思いに休日を楽しんでいる姿が目に入る。
家に縛られることも身分も関係なく、何の柵もなく生きている人がこの中にどれくらいいるのだろう。
(私が平民だったら、思い悩むこともなくミサ様へ素直に気持ちを伝えることができたのだろうか?)
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、私はすぐに頭を振ってその考えを打ち消す。
孤児院で寂し気に笑ったマークの顔が思い浮かんだのだ。
平民の身分では、どう足搔いても『聖女』となられたミサ様とは結婚ができない。
私が不毛なことをあれこれ考えている間に、ミサ様がお一人で屋台へ買い物に行かれていた。
それに気づき、慌てて姿を探す。主から目を離すなんて、護衛騎士にあるまじき失態だ。
探し回ってようやくミサ様を見つけ出したとき、やはりというか、男たちに絡まれていた。
◇
「なあ……名前だけでも教えてくれよ」
「俺たちと遊びに行こうぜ!」
「…………」
ミサ様は行列に並ばれているのだが、すぐ後ろの二人組から執拗に声をかけられていた。
「あんたの髪色も瞳の色もこの王都じゃ滅多に見かけねえから、異国の人なんだろう?」
「もしかして……言葉が通じてないのか?」
「…………」
まったく反応をしないミサ様に、二人組の顔色が変わっていく。
駆け寄ってきた私に気づいたミサ様は、小さい手の動作で私を制止し首を振る。
それを『手を出すな』の意味と捉えた私は、少し離れた場所から見守ることにした。
ミサ様は私にニコッと微笑むと、二人組に向き直った。
「『私には連れがいますので、あなたたちと遊びに行くことはできません』」
「……ん? 何だって?」
「どこの国の言葉だ?」
ミサ様は、私にもわからない言葉を話された。
困惑している二人組に、ミサ様はさらに話しかける。
「『これは、日本という国の言葉ですよ!』」
ハラハラしながら成り行きを見つめる私の心配をよそに、立場が逆転したミサ様は次々と話しかけている。
それが実に嬉しそうで楽しそうで、金色の瞳が輝いているのが見てとれた。
そうこうするうちに順番が来て、お目当ての買い物を終えたミサ様はご満悦で私の方へ歩いてくる。
あの二人組は毒気を抜かれたのかいつの間にか静かになっており、後は追ってこなかった。
◇
先ほどのベンチに戻ると、買ってきた物を手渡された。
それは正方形の箱で、蓋を開けると中は細かい仕切りがされており、一つ一つに料理が詰められた物だった。
肉や魚料理・サラダの他に、私の見慣れない料理が幾つか目に留まる。
それらは彩り豊かで、見ているだけで食欲をそそられた。
「これは、『松花堂弁当』……のような物だよ。ランドも食べてみて!」
名前は聞き取れなかったが、東方にある国の料理らしい。
最近王都に入ってきたようで、物珍しさから人気があるのだとか。
付属されている二本の棒で器用に食事を始めたミサ様を真似て、私も料理を摘まもうとしたが上手くいかない。
「ふふふ……これは慣れていないと、使うのは難しいよ。だから、ランドはこれを使って」
こんな時のためにとメリルが用意していた普段使い慣れているフォークを渡されたが、どこか子供扱いをされたようで素直に受け取れない。
意地になって二本の棒を使い続ける私にミサ様は苦笑しつつも、丁寧に棒の持ち方と使い方を教えてくださった。
何とか料理を口へ運べるくらいまでにはなった私を、ミサ様は目を細めて嬉しそうに見ている。
「はい、大変良くできました!」
残さず綺麗に完食した私に、ミサ様は声を掛けてくださった。
何でも器用にできるね!と褒めてくださる言葉が、胸に刺さる。
「ミーサはいつも褒めてくれるし…先日も…私(が護衛騎士)で良かったと言ってくれたけど…私は隣にいて…本当に役に立っているのかな?」
ミサ様を娶るという野望を抱き護衛騎士となったが、自分勝手に嫉妬したり浮かれたり落ち込んだり、先ほどは主から目を離すという失態まで犯してしまった。
こんな私に、護衛騎士の資格はあるのだろうか。
私の話を黙って聞いていたミサ様は、立ち上がると私の前に立った。
「ランドは(護衛騎士として)本当に頑張っているよ! だから、もっと自信をもって!!」
そっと伸ばされた手が私の頭に置かれ、優しく撫でられた。
掛けられた言葉が嬉しくて、じんわりと心に沁みてくる。
しばらくされるがまま、頭を撫でてもらっていた。
孤児院で勉強を頑張ったり率先して手伝いをした子を褒める時、ミサ様は同じことをされている。
ミサ様曰く「子供は、褒めて伸ばす!」のだそうだ。
実際、褒められた子は皆とても嬉しそうに瞳をキラキラと輝かせていて、それはミサ様も同様で、私はいつも微笑ましく眺めている。
「そうだ! 良い子には……『ギュッと』してあげようか?」
「……えっ?」
驚いて顔を上げると、何かを企んでいらっしゃるようなお顔のミサ様が見えた。
すぐに冗談だとわかったが、私は気づかないふりをする。
「じゃあ、子供たちにするように、ミーサ……私をしっかり抱きしめてね」
「えっ、え~!!」
「どうしたの? さあ、早く」
腕を広げる私を、ミサ様はジトッと見つめる。
「ここは、ランドが顔を赤くして『しなくて、いいよ!』って拒否するところだよね。これじゃあ仕返しの意味が……」という呟きが聞こえたが、それも綺麗に聞き流す。
ミサ様と触れ合える貴重な機会を、私が逃すはずがないのだ。
かくして、以前私が夢にまで見た光景が現実となった。
ミサ様の体温、鼓動、息遣い、髪の香り……
私も背中にそっと腕を回し、夢を再現したのは言うまでもない。




