王都デート(前編)
今日は、待ちに待っていた日。
以前からオーランドさんへお願いをしていた、王都の街歩きへ出かける日なのだ。
全ての日程を無事に終え明日アルト村へ帰るので、皆へお土産を買いたい。美味しいものを食べたい。
やりたいことがたくさんありすぎて、本当に困ってしまう。
昨夜は遠足前日の小学生のように興奮し、あまりよく眠れなかった。
◇
私が聖女だとバレないように、目立たず街に溶け込めるように、平民出身の私だけでなくオーランドさんも平民の服を着ることになった。
さらに、先日キーファー様から教えてもらった幻影魔法で、髪と瞳の色を変えるという念の入れよう。
私は前世で馴染みのある色……黒髪と黒い瞳にしてみた。
色をちょこっと変えるだけで、見慣れた顔がこんなにも雰囲気が変わるから驚きだ。
これなら、たとえ知り合いに会ったとしても、誰も私だと気付かないだろう。
オーランドさんの色も、本人の希望で変えた。
ダークブラウンの髪にペリドットのような薄緑色の瞳。
こちらも雰囲気はいつもと全く違うが、やはりイケメンは、何をしてもイケメンだった。
◇
公爵家の家紋のない馬車で、街まで送ってもらう。
「さて、ミサ様……行きたい場所、食べたい物、何か希望はございますか?」
移動中の馬車の中で、オーランドさんが尋ねてきた。
ガイドブックなどが無い世界なので、オーランドさんの王立学園在学中と第二騎士団所属時に培った知識と記憶だけが頼りなのだ。
「行きたい場所・食べたい物を決める前に……まずは、今日の設定を考えましょう」
「設定……ですか?」
首をかしげているオーランドさんへ、私は持論をまくし立てる。
「せっかく変装をしても、その話し方では身分がわかってしまい意味がないです!」
「たしかに、仰る通りです」
「だから、今日は二人とも敬語は無しにします!」
「……はい、ミサ様の仰せとあらば、それに従います」
「名前も偽名にしましょう! 私のことは……『ミーサ』と呼んでください」
「ミーサ様、ですか?」
「様付けは無しです。オーランドさんは、う~ん……『ランド』にしましょう!」
「ランド……ですか」
オーランドさんは微妙な表情を浮かべたが、私にネーミングセンスを求められても困る。
ここは捻らず、シンプルが一番だ。
「一番大事な二人の関係ですが、『姉弟』というのはどうでしょう? 私が姉で、オーランドさんは弟です」
「……おそれながら、私とミサ様の髪や瞳の色が全く違いますので、姉弟という設定は難しいのではないかと」
私の提案にずっと首肯していたオーランドさんが、初めて異議を唱えた。
私が一つ年上だから姉弟設定が一番しっくりくると思っていたが、言われてみればたしかにその通りかもしれない。
「それに、今日は市井へ参りますので、ミサ様の警護は厳重にしたいです。ですので……恋人同士はいかがでしょう? これなら、私がミサ様のお側にいてもおかしくありません」
護衛騎士のオーランドさんは、常に私の傍にいる。
姉弟設定だと、傍から見れば極度のブラコン・シスコンと思われる可能性が高い。
それと、今日の私は結界魔法をかけない。というか、かけられないのだ。
先日の舞踏会のときもそうだが、人混みへ行くのに少し接触しただけの人を一々バチンと弾いていては悪目立ちしすぎる。
(私に対し、悪意や害意を持っている人だけを弾くことができれば良いんだけどな……)
「わかりました。では、その設定でいきましょう」
話が纏まったところで馬車を降りた。
行き先・目的などは、街の中心を目指しつつ追々考えることにした。
(ウィンドーショッピングをするのもいいかも……)
ワクワクしながら歩き出した私の手を、オーランドさんが横からそっと握りしめてきた。
「!?」
不意打ちに、トクンと心臓が踊る。
「ミーサ、私たちは恋人同士……だよね? だから、手を繋いでいてもおかしくないよね?」
「で、でも手を繋いだら、任務に支障があるってランドが……」
以前、孤児院の子供たちと村を散歩していたとき、オーランドさんと手を繋ぎたいと言った子がいた。
でも、「手を繋ぐと、いざという時にミサ様をお守りできないんだ。だから、ごめんね……」と、オーランドさんはきちんと理由を述べ、やんわり断ったことがあったのだ。
「ミーサとなら、大丈夫」
指先だけを握られていた手が、さらに指と指を絡めてしっかりと繋がれてしまった。
これまで、オーランドさんには何度か手を握られたことはあるが、このように手を繋ぐのは初めてだ。
見た目は細身なのに彼の手は大きく、意外とゴツゴツしていることに今さらながら驚く。
「ランドって年下で成人前だけど……もうちゃんとした『男の人』なんだね」
前世の感覚でいくと十六歳は高校生だから、私の中では『男の子』というイメージが強い。
それが今日、あっさりと払拭されてしまった。
私の発言にオーランドさんが一瞬目を丸くしたあと、フフッと嬉しそうに微笑んだ。
「そうだよ。だから、ミーサにこんなこともできる」
そう言うと、繋いでいる手をグッと引き私を抱きよせたオーランドさんは、これ見よがしに頭へキスの雨を降らせた。
「ひ、人前で何をしているの!」
「恋人同士だから、問題はないよ」
私が怖い顔で睨みつけても、にっこり笑ってどこ吹く風だ。
今日のオーランドさんは、いつもの何割増しですか?と問いたくなるくらいのキラキラ増し増しオーラが全開。
それにプラスして、蕩けるような甘いお顔をしていらっしゃる。
多少はイケメン耐性がついてきたかなと思っていた私に対し、なかなかの攻撃力をお持ちだ。
最近、手にキスをしてきたり、握りしめてきたり、耳元で囁いたり、唐突に求婚の練習をしてきたりと、オーランドさんは私の反応を見て楽しんでいる節がある。
その度に、ちょっとドキドキしてしまう自分が情けない。
やられっぱなしは悔しいので、これは是非とも、あとで仕返しをしたいと思う。
◇
気になるお店を覗きながら街を散策していると、すれ違う人たちがわざわざ後ろを振り返り私たちを見ていることに気づいた。
特に若い女性は、オーランドさんをうっとりするような目で見つめている。
(イケメンは、どこに行っても注目されて大変だね……)
隣を歩いているオーランドさんへ同情のまなざしを向けると、こちらを見ていた彼と目が合った。
「どうしたの?」
「……ミーサがあまりにも可愛いから、つい見惚れていただけ」
「な、何を……」
「そうやって照れた顔も、ホント可愛いな」
「…………」
スゥーーハァーー
大きく深呼吸をして体中に新鮮な空気を取り入れないと、呼吸が止まって窒息死してしまう。
今日は攻撃力だけでなく、破壊力も凄まじいキラキラ王子様だ。
「……そういう言葉は、私ではなく婚約者候補の方々に言ってあげてね! そうしたら、先日の求婚の言葉と合わせて一発で婚約が調うと思うよ」
「ミーサも、その内の一人だよ」
「私は(仮)婚約者候補。ランドに本命が現れるまでの、本当に結婚したいと思える女性が見つかるまでのね。だから、ランドは頑張って早くお相手を探してね!」
「ミーサは……貴族には嫁ぎたくない?」
「『嫁ぐ・嫁がない』ではなく、平民出身の私では貴族の奥様は務まらないよ。エリーナ様やマリア様みたいに、旦那様を支えながら家も切り盛りしていくなんて……到底無理だと思う」
「…………」
このままずっと治療院で治癒士をやりながら、マーサ先生のように孤児院の子供たちの成長を見守っていく生活が私には合っている。
(サラちゃんと二人、治療院のお局様みたいになったら、皆に煙たがられるかな?)
自分なりの将来設計を思い描いた私は、ふふっと笑った。




