食事会
二人が到着したとの知らせを聞き、私は出迎えるために早足で歩く。
後ろからメリルさんの「ミサ様……」というお咎めっぽい言葉が聞こえるが、今は許してほしい。
広い屋敷内を移動してようやくたどり着いたとき、二人はシュバルツ公爵家の方々と挨拶をしていたので、私は後ろに控えておとなしく待っていた。
挨拶を終えたあと、落ち着きのある深緑色の瞳が私に気づき、彼の目尻が下がった。
「ミサさん、久しぶりだね」
「お久しぶりです……ルイスさん」
私は、二代目護衛騎士のルイスさんと数年ぶりに再会した。
◇
今日は人目を気にせず話ができるようにと、給仕は付けず、料理はデザート以外全てテーブルに並べてもらった。
乾杯をしたあとは、各々自由に食事を始めた。
「いや~さっきは、めちゃくちゃ緊張したな」
ワインのグラスを手に持ったロイさんが、少し首元を緩めた。
先日の舞踏会のタキシードほどではないが、彼は今日もきっちりとした正装を身に纏っている。
「そうですね、まさかシュバルツ公爵様直々に出迎えていただけるなんて、思ってもいませんでしたから……」
「お二人には、これまでミサ様を大事に守っていただいたのですから、父が礼を尽くすようにと申しておりました」
オーランドさんの説明に、ロイさんとルイスさんが顔を見合わせた。
「ミサさんは本当に大切にされているんだね……良かった」
「おまえ、公爵家に感謝しろよ!」
「そんなこと、わかってますよ! 本当に有難いことだと思っているんですから」
「ははは……聖女様になっても、ミサさんは変わらないね。安心したよ」
私より七歳年上のルイスさんは、ロイさんとは真逆の控えめな人。
真面目で穏やかな性格はオーランドさんと同じだが、伯爵家に婿入りして、子供が生まれて、さらに落ち着きが増したような気がする。
本当は王都にいる間に奥様とお子さんにも会いたかったが、今回は断念するしかなくとても残念だ。
スープを一口飲んだ私は、はあ……とため息を吐いた。
「『聖女』になっても、私は何も変わらないんです。でも、周りは変わってしまって……」
「……何かあったのか?」
眉間に皺を寄せたロイさんと心配そうな表情を見せたルイスさんに、私は王都の孤児院での出来事を話した。
二人に、マークから距離を置かれて悲しかったと話をしたら、ルイスさんが少し逡巡したあと口を開いた。
「……マーク君はね、ミサさんと結婚するつもりだったんだよ」
「えっ!? マークが私と?」
「やっぱり、ミサは気づいていなかったか…マークは昔からおまえに惚れていたんだよ。村の孤児院での手伝いを経て、王都の孤児院で修業をして、いずれマーサ先生のあとを継ぐつもりだったと思うぞ。でも、おまえが聖女になっちまったからな…」
ロイさんから呆れたように言われたけど、マークがそんな風に思っていてくれたなんて全然知らなかった。
あの時は、ただただ距離を置かれてしまったことが悲しくて、マークがどうしてあんなことを言ったのか考えもしなかった。
「おまえは昔も今も、人の好意に気づかない鈍感娘だからな……」
「『今も』って、ロイさんもしかして……」
「あ~ルイス、皆まで言うな。これからどうするかは、二人の問題だ。俺たちの関知することではないぞ」
「……そうですね」
私とオーランドさんを見ながら、二人だけで頷いている。
「二人だけわかり合っていて、ずるいです! 私やオーランドさんも仲間に入れてくださいよ!!」
「ミサ、残念だがオーランドはこちら側の人間だ。理解していないのは、おまえ一人だけだ」
ロイさんとルイスさんの間では会話が成立しているようだが、私には何のことかさっぱりわからない。
それに、二人の話を聞いていたオーランドさんが『鈍感娘』の件で大きく頷いていたのも気になる。
(でも、尋ねたところで教えてくれないんだよね……)
拗ねて唇を尖らせている私を、ロイさんは面白そうに、ルイスさんは労るように、オーランドさんは苦笑しながら見つめていた。
◇
「わはは! まさか、神殿にも『聖女信奉会』ができるとは……」
食事が終わり、デザートを運んでもらった。
カットフルーツを食べていた私は手を止め、お腹を抱えて笑っているロイさんへ冷たい視線を送る。
その隣では、伯爵家を継ぐためすでに騎士団を退団しているルイスさんへ、オーランドさんが『聖女信奉会』の説明をしていた。
「僕の知らないところで、いろいろ変わってきているんだね」
コーヒーを飲んでいるルイスさんが、驚きの声を上げる。
ルイスさんの頃にはまだ不人気職だった護衛騎士の仕事が、いまや人気職だなんて想像もできず信じられないだろう。
私も、いまだに信じられないが。
「ミサ様のお力を間近で見た者なら、そうなるのは当然のことです」
自身も会員であるオーランドさんは、なぜか得意げだ。
「これは騎士団と神殿で、聖女を巡って争いが起きるかもな」
「もう、ロイさんは他人事だと思って!」
まだ笑いが止まらないロイさんへ、私は厳めしい顔で睨む。
騎士団のときも大変だったが、神殿は神殿で大変だったのだ。
◇
孤児院からの帰り、キーファー様からお茶会のお誘いを受けていたので今回は軽い気持ちで神殿を訪れたのだが、とんでもないことになっていた。
前回はグレド神官長だけだったのが、今回は神官たちがずらりと勢ぞろいして恭しく出迎えてくださったのだ。
変わったのは、それだけではなかった。
キーファー様の話によると、私の訪問以降若手を中心に意識改革があったようで、皆が意欲的に研鑽を積み始めたとのこと。
それに伴い、治癒魔法を無理のない範囲で積極的に行使し魔力を増やす者、私を見習って平民の治療を進んで行う者が増え、現在は平民も午前中から治療する体制に変わったそうだ。
たった数日の間に起こった神殿の劇的な変革に私も驚きを隠せなかったが、それで困っている人が少しでも助かるのなら嬉しいことだ。
ただ、個人的な意見を言えば『聖女信奉会』は……まったく必要ないと思う。
「ベルーゼ神殿長は、その……どう思われているのでしょうか?」
紅茶のカップを一度ソーサーへ戻し、キーファー様へ恐る恐る尋ねてみる。
今、ベルーゼ様は外出中とのことで、部屋にはキーファー様と私たちの三人しかいない。
キーファー様の希望で、今日はオーランドさんも私の隣に座って一緒にお茶を飲んでいた。
(あまり私に対して良い感情をお持ちではなかったから、今回のことも好意的に捉えられているとは思えないけど……)
「ああ……それなら、大丈夫。私が陛下へ根回ししておいたからね」
キーファー様がさらっと、とんでもないことを仰った気がするが、ここは敢えてスルースキルを発動しておく。
『見ざる・聞かざる・言わざる』……頭の中に三匹のお猿さんが思い浮かんだ。
「私は出席していないが、ベルーゼ殿は舞踏会のときに陛下からお褒めの言葉を頂いたようで、最近ずっと機嫌が良いんだよ」
「そうでしたか……」
(それにしても、キーファー様って国王陛下とかなり懇意にされ……)
ダメダメ! 余計なことは考えないし、首をつっこまない!!
頭を振って雑念を追い出していると、キーファー様がフフッと笑った。
「そういえば、舞踏会ではミサは大層注目されて、大変だったみたいだね……オーランド殿?」
急に話を振られたオーランドさんは目を瞬かせたが、すぐに姿勢を正した。
「はい。ミサ様とお近づきになりたい者が多数おりまして、対応に苦慮しました」
避難していた庭園から舞踏会会場に戻ると、待ち構えていたように人が殺到してきたのだ。
当然ルイスさんを探して話をすることも叶わず、帰りの馬車の中で涙目になった私の様子にオーランドさんが手配をしてくれ、安全面の観点から公爵家で食事会を開くこととなった。
「君と公爵家が随分と骨を折ってくださったようで、私のほうからも礼を申し上げる。ミサを守ってくれて、どうもありがとう」
「いえ、これは護衛騎士の務めでございますので……礼には及びません」
キーファー様から頭を下げられたオーランドさんは、大変恐縮したようだった。
「それでね、正式に『聖女』となったミサに私からも贈り物をしようと思って」
「贈り物ですか?」
「うん、今の君には必要な物だからね」
そう言うと、キーファー様はにこりと微笑んだ。
◇
「なに! 大神官様から『幻影魔法』を教えてもらっただと? おまえ、どんだけ気にいられてるんだ……」
「あれは、魔力量が多くないと行使できないんですよね。やっぱりミサさんはすごいなあ」
ロイさんとルイスさんは驚いているし、オーランドさんも実際にキーファー様の『幻影魔法』を見たときはびっくりして固まっていた。
(私は、魔法で髪と瞳の色が変えられるなんて、さすがファンタジーの世界だ!って思っただけだったけど……)
「『幻影魔法』にもいろいろ種類があって、噂では、完全に別人に見せる術もあるらしいぞ」
「それは、一体どれほどの魔力を使うのでしょうね……」
二人が興味深げにあれこれ話をしているが、横にいるオーランドさんの顔色は冴えない。
何か思い詰めているようで、非常に気になった。
「オーランドさん、どうしたんですか?」
「……オーランドは、おまえの身を案じているんだよ。先日の、ラムザートのこともあるしな」
問いかけたオーランドさんではなく、代わりにロイさんが応えてくれた。
オーランドさんがロイさんの言葉を首肯し、口を開いた。
「キーファー様の思惑はわかりませんが、彼がミサ様に教えたということは、これで身を守れというメッセージなのではないかと……」
「そうだな……俺もそう思う。ミサは正式に聖女と認定されお披露目もされたから、他の貴族から狙われる危険度は上がった。だが……オーランド、おまえと公爵家だけで抱え込むなよ。何かあれば俺たちも頼ってくれ。ルイスにはラムザートの件は話してあるし、今日はいないが、エラルドだって護衛騎士だったんだ。おまえたちの力になれる。それを忘れないでくれ」
「ありがとうございます。大変心強いです」
その後食事会はお開きとなり、私は二人と再会の約束を、オーランドさんは固く握手を交わして別れた。
このときの私たちは、まだ何も気づいてはいなかった。
もうすでに計画は練られていて、あとは獲物が罠にかかるのを待つだけだったことを……




