見えない距離
「ララランララ♪ ララランララ♪ ララララララ♪」
今日の私は、つい鼻歌が出てしまうくらい朝から気分が高揚していた。
本当は歌詞を付けて熱唱したいくらいなのだが、前世で流行った歌なので軽々しく口にはできない。
仕方なく手拍子を付けて歌っていると、コホン……と小さい咳払いが後ろから聞こえた。
「ミサ様……お楽しみのところ大変恐縮ですが、少しお声が大きいかと」
「あっ、ごめんなさい」
部屋にメリルさんがいるのをすっかり忘れていた私は、やんわりと注意を受け静かになる。
メリルさんは完璧な侍女だ。
王都へ来たばかりのときは、四六時中部屋に他人がいたら気詰まりになるんだろうなと思っていたが、彼女は自分の気配を完全に消し去り、必要な時だけ表に出てきてくれる。
だから、ついつい彼女の存在を忘れてしまい、私は女性としてのダメっぷりをさらけ出してしまう。
大きな声で笑ったり、今のように歌ったり、ぐたっとソファーに寝そべったり……その度に注意してくれるのだが、最近気になる事がある。
「ミサ様が平民出身であることは重々承知しておりますが、将来的に家を取り仕切る女主人となられるのですから、今の内から少しずつ心構えを……」
注意を受けたあとは、必ずこの言葉で締めくくられるのだ。
(『家を取り仕切る女主人』って、どういう意味なんだろう?)
一度メリルさんに尋ねたら、「わたくしは命を受けただけですので……」と言葉を濁されてしまう。
これ以上は追及しない方が良いと空気を読んだ私は、深く考えることを放棄したのだった。
◇
今日の午前中の予定は、王都の孤児院への慰問だ。
ここに会いたかった人がいるので、前々から今日の日を楽しみにしていた。
市街地の中にある孤児院は村よりも規模が大きく立派なのだが、それだけ孤児が多いということでもある。
こちらの孤児院院長は、セブ先生というかなりお年を召した男性だ。
なんでもマーサ先生とは古くからの知り合いで、私も話だけはよく聞いていたので初めて会った気がしない。
セブ先生に案内され今は勉強中だという部屋を廊下からこっそり覗くと、若い男女二人の先生が三十人くらいの子供たちに教えていた。
ここの子供たちも、村の子たちに負けず劣らず皆一生懸命に勉強をしている。
手元を見ると一人に一冊ずつ教本があるので、嬉しくなった。
「あちらの孤児院からいろいろと送ってくださるので、大変助かってますよ」
セブ先生が、細目をさらに細めて喜んでいる。
村の孤児院に余裕が出てきた数年前から、必要な物資をこちらにも送るようにしていた。
最近は王都からの患者も多いので、特に治療費が食料品の場合は、こちらの孤児院へ回してもらうように手配しているのだ。
(村まで距離があるから腐るともったいないし、『地産地消』って言うもんね……)
勉強の時間が終わったのか、子供たちが廊下に出てきた。
私とオーランドさんを見て不思議そうな顔をしている。
「セブ先生、この人たちはだれ?」
「聖女様と、その護衛騎士様だよ。さあ、皆でご挨拶してごらん」
「「「「「せいじょさま、きしさま、おはようございます!」」」」」
「おはようございます。私はミサと言いますので、『聖女』ではなく『ミサ』と呼んでね」
「「「「「は~い!」」」」」
子供たち一人一人の頭を撫でていると、先ほどの若い男の先生がやってきた。
私の顔を見るなり、かなりの勢いで突進してくる彼に慌てて結界魔法を解除していると、私の前にオーランドさんが立ちふさがった。
目の前で壁となっているオーランドさんに、彼は怪訝そうな顔を向ける。
「おい……ミサ、こいつは誰だよ?」
「こちらは、私の護衛騎士であるオーランドさんです。それよりも……マーク先生、子供たちの前でその言葉遣いは、あまりよろしくないと思いますよ」
私が澄まし顔で言うと、彼はしまった……とバツが悪そうに頭を掻いた。
子供たちからも「マーク先生がおこられた!」とからかわれている彼は、きっと良い先生なんだろう。
オーランドさんに断りを入れ、私は前に出た。
「マーク、久しぶり! 元気だった?」
「ああ、ホント久しぶりだな。おまえも元気そうで何よりだよ……」
マークは私をギュッと抱きしめる。
すっかり体格の良くなった彼に抱きすくめられている私は、クマに捕獲されたサケのようだ。
六歳のときに孤児院へ預けられた私の面倒をよく見てくれたのは、当時孤児院で最年長だった5歳年上のマークだ。
数年前、孤児院を巣立ったときは小柄だった彼が、いつの間にか立派な偉丈夫になっているとは思いもしなかった。
「ミサは元々可愛かったけど、さらに綺麗になったな? すごく良い匂いもするし……」
スンスンと私の髪の匂いを嗅ぎだしたマークを見て、オーランドさんが間に割って入り私を引き剝がす。
「ミサ様……これ以上は、護衛騎士として看過できません。あと、直ちに結界魔法を掛け直してください」
「……はい」
オーランドさんがピリピリしているし、ここは村の孤児院と違い全体の結界はないので、おとなしく言うことを聞く。
不満そうなマークを宥め、子供たち全員を集めてもらうようお願いした。
ここへ来た目的は、全部で三つある。
病人・ケガ人の治療、持参した本の読み聞かせ、お菓子を配る事だ。
まずは具合の悪い子がいないか聞いてみると、幸い病気の子はいなかったが、ケガをしている子は何人かいた。
転んだり子供同士のケンカでできた傷がほとんどのようで、村の治療院と同じ消毒薬で対処しているとのことだった。
でも、今日は私がいてすぐに治療できるので、パパッと治癒魔法を掛けて治しておいた。
(消毒薬の節約にもなるし……)
治癒魔法を初めて見たのか、一瞬で傷が消えてなくなったことに驚いた子供たちが興奮してしまい収拾がつかなくなった。
でも、こんな時はアレを出せばいいのだ。
「今日は皆におやつを持ってきました。今から配るけど、お行儀よく並べるかな?」
先日頂いた褒賞金の一部で買った材料を使い、シュバルツ家の厨房を借りてお菓子を作ってみた。
人数分のお菓子を買うとかなりの金額になるが、自分たちで作れば費用は半分で量は倍できる。
さすがにケーキは無理なので、素人の私にでも簡単にできるクッキーにしたのだ。
私が一人で奮闘しているのを見かねたオーランドさんが指示を出し、シュバルツ家お菓子専属料理人の方が手伝ってくれた。
クッキーはプレーンとあのブルーベリージャムを混ぜ込んだ二種類が出来上がり、おかげさまで味も見た目も申し分ないクッキーを子供たちへ配ることができたのだ。
部屋の隅に置いてある椅子に座り、クッキーを食べ終わった子供たちが女の先生が読み聞かせしてくれる本に目を輝かせている様子を眺めていたら、隣の椅子にマークが座った。
「なんか……ミサが、遠い人になっちゃったな」
「えっ、どういうこと?」
「上手く言えないけど……おまえは、俺の手の届かない人になったのさ」
「いつまでも『私』は『私』だよ。何も変わらないのに……」
「そう思っているのは、ミサ…おまえだけだよ」
私の頭をポンと撫でると、マークは寂し気に笑った。
幼い頃から私にとって兄も同然だったマークから距離を置かれたような気がして、ひどく悲しい気持ちになる。
そんな私たちのやり取りを、オーランドさんが黙って見つめていた。




