舞踏会3
国王陛下ら王族の方々が、会場に御出座しになった。
冒頭、国王陛下直々に貴族の方々へご紹介いただき、非常に緊張した。
二度目とはいえ、何度経験しても場慣れすることはないだろう。
次に、王妃殿下と王子殿下・王女殿下へ挨拶をした。
王妃殿下はさすが女性貴族の頂点に立たれる御方、一分の隙もない完璧な淑女だった。
王太子殿下は色の濃い金髪に碧眼で、予想通りやはり美形だ。
シュバルツ家といいドイル家といい、王家の男系血族の方々は皆、碧眼を受け継がれるのだろうか。
第一王女殿下はもうすでに隣国へ嫁がれているとのこと。
第二王女殿下はオーランドさんの兄ガーランド様の婚約者で、王妃陛下に似てとても綺麗な方だった。
ガーランド様とお似合いの美男美女カップルだなと思っていたら、「いずれ、あなたとは義理の姉妹になるのね……」と言われてしまった。どうやら、先ほどのマリア様に続き婚約者だと思われてしまったようだ。
慌てて誤解を解こうとした私をオーランドさんが制止したけど、このままでいいのだろうか。
末っ子の第二王子殿下は、お人形のようなクリッとした瞳に白い肌のとても可愛らしい男の子で、現在は王立学園在学中とのこと。
「本日のお召し物、聖女様にとても良くお似合いです」と、顔を少し赤らめながら褒めてくださったのが、とても微笑ましかった。
◇
王族への挨拶が終わると、いよいよ舞踏会の始まりだ。
舞踏会のマナーで、私も最低一回は踊らないといけないらしい。
ダンスのパートナーは、もちろんオーランドさんだ。
この日のために、どれだけ詰め込み教育をされたか……思い出すだけでげんなりした私は、遠い目をした。
◇
「はい……一、二、三、一、二、三、そこで、ターン。お二人ともお上手ですよ」
ダンス講師は年配の男性だった。
ダメなところは優しく指摘してくれ上手にできた時には褒めてくれる、生徒を褒めて伸ばす良い先生だ。
「ミサ様、膝を伸ばし過ぎてはだめですよ。しっかりと息継ぎをしましょう。足から動くと……ほら、そのようにのけぞってしまいますよ」
私が習っているのは『ワルツ』というもの。
これが初心者向けだと聞いていたけれど、前世でも盆踊りしか経験のない私には十分ハードルが高い。
「ミサ様、私が支えますので安心して身を委ねてください」
練習パートナーも務めてくれるオーランドさんは慣れたものだ。
多少ブランクはあったようだがそれを全く感じさせない安定したフォームで、私が体勢を崩してもすぐに立て直してくれる。
(ダンスも貴族の嗜みの一つだもんね。私は平民に生まれて良かった……)
王都に来てから毎日練習をし、ダンス講師と練習に付き合ってくれたオーランドさんのおかげで、一夜漬けならぬ数日漬けで何とか形になったのだった。
◇
始めに王族の方たちがダンスを披露するのが、王家主催の舞踏会でのしきたりのようだ。
国王陛下は王妃殿下と、王太子殿下は王太子妃殿下と、第二王女殿下は婚約者であるガーランド様と、第二王子殿下は同年代と思しき女の子と踊っている。
さすが皆さま、大変お上手だ。
周囲から漏れ聞こえる会話から、第二王子殿下のお相手が同じ王立学園に通うご学友で、今回のパートナーに選ばれたことで正式に殿下の婚約者に決まったのだとか。
(……ん?)
私の中で一つの疑問が持ち上がるが、周りに大勢の人がいるので、それを口にすることはできない。
王族のダンスが終わると、次は私たちの番だ。
他の貴族に交じって、私もオーランドさんのエスコートで前に進み出る。
考え事をしていたら曲が始まり、慌ててステップを踏む。
(余計な事は考えず、今はダンスに集中!)
教えてもらったことを頭の中で反芻しながら必死に踊っていると、オーランドさんがクスッと笑った。
「大丈夫ですよ。ミサ様は初めてとは思えないくらいお上手です」
「初心者の私がどうにか踊れているのは、オーランドさんのリードがあるからです。それがなければ到底無理でしたよ」
エリーナ様が仰っていた。「もし女性が上手く踊れないのであれば、それは男性側のリードが悪いから」だと。
つまり、私が失敗をすれば、それはオーランドさんに非があると思われてしまうのだ。
それだけは絶対に避けたい。
ターンのところで近くの人と接触しそうになったが、オーランドさんが力強く引き寄せてくれ事なきを得る。
しかし、彼との距離が近くなった。
私はすぐに離れようとしたが、オーランドさんはがっちりと腕を固定していて動けない。
「オーランドさん、もう少し離れないと踊りにくいです」
「それは残念です。私はもっとミサ様のお側に居たいのですが……」
顔を寄せ、耳元で囁くようにオーランドさんが話したせいで吐息が私の耳にかかり、心臓が飛び跳ねた。
顔を上げるとオーランドさんは満面の笑みで、実に楽しそうだ。
(この顔は、私をからかって楽しんでいるな……)
文句を言おうと口を開いたところで、曲が終わった。
二つ目の山場も無事に乗り越えぐったりしている私を、オーランドさんはすぐに庭園へ連れ出す。
かなりの早歩きで歩調を合わせるのが大変だし、たまに後ろを振り返って何かを確認しているので、それがとても気になってしまう。
周囲に人気のないベンチに腰掛けると、ようやく一息ついた。
足元の歩道に所々ランプが置かれているだけだが、空には月が出ていてとても明るい。
「急かしてしまい、申し訳ありません。少しこちらで熱りが冷めるまで休憩しましょう」
「何か、あったのですか?」
「ラムザートが近づいてきたので、逃げました。まあ、彼だけでなく他の人もですが……」
オーランドさんも私の隣に腰を下ろすと、疲れたようにため息を吐いた。
「近づいてくるって……まさか、魅了魔法ですか?」
「ははは……さすがに、こんな人目のある場所では大丈夫です。ただの、ダンスのお誘いですよ」
「えっ?」
「やはり、ミサ様はお気づきではなかったですか。私たちが踊っているとき、皆あなたを見ていましたよ……虎視眈々と」
「私は逃げても良かったのでしょうか? その……マナー的に」
「もし誰かの誘いを一つでも受けてしまうと、他が断りにくくなりますよ」
全員平等にダンスを断る分には角が立たないが、あの人は受けたのにこの人はダメだとなると、後々面倒なことになるのだとか。
「ラムザートだけはミサ様へ絶対に近づけたくありませんので、私の判断でこうなりました。ロイ副団長殿や護衛騎士だったルイス殿でしたら、既婚者ですし知り合いということでダンスを踊られても問題はないのですが……」
今日の舞踏会にはルイスさんも来ている。
彼が任期を終えてからは手紙のやり取りだけで一度も会っていないので、せめて顔くらいは見たい。
「会場に戻ったら、ルイス殿を探して挨拶をしましょう」というオーランドさんの提案に、私は大きく頷いたのだった。
◇
「そういえば……オーランドさんに聞きたいことがあったんです」
会場に戻るため庭園の歩道をゆっくりと歩いていた私は、隣でエスコートしてくれているオーランドさんへ顔を向けた。
「何でしょうか?」
「もしかして、舞踏会で最初にダンスを踊る相手は……特別な方なのではないですか?」
「ミサ様はよくご存知ですね。仰る通り、夫婦や婚約者・恋人など自分と親密な間柄である人と踊るのが一般的です。そういう相手がいない場合は、周囲の誤解を避けるため家族や親戚か、もしくは歳の離れた既婚者を相手に選びます」
「やっぱり! それなら、私はオーランドさんと踊ったらダメじゃないですか。さっきのマリア様みたいに、周囲に誤解されましたよ!!」
「私は、別に構いませんが?」
「……へっ?」
驚きのあまり、つい間抜けな声が出てしまった。
「誤解されたのであれば、それを事実にしてしまえば良いのです」
そう言うと、オーランドさんは私の前に跪く。
私を見上げる碧眼の瞳に月明かりが映り込み、とても綺麗だなと思った。
「初めてお会いした時から……ずっと、あなただけをお慕いしておりました」
ゆっくりと話し始めたオーランドさん。
その真剣なまなざしに、私は目を逸らすことができない。
「……笑った顔も怒った顔も泣き顔も全てが愛おしく、誰よりも一番近くで見守っていきたいのです。これから先の人生を、私はあなたの伴侶として共に歩んでいきたい」
そっと私の手を取ったオーランドさんは、大事そうに両手で優しく包み込む。
「あなたを心から愛しています。生涯をかけて全力でお守りします。ですから、ミサ様……私と結婚してください」
「…………」
「…………」
「……オーランドさん」
「はい」
「……たしかに本番の前に練習は必要ですが、突然だとびっくりしますので、そういう時は事前に仰ってくださいね」
「あの……ミサさま?」
「さっきの言葉は、私でもちょっとドキドキしましたよ。 すごいです! これなら、効果覿面です!! 絶対に結婚できます!!! あとは……早くお相手を探すだけですね!」
「…………」
やはり、キラキラ王子様はやればできる子だった。
本当に私へ求婚しているのかと錯覚するくらい、迫真の演技だったと思う。
これで出会いさえあれば、彼は婚期を逃すことはないだろう。
少し希望が見えた私がホッと安堵の息を吐いたその陰で、オーランドさんは盛大にため息を吐いていたのだった。




