舞踏会2
舞踏会の会場に到着した。
先日訪問した騎士団の建物より、さらに奥まった場所だというのはなんとなくわかるが、オーランドさんについてきただけなので、一人で帰れと言われたら確実に迷子になる自信がある。
豪華な衣装を身に纏った貴族の集団は、平民の私にとんでもない威圧感を放ってきた。
チラチラとこちらを見てくる遠慮のない視線。
男性は主に私を見ていて、女性、特に若い人は、オーランドさんをうっとりとした表情で見つめたあと、私の顔をじろじろと値踏みしてくる。
その目線は、皆一様に、顔→首元→頭の順番になっているのだ。
「ミサ様、周囲の人間は皆、村の畑に転がるカボチャやジャガイモだと思ってください」
オーランドさんが前を向いたまま、私にしか聞こえないくらいの声量で囁く。
彼の腕に添えている私の手に力が入って、緊張感が伝わったようだ。
落ち着かせるように、その手を優しくポンとされた。
「……野菜に例えるんですか?」
「はい。いちいち気にしていたら、キリがありませんから」
公爵家の子息ともなると、こういった場に数えきれないほど出席しているのだろう。
あの反省している時の子犬の雰囲気とは違い、今日は大型犬のような頼もしさを感じた。
◇
「国王陛下がいらっしゃるまでには、少し時間があります。その前に何か飲んでおきましょうか?」
そう言って、オーランドさんは近くを歩いていた給仕からグラスを二つ手に取った。
「ミサ様、どうぞ。アルコールは入っておりませんので」
グラスに口を近づけると、爽やかな香りが鼻に抜ける。
一口飲むと柑橘系にも似たさっぱりとした飲み心地に、一気に飲み干してしまった。
「初めて飲みましたが、とても美味しかったです」
「ミサ様のお口に合って、良かったです」
それから、会場の隅でオーランドさんと他愛ない話をしながら待っていたのだが、その間にも、若い女性が次々と彼へ話しかけてくる。
知り合いなのかと思い私が少し後ろへ下がろうとしたら、オーランドさんにグッと腕を掴まれた。
そのまま引き寄せられ、「動かないでください」と碧眼の双眸が無言の圧をかけてくる。
(ちょっと怒ってる……何で?)
理由がわからないまま私がコクリと頷くと、オーランドさんはようやく腕を離してくれた。
せめて会話の邪魔をしないように、おとなしく会場の置物と化する。
隣から様子を窺っていたが、オーランドさんのキラキラ笑顔は影を潜めなんとも素っ気ない態度。
こんな表情をすることもあるんだなあと思っているうちに、周りから人がいなくなっていた。
細心の注意を払い、周囲を確認しながら私は口を開く。
「……オーランドさん、私のことは空気だと思って、皆さんとお話してくださいね」
「いえ、結構です。私にはミサ様をお守りするという崇高な仕事がございますから」
「でも……貴族の方にとっては、大事な出会いの場でもあるんですよね?」
サラちゃんが言っていた。
両親や親戚が持ち込むお見合い話の他に、茶会やこういった舞踏会などで将来のパートナーを見つけるのだと。
「私の護衛騎士をしているせいでオーランドさんの婚期が遅れたら、ご両親に顔向けができないですし……」
「全く問題はありません。その時はミサ様に責任を取っていただきますし、むしろ、その方が好都合……」
(好都合って……)
オーランドさんはキラキラ笑顔なのに、その後ろで黒くうごめくものを感じてしまうのはなぜなのか。
「私はあと半年ほどで成人します。それまでに婚約者ができなければ……ミサ様、私の婚約者代わりになってください」
「…………」
オーランドさんを見ていたらわかる。
この人は、全然結婚する気がないのだ。
私を人除けにして、持ち込まれる見合い話をのらりくらりと躱すつもりなのだろう。
(さっき『好都合』と言っていたし、さすが腹黒騎士様……)
「……わかりました。何としても、それまでにお相手を探しましょう!」
前途ある若者の未来のために、私は全力を尽くしてお見合いオバ…お姉さんになろうと思う。
「相手を探すって……誰のだ?」
オーランドさんの結婚計画を頭の中で考えていたら、後ろから声をかけられた。
「あっ、ロイさん! 何ですか、その恰好……」
ププッと笑いだしそうになるのを、必死でこらえる。
今の私の顔は、とても人様にお見せできるものではないだろう。
(『馬子にも衣裳』とは、まさにこれのことかもしれない……)
ロイさんは、濃いグレー地に紫の差し色が入ったおしゃれなタキシードを着ていた。
ライトグレーの髪色とロイさんのちょい悪感も相まって(若干ホスト風に見えなくもないが)、彼のカッコ良さを引き出していた。
「何だ、その顔……まあ、おまえが言いたいことはわかるが」
少し照れくさそうにしているロイさんは、ふんわりとした雰囲気を纏った小柄の女性をエスコートしていた。
(もしかして、こちらの女性は……)
「ミサには初めて紹介するな。俺の妻、マリアだ」
「初めまして、聖女様。護衛騎士様。私はマリア・クロケッタと申します。お会いできて光栄です」
やはり、ロイさんの奥様だった。
紫の髪にライムグリーンの瞳が印象的なマリア様は、どことなくお父上の団長さんに似ているような気がする。
「初めまして、ミサと申します。ロイさんが、いつもお世話になっております」
「オーランド・シュバルツと申します」
「聖女様のお話は、かねがね主人から聞いております。失った腕を再生していただいたそうで、わたくしからも御礼を申し上げます」
マリア様は、貴族の奥様らしい優雅な佇まい。
衣装だけは貴族っぽい今日の私は、彼女の所作を少しは見習わなければいけないと思う。
「ミサ、この間騎士団でも『ロイさんがお世話になっております』って団長殿に挨拶しただろう? おまえが俺の保護者みたいだから、やめろ!」
「は~い」
私とロイさんのやり取りを、マリア様はクスクス笑いながら、オーランドさんは苦笑しながら眺めていた。
「そういえば、相手を探すとか言って騒いでいたが、何の話だ?」
「オーランドさんがあと半年以内に頑張ってお相手を見つけないと、私が婚約者になっちゃうんです。それを阻止するために相手を探そう!という話です」
「ああ、おまえが責任を取るって話だったな……」
思い出し笑いをしているロイさんへ、オーランドさんが経緯を説明している。
「ミサ様から言質を取りました!」と嬉しそうに報告をしているけど、そこは喜ぶところじゃないと思う。
「えっ、あの……お二人は、まだ婚約をされていらっしゃらないのですか?」
「えっ、どうしてそんなことを?」
マリア様の口から驚くべき発言が飛び出したが、その理由がわからず私はポカンとしてしまう。
「その…お二人が身に着けていらっしゃる物で、一目瞭然だと……」
「あ~マリア、ミサは俺と同じで平民出身だから、その辺りのことは……全く理解していない」
「そうでしたか……」
マリア様はチラッとオーランドさんへ視線を送ったあと、私を気遣うような表情を見せた。
「今日の衣装は、全て公爵家が用意してくれたんだろう? 二人によく似合っているよ。まあ、なんだ……オーランドは頑張れよ!」
ロイさんはマリア様を連れていってしまった。
最後にロイさんが何を言いたかったのか、私にはよくわからなかった。




