舞踏会1
途中で視点が変わります。
国王陛下との謁見から戻り、昼休憩を挟んで、今度は舞踏会の準備に取り掛かる。
メリルさんに案内され部屋に入った私は、予想よりも遥かに煌びやかなドレスに目を見張った。
紺色のドレスに軽さと華やかさを出すために金色のオーガンジーがふんだんに使用された紺と金のドレスは、ダンスでくるりと回転すればオーガンジーがふわりと揺れ、さぞかし綺麗なんだろうなと思う。
「あの、なぜ私にこんなにも良くしてくださるのですか?」
鏡に映った自分のようで自分ではない姿を目にし、ふと疑問が口をついて出た。
「ふふふ……私はね、昔ミサちゃんから返しきれないくらいの恩を頂いたの。それを今、少しずつ返しているところなのよ」
(『返しきれないくらいの恩』って、前にオーランドさんも言っていた『私が、大事な人の命を救った』って話のことなんだろうか?)
その内容を尋ねても、オーランドさんもエリーナ様も決して教えてはくれない。
二人して、ニコニコと微笑むだけなのだ。
エリーナ様は、私からドアへと視線を移した。
「さあ、ナイトが今か今かと待ち構えていると思うから、中に通すわね」
メリルさんに連れられて、オーランドさんが部屋に入ってきた。
いつもの騎士服ではなく、舞踏会用の豪華な衣装だ。
紺地に差し色で金の刺繡が入っている燕尾服は、王家主催の舞踏会のドレスコードに合わせたもの。
女性はドレスの形に特に決まりはないが、男性は燕尾服、もしくはタキシード着用と決められているそうだ。
ただし、指定されるのは形だけで色の決まりはないため、各々ここで個性を出すらしい。
オーランドさんの襟についている羽根を模した飾りと袖口のカフスボタンは、金の台にアクアマリンが嵌め込まれていて、とてもおしゃれだ。
衣装の良いアクセントになっており、オーランドさんの魅力を一層引き立てていた。
「!?」
オーランドさんは、私の姿を見つめたまま固まっていた。
「コホン……オーランド、ミサちゃんへ言うべき言葉があるでしょう?」
「あっ、ミサ様がとても良くお似合いで……お美しいです!」
「あ、ありがとうございます……」
普段の五割増しのキラキラ笑顔で褒められてしまうと、なんだかとっても恥ずかしい。
「オーランドさんも、とてもカッコいいですよ! その…騎士服に見慣れているので、別人みたいです」
全然褒め言葉になっていなかったが、オーランドさんは嬉しそうに微笑み返してくれた。
◆◆◆
母が何か企んでいるとは思っていたが、舞踏会用の衣装を見て私は愕然とした。
落ち着いた紺地にゴールドの刺繍が入っているのは、私の瞳と髪色に合わせたからだと思うが、羽根飾りとカフスボタンが何を示唆しているのか嫌でもすぐにわかった。
アクアマリンはミサ様の髪色だ。
ゴールドは私の髪色であり、ミサ様の瞳の色でもある。
貴族は婚約者や親しい間柄の人物へ贈り物をするとき、自分の瞳や髪色の物を贈り、受け取った相手はそれを身に着ける慣習がある。
これは、言わばこの人が私の特別な人であると、他人へ表明することに他ならない。
もし、ミサ様が私と同じような物を身に着けていれば、二人は婚約者も同然の間柄と見られてしまうだろう。
母からの許可が出たので部屋に入った。
私の衣装よりやや薄めの紺と金色のドレスを着たミサ様はとても美しく、いつも以上に光り輝いていらっしゃる。
すぐにでも褒め言葉を口にしたいがつい見惚れてしまい、何も言葉が出てこない。
母に促されどうにか言葉を伝えると、ミサ様は少し照れたようにはにかんで笑った。
ミサ様の首元には、ゴールドの台に大粒のサファイアが嵌め込まれたネックレスが輝いている。
どうやら髪飾りも同じデザインのようで、母が得意げに説明をしてくれた。
誰がどう見てもわかる、私の瞳と髪色を意識したドレスとアクセサリーを身に着けるミサ様を見ていると、本当に私の婚約者かと錯覚しそうになる。
満足げに頷いている母へ、
『謀りましたね?』と、無言で視線を送ると
『何のことかしら?』と、あちらも無言で笑みを返す。
『周囲に誤解されたら、どうするんですか?』と、送れば
『早く事実にすればいいのよ』と、返される。
しばらくの間 母と無言の応酬が続いたが、決着はつかなかった。
時間になったので、出かけることにした。
貴族の事情など何もご存知ないミサ様を騙しているようで、大変心苦しい。
◇
私のエスコートで馬車に乗り込んだミサ様の様子を窺っていると、金色の瞳が不安そうに揺れていた。
「緊張されていますか?」
「はい……ダンスが上手くできるか心配なんです」
「ミサ様は一生懸命練習をされましたから、大丈夫です。私がずっと傍におりますし支えますので、ご安心ください」
「……本当ですか?」
「はい」
「…本当ですね?」
「はい」
「絶対にぜ~ったい、私が失敗しそうになったら『フォロー』してください!」
あまりの必死さに、思わず吹き出しそうになる。
『フォロー』の意味はわからないが、ミサ様がダンスでの失敗を恐れていることだけは伝わった。
「はい、お約束します」
「では、『指切りげんまん』をしましょう!」
「え? ユビキ……」
ミサ様は興奮されると、まれに聞いたことのない言葉を発せられる。
戸惑っている私の右手の小指に、手袋を外したミサ様がご自分の右手の小指を絡ませてきた。
馬車のエスコートで何度も手を取ったことはあるが、こんな形は初めてだ。
「『指切りげんまん♪ 嘘ついたら♪……』」
ミサ様が繋いだ手を振り、拍子を取って歌われている。
言葉の意味はわからないがとても楽しそうで、眺めているだけで心が和む。
「『……指切った!』」
歌の終わりと同時に、繋いでいた指が離された。
ミサ様とのちょっとした触れ合いが嬉しくて、
離れてしまうと名残惜しくて、
そして、最後はどうしようもなく寂しい気持ちになる。
「これで約束しましたからね……ナイトさま!」
「はい、かしこまりました……お姫様」
私は恭しくミサ様の手を取ると指を優しく握りこみ、手の甲にゆっくりと口付けを落とした。
みるみるうちに、ミサ様のお顔が真っ赤に染まっていく。
ミサ様の冗談に合わせてやってしまったが、後悔はない。
(これで、少しは私を異性として意識してくださると良いのだが……)




