国王陛下への謁見
途中で視点が変わります。
「ホホホ……」
「ハハハ……」
母と兄ガーランドの楽しそうな笑い声が辺り一帯に響く。
今日は母からのお誘いで、我が家自慢のバラ園の中にある東屋でお茶会をすることになった。ただし、お茶会と言っても招待客は私とミサ様と兄だけの内輪的なものだが。
◇
兄は昨夜遅くに、ようやく仕事を片付けて領地から戻ってきた。
今日初めてミサ様と対面した兄は、挨拶の時にいきなりミサ様の手を取り甲に口付けをするという暴挙にでる。
驚き固まってしまったミサ様を慰め母が取り成している間に、私は兄へ詰め寄った。
「兄上、どういうおつもりですか!」
「私はただ、普通に挨拶をしただけだが?」
「ミサ様はああいうことには慣れていらっしゃいませんので、今後は控えてください」
「『慣れていない』とは、おまえは普段何をしているのだ?」
言葉の意味がわからず首をかしげた私を見て、兄は大きなため息を吐いた。
曰く、彼女を娶るつもりならば、なぜもっと親密になる努力をしないのか?
常日頃から自分の好意を示さなければ、選んでもらえないぞ!と。
「明日の舞踏会では、あの見目麗しさもあり聖女様は否が応でも注目を浴びる。群がって来る大勢の男たちを相手に、おまえに勝ち目はあるのか?」
現実を突き付けられた私は、何も反論ができなかった。
兄の言うことは一々尤もで、納得するしかなかったのだ。
◇
ミサ様が我が家に滞在するようになってから、母の機嫌がすこぶる良い。
相当気に入られたようだと、メリルがこっそり教えてくれた。
二人が仲良くしているのは私としても嬉しい限りなのだが、屋敷にいる間中ずっと「ミサちゃん」「ミサちゃん」と母はミサ様を独り占めにしている。
私もたまにはミサ様と二人きりで庭を散歩したい……などとは、とても言い出せない雰囲気だ。
「エリーナ様、このスコーンがとても美味しいです。添えてあるクリームとブルーベリージャムとの相性も良いですね!」
「ミサちゃんが気に入ってくれて嬉しいわ。このブルーベリーは、あちらの一角にあるブルーベリーの木から収穫した物なのよ」
「そうでしたか」
「ミサさん、シュバルツ家の領地は温暖な気候に恵まれておりまして、特に果樹園に力を入れております。ぜひ一度我が領地にもお越しいただき、採れたての果物を召し上がってください」
「まあ……ガーランド、それは良い考えだわ! ミサちゃん、ぜひいらしてくださいませ」
「ありがとうございます。採れたての果物は、さぞかし美味しいのでしょうね」
ミサ様は本当に食べることがお好きだ。
いつも瞳をキラキラと輝かせて、とても良いお顔で召し上がられる。
兄はそんなミサ様の志向を瞬時に見抜き、弱点を的確に突いてきた。
その手腕はさすがの一言につきる。
「オーランドさんも、美味しいものを食べることが好きですよね?」
「そうですね。(あなたと一緒に食べる物なら何でも)好きです」
私は食べることに対し昔からそれほど頓着はなかったが、ミサ様と一緒ならば話は別だ。
護衛騎士として隣に座り、同じものを頂く。
その時間が何物にも替えがたく、幸せな気持ちになれるのだ。
◇
「ミサちゃんの髪色は、どなたに似たの?」
「母です。この瞳は、父から譲り受けたと母からは聞いております」
以前、兄がミサ様を調査した報告書によると、父親はミサ様が五歳のときに亡くなっている。
それまでは、一家は王都の外れで小さな治療院を営んでいたようだ。
父親の治癒士としての腕は確かで、繁盛していたらしい。
もしかしたら貴族と縁のある人物かと調査したが、詳細は不明とあった。
父親の死後は母親と王都を出てアルト村の隣町に移り住んだが、その母親も流行り病で亡くなり、ミサ様は孤児院へ預けられた。
「お母様も、綺麗な方だったのでしょうね」
「幼過ぎて、私に両親の記憶はあまりありません。それでも、私が父と同じ治癒士をしていることを喜んでくれていると思います」
「ミサさんの評判はこの王都へも届いてきております。お父上も、さぞお喜びのことでしょう」
「ご両親に代わって、僭越ながらわたくしがミサちゃんの親代わりを務めますわ。明日の国王陛下への謁見も舞踏会も、全てわたくしに任せてくださいませ」
「エリーナ様、よろしくお願いいたします」
こういう時の母は、とても頼りになる。
だから、私は安心して任せることができるのだ。
◇
私は騎士団の正装に着替えると、ミサ様の部屋へと急ぐ。
この服を着ていると、護衛騎士になってミサ様と再会した日のことを思い出す。
早くミサ様に会いたくて村までの道程がやけに長く感じたのが、つい昨日のことのようだ。
ミサ様の晴れ舞台に護衛騎士としてお側にいられることを、非常に嬉しく思う。
ミサ様の本日のお召し物は、普段着用されている仕事着の意匠をもとに上等な布地を使用して新たに仕立てられた物だ。
光沢のある紺地に所々金の刺繍が入っているが、決して華美になりすぎず清楚なミサ様のお姿を引き立てている。
王都に来たとき、母が私たちの知らないうちに上等な仕事着を何着か用意していたことにも驚いたが、今回はあれよりもさらに数段上の物らしい。
今後は村で仕事着として着用してほしいと母が言ったとき、ミサ様の目が泳ぎ苦笑されたのを私は見逃さなかった。
◇
国王陛下への謁見は、ごく限られた人数の中で行われる。
全体的な貴族へのお披露目は、そのあとの舞踏会のときに行われるからだ。
王宮の小広間まで、私が先導して歩いていく。
途中、王城内の警護を担当している第一騎士団の騎士たちがチラチラとミサ様へ送る視線が気になって仕方ない。
本当は、彼らから向けられる好奇の目に晒したくはないのでミサ様へベールを被せたいくらいだが、国王陛下に対し不敬となるためできないことが残念だ。
◆◆◆
小広間へ入ると、オーランドさんが私から離れていく。
ここから先は私一人で国王陛下の前まで行かねばならず、非常に心細い。
国の重臣たちから射抜くような視線を感じるが、俯かずしっかり前を向いて歩いていく。
玉座の前で立ち止まり、メリルさんからきっちり仕込まれたカーテシーでお辞儀をする。
「顔を上げよ」
時間にして十数秒くらいだったが、それ以上に長く感じた。
声を掛けられ、初めて国王陛下の顔を見る。
プラチナブロンドの髪に碧眼の美丈夫は、想像していたよりもずっと若かった。
兄弟だからかリーランド様によく似ていて、どことなくオーランドさんやガーランド様にも。
それだけで、勝手に親しみを覚えてしまった。
国王陛下の傍に控えていた宰相らしき壮年の男性が、おもむろに書状を広げる。
「今回、遠路はるばるお越しいただいたのは、国の直轄領における、貴女のこれまでの貢献に報いるためである」
朗々と読み上げられた文章を要約すると、治癒士として地域医療に貢献したことへの感謝として名誉と褒賞を私に与えるとのこと。
名誉とは『聖女』の称号、褒賞は金一封と白銀に輝くローブだった。
頂いたローブをその場で侍女に着付けてもらったが、驚くほど軽く手触りが良い。
説明によると、耐熱・耐寒・防御魔法が付与された一品なのだとか。
「今後も、其方には期待しておるぞ」
「ありがたきお言葉、痛み入ります。ご期待に沿うよう、これからも精進してまいります」
国王陛下から直接お言葉を頂き、謁見は終了した。
こうして、私は一つの山場を乗り越えたのだった。




