09話 セイラム村
セイラム村に到着したリュウたちは馬を厩舎に繋いで、宿へと向かった。
「うぅ……、すみません、マスター……」
御者台を下りると、リーナは魔獣との戦いの緊張が切れたのか、足元がふらついていた。
今はそれをリュウが背中でおぶっている。
力なく垂れ下がったリーナの獣耳がリュウの首筋にあたる。体温が高く、妙にくすぐったいその感触にリュウの口元は自然と綻んだ。
宿に着くと、女主人が二人のことを歓迎してくれた。
早速夕食にするかと聞かれたリュウは背中のリーナに向かって声をかける。
「リーナ、ご飯はどうする? 先に部屋で休んでるか?」
「うぅ……ご飯は大丈夫です。でもわたしもマスターの側にいます……」
何だそれとリュウは思ったが、リーナだけ無理に部屋に連れていくのも憚られたので、結局リュウが食べている隣でリーナは休むこととなった。
そんなやりとりを見た宿の女主人は口元に手を当てて上品に笑う。
「仲が良いんですね、旅人さん」
リュウは笑って返し、食事を取るためのテーブルについた。
席につくなり、リーナは疲れてしまったのか、リュウの腕にもたれかかり、すやすやと寝息を立て始めた。
リュウはそれを起こさないようにあたりの様子を見回す。
「それにしても……」
「随分人が少ない、か」
リュウの独り言に突如後ろから被せるような声がかけられる。
驚いて振り向くと、そこには一人の金髪の青年が立っていた。
憎らしいほどの美形に爽やかな笑みを浮かべる男。その出で立ちは、一目で気品を思わせる。
「ジュード……か!? 何でこんなところにいるんだ?」
リュウにしては珍しく驚いて、つい声が大きくなってしまう。
だが、そんな様子にも慌てずにジュードと呼ばれた男は余裕を崩さずに受け答えする。
「やあ、リュウ。久しぶり、といっても王城以来だね。僕もこんなところで会うなんて思わなかったよ」
その男はジュード・ロンド。
王国騎士団、十番隊隊長を務める男だ。
歳はリュウより一つ上であり、リュウが隊長になるまでは彼が最年少騎士隊長だった。もっとも、リュウが一日で隊長を解任されたため、今の最年少騎士隊長はジュードになる。
彼を褒め称える呼び名はいくつもある。『王国最強の騎士』、『アルバーンの英雄』。その中でも今もっとも広く伝わっているのは――
「『国の双璧』様がこんなところで何やってるんだよ」
「ちょっと野暮用でね。それと誠に残念ながらどこかのバカ隊長がやらかしたせいで、僕はもう双璧ではないんだけどね」
ジュードは冗談っぽく笑いながら言った。
ジュードの言う通り、リュウとジュードは二人合わせて『国の双璧』と呼ばれていた。国を背負って立つ二人の若き騎士。だが、今はその片方が欠けてしまっている状態だ。
ジュードはリュウが除名を言い渡された場で、抗議しようと一歩踏み出した騎士でもあった。
「騎士団に戻る気はないのかい? 君が頭を下げれば隊長だって――」
「やめろ。そもそも上がそんなこと認めるわけはないし、何より俺が頭を下げる気がない」
「ふふ、君らしい」
ジュードはやはりその笑みを崩さずに、どこまでも好青年風にそう答えた。
だが、そんなジュードが不意にその笑みを消した。
「ところであれから何か君の身の回りで変わったことはなかったかい?」
「いや、特に何もないと思うが」
「そうか、それならいい。君が吹き飛ばした貴族だが、あれは相当君に恨みを持っている。君の処罰も最初処刑を望んでいたぐらいだからね。……まあそこは、団長殿が上手く交渉してくれたようだけど」
「……そうだったのか。アレクシス団長には今度礼を言わないとな」
「そうするといい。さらに言えばその貴族は、騎士団に相当の資金を援助していたり、良からぬ組織との繋がりが噂されていたりもする。何にせよ、気をつけておいて損はないよ」
ジュードはそこで区切ると、この話は終わりと言わんばかりに運ばれてきた料理に手をつけた。
リュウもそれに倣って、隣のリーナを起こさぬように食べ始める。
その様子を正面から見たジュードは目を丸くして、リュウに向かってつぶやいた。
「……ときに君は騎士団を止めて、駆け落ちでもしているのかい」
「そんなわけあるか!」
思わずツッコんでしまったリュウに、ジュードは嫌味のない爽やかな笑みを浮かべる。
コイツのこういうところがキライだ、と思いつつもどこか内心ではそんなやりとりを楽しんでいることにリュウは気付いていた。
「ギルドをはじめたんだよ。今はこの子、リーナと二人だけ、だけどな。ここに来たのはこの村で起きている神隠しについて調査するためだ」
「……君もそうだったのか」
「君も、ってことはお前も同じ目的か、ジュード。それは騎士団の任務か?」
「いや、これは僕の個人的な行動だよ。少し思うところがあってね」
どうやらリュウとジュードがこの村にやってきた理由は同じものだったらしい。
「この村に入ってきて感じた違和感。旅人が異様に少ないのはやっぱり」
「そうだろうね。神隠しの噂が広まっているからだろう」
ここセイラム村は都市と地方の村を繋ぐ中継に適した場所に位置している。
普段のセイラム村は行商や旅人で賑わう街と聞く。だが、リュウたちが村に入ってきてから宿に来るまで、他の旅人の姿は一人も見かけなかった。いくら陽が落ちた後とはいえ、流石に少なすぎる。
さらに宿に入ってからも、リュウたち以外の客はジュード一人ときている。
これは明らかに異常だ。
「どれぐらい情報を掴んでるんだ?」
「僕の調べだと、この現象が始まったのは約一年前ぐらいからだ。はじめはこの村に立ち寄った旅人の一部が姿を消すといったものだったらしいけど、最近だとその頻度や人数がどんどん高まってきているらしい。結果、それを聞いた旅人たちはこの村を避けて通るようになったわけさ」
「この村にもともと住んでた人たちは神隠しにあったりしたのか?」
「いや、この村の住人は誰も神隠しにはあっていない」
なるほどな、とリュウが相槌を打つ。
それに付け加えるようにして、ジュードが口を開いた。
「それともう一つ気になる話がある。一年ほど前にセイラム村から西の小さな森の中の洞窟で盗賊団の目撃情報があったんだ」
「盗賊団?」
「そう。元Bランクギルド『屍漁り』。数々の犯罪行為が露呈して、ギルドの資格を剥奪された集団だ」
「元ギルド、か」
今まさにギルドの一員であるリュウにとっては複雑な心持ちだ。
だが、元ギルドであろうがなんだろうが、略奪行為は見過ごせるものではない。
それに神隠しが始まった一年前と盗賊団の目撃情報があった時期が一致しているのなら、この二つが無関係とも考えにくい。
「盗賊団が旅人をさらってる可能性がある、か」
「断定はできない。が、どのみち放っておくわけにも行かないからね」
「なら明日、その盗賊団の洞窟とやらに行ってみるか」
「僕も同行しよう」
話がまとまろうとしていたそのとき、リュウたちのテーブルの側で女主人がカタカタと震えていた。
それを怪訝に思ったジュードが心配そうな視線を向けたが、女主人はあわてた様子でリュウたちのテーブルに近づいてくる。
「旅人さんたち……西の洞窟に行くって、言いましたか」
「あぁ、盗賊が住みついてるって噂があるからそれを確かめに」
「だ、ダメです! 洞窟に行ってはいけません! それも子供だけでなんて……」
女主人はリュウたち三人のことをぐるっと見つめた。
確かに歳で言えば三人とも二十にも満たない子供ともいえるが、その力は国の中でも並ぶものはいない。
「大丈夫ですよ、僕たちはこう見えて結構強いですから」
「いえ、そうではなくて……」
「それとも、盗賊以外の何かがいるとでも?」
「い、いえ。そういう訳では……」
女主人は明らかに口籠った様子で、何かを言いあぐねている。
だが、それを口にする気はないようだった。
「ま、何て止められてもどうせ行くからな。俺たちは」
リュウのその言葉を聞いて、渋々女主人はリュウたちの洞窟行きを了解したようだった。
そうしてリュウたちは明日の洞窟行きの段取りを立て、その日は休むことにした。