10話 洞窟探検
翌朝、陽が昇るとともにリュウたちは素早く行動を開始した。
一晩寝てリーナもすっかり元気を取り戻していたようだ。獣人は体力の回復も早いのかもしれない。
リュウとリーナ、そしてジュードの三人はセイラム村から西にある洞窟へと向かった。
途中、小さな森の中で魔獣の気配を感じたが、襲われることは一度もなかった。それは同行しているジュードの影響だった。
ジュードは人外じみたマナを保有している。通常、魔獣たちはマナを狙って人間を襲うため、マナの保有量が多い人間は襲われやすい。だが、ジュードの放つマナはあまりにも大きすぎるため、弱い魔獣は恐怖で逃げてしまうようだ。
そういうこともあって、三人はあっさりと洞窟へと辿り着いたのだった。
「さて、ここからが本番だな」
「そうだね、『屍漁り』はギルドを追放される前、二十人ほどメンバーがいたらしい。油断せずに行こう」
ジュードの言葉に頷いて、三人は洞窟へと踏み入っていく。
隆起した地面、鋭い岩肌、ときどき感じる生物の気配。どれも危険なものばかりだ。
そして何より、少し進むと入り口からの光は完全に失われ、まだ昼にも関わらず視界は真っ暗だった。
「さすがに暗いな」
「あっ! それならわたしが……『狐火』」
そう言うと同時に、リーナの手元に青白い炎が生まれた。
以前にリュウはリーナが火の魔法を得意とするのは聞いていたが、見るのははじめてだった。
リーナの加護は『聖炎の加護』らしい。獣人が火の加護を与えられるのは珍しいが、その名に負けず、それは何か神聖な雰囲気を感じさせる炎だ。
その光は真っ暗闇の洞窟を淡く染め上げていく。
「綺麗だな」
「えっ……! と、突然こんなときにどうしたんですか、マスターっ!」
「いや、火が」
リュウがリーナの手元にある炎を指して言うと、リーナは露骨に肩を落とした。
そんな様子をジュードが後ろで笑って見ている。
何はともあれ光源を確保した三人は進行のペースをあげて、洞窟の奥へと潜って行った。
* * * * * * * * * *
道中、ふと先頭を進むリュウにジュードが声をかける。
「ところでリュウ。君はもう洞窟は大丈夫なのかい?」
「いつの話をしてるんだ」
リュウは露骨に嫌な態度を見せると、ジュードを軽くあしらった。
その直後、リュウは突然足を止めた。
「……今、水の音が聞こえた気がした。ちょっと見てくるからリーナとジュードはここで待っててくれ」
そういうとリュウは一人、洞窟内の脇道へ進もうとする。
「マ、マスター! わたしもいっしょに……」
「いや、リーナは慣れない洞窟で疲れただろう。少しここで休んでおいてくれ」
リーナはそれについていこうとしたが、リュウにすげなく断られてしまう。
それでもついていこうか迷ったリーナだが、確かに地面や壁、果ては天井にまで気を使って歩いてきたので予想以上に消耗していた。
しかたなくリュウの言う通り、待つことにする。
リュウが脇道に進んでいって数分、リーナとジュードは特に何も話さず過ごしていたが、リーナはふと気になることが思い浮かんだ。
「あのジュード……さん?」
声をかけられたジュードは座りながら、顔だけをリーナの方へ向ける。
「さっきマスターに『洞窟は大丈夫なのか』って言ってたのはどういうことなんですか?」
ジュードはそれを聞いて「あぁそれか」と少しだけ罰がわるそうに頬をかいた。
「リーナちゃんはリュウから何も聞いていないのかい?」
その問いにリーナはぶんぶんと首を横に振る。
「僕の口から言って良いものかわからないけど」
ジュードは言うべきかどうかを逡巡する。
そしてふと昨日の夕食の風景を思い出した。疲れてリュウにもたれかかりながら眠ってしまっているリーナと、それを起こさないように自分と話していたリュウのことを。
――この二人の信頼関係なら大丈夫だろう。
最終的にジュードはそう結論づけた。
「リュウは昔洞窟が苦手だったんだ。とある事情でね」
「とある事情?」
「そう。リーナちゃんは千年前、女神ミリアが魔神、竜神と戦ったことは知っているかい?」
突然の話の飛び方に困惑するリーナだったが、首を縦に振る。
「『知』を司る魔神、『力』を司る竜神に対して、女神は『心』を司る神だった。女神は両者に知恵や力で劣ったものの、人々の祈りを重ね合わせることでそれらに負けない守護の能力を持っていたと言われている。それが現代にも残っている結界の起源だね」
「そこまでは知りませんでした……」
「女神はその力を使って、魔神と竜神を結界の中に閉じ込めた。だけど滅ぼすことはできなかったんだ。そこで女神はしかたなく、結界に閉じ込めたまま隠すという手段を選んだ。魔神の方はいまだどこに隠されているのかはわからない。けれど、竜神の場所はわかっている。それは『光の洞窟』と呼ばれる場所さ」
訥々と語るジュードの言葉にリーナは聞き入っていた。
正直途中で理解できない部分はある。だが、リーナは最後の洞窟という単語だけはきちんと聞き取っていた。
ジュードは遠い過去でも思い出すように剥き出しになった天井の岩肌を眺めながら語り続ける。
「ここから先は僕もきちんと全部聞いたわけではないんだけどね。リュウの出身地はイオル村という小さな村なんだ。そこで十歳の頃、幼馴染みと村の近くの洞窟に入ってしまったらしい」
「それが……」
「そう、『光の洞窟』さ。洞窟の周りには結界が張ってあったはずなんだけど、なぜかなくなっていたらしい。それでリュウたちはその洞窟に入ってしまって、その奥に眠る竜神の封印を解いてしまったんだ」
リーナはそのあまりの話の規模の大きさに目眩がしそうに感じた。
女神だとか竜神だとか、そもそも本当に存在するのかさえわからないものをさも当たり前のように語られても困る。
同時にこれは自分が聞いてしまっていい内容だったのかと自問自答する。
そんなリーナの葛藤を察したのか、ジュードは努めて明るく見せた。
「そんなわけでそのときたまたま側にいたリュウの中に竜神の力が宿ってしまったんだよ」
リュウがミュッセとの戦いの中で見せた竜の力。
それが何なのか、リーナには理解できていなかったが、今この時になってようやくその正体を知ることができた。
「だから、マスターは加護を持ってないんですか……? 竜神の力を持っちゃったから」
「いや、それはおそらく違う。彼が竜神の力を宿したのは十歳になってからだからね。普通それまでに加護は自覚するはずなんだ。それでは順序が逆になってしまう。だから多分、別の理由が何かあるんだろうね」
そう語るジュードの横顔はどこか寂しそうですらあった。
その理由が、リーナにはよくわからない。
代わりにリーナは新たに生まれた疑問を口にする。
「でも、竜神の力を持ってるってみんなが知ったら……」
「狙われるだろうね。特に教会はそれを許さない。彼らは女神を信奉しているからね。それに僕ら騎士団も、そんな大きな力を放置することはできない」
「ジュードさんは、このことを他の人に言っていないんですか……?」
ジュードが頷くと、リーナは「どうして?」と尋ねた。
「それはあまりにも酷じゃないか。リュウは生まれたときから加護を持たないただ一人の人間として、両親に捨てられ、行く先々で迫害されてきた。そんな彼が、……経緯はどうあれ、ようやく手に入れた力を人々のために使うと言ってるんだ。その夢を壊すことは、僕にはできない」
はっきりと言い切るジュード。
リーナは今まで聞いたこともないリュウの話に頭がいっぱいになっていた。
リュウが両親に捨てられたなんてことは聞いたことがない。行く先々で迫害されたなんてことも聞いたことはなかった。
けれど、少し考えればそれはわかることだった。
この世界では誰もが加護を一つ与えられる。
加護を与えられていない人間は、すなわち神から祝福されなかった人間だ。
それは存在としては魔人のようなものに近いのかもしれない。
そんな人間が、人の社会にたった一人放り込まれたら。
想像するだけで、リーナは身震いが止まらなかった。
「リーナちゃんは今の話を聞いて、彼のことを怖いと思ったかい?」
ジュードは試すようにリーナにそれを問うた。
そんな質問、答えるまでもないとリーナは胸を張る。
「マスターはわたしの仲間を助けてくれました。本当はわたしたちよりずっと辛い思いをしてきたはずなのに……。そんな人のことをわたしは絶対に怖いと思いませんっ!」
力強いリーナの言葉を聞いて、一瞬だけジュードはその姿に見入り、そして次の瞬間には笑っていた。
「そうか……。彼と出会ってくれたのが、君で良かったよ」
その言葉はとても小さく、ジュードの口元でつぶやくように発せられた言葉だったが、洞窟の中ではやけに反響して聞こえた。
それと同時、遠くの方から足音が響いてきた。
それからまもなく、水を探しにいったリュウがその姿をあらわす。
「おかしいな、絶対あると思ったんだが……。というかお前たち、さっきまで何か話してなかったか」
水源を見つけることができずに不服そうなリュウ。
それを見たリーナとジュードは視線を合わせ、笑い合う。
「いやなに、君が騎士団に入った頃の洞窟に対する怯えようをリーナちゃんに語っていたんだ」
「その話はもう忘れろ……」
悪態をつきながらもその表情はどちらも笑っている。
「さて、そろそろ行くか」
リュウがそう声をかけると休んでいた二人は立ち上がる。
リーナはリュウのすぐ側に近づくと、その右手を握り締めた。
リュウはそれに対してどうするべきか悩んだが、すぐに答えを出す。
――まあ、暗いところは危ないからな。
そうして三人は探索を再開する。
リュウの右手には、ずっと熱いものが重ねられていた。




