16話 悲しき獣
リュウたちは墓地から全速力で村を目指した。
鬱蒼と茂る木々の間を、ぶつかることも厭わずに四人は全速力で駆け巡る。
重なり合う葉で覆われた薄闇を抜けると、目の前にはセイラム村が広がっていた。
だが、どうにもその様子がおかしい。
「人が、いない――!?」
眼前に広がる村のどこを探しても人一人見当たらず、物音一つ聞こえてこない。
四人の中の嫌な想像が、爆発的に膨れ上がる。
「リリスッ!」
その異様な村の光景を目にして、女主人は宿へと駆け出していた。髪や服が乱れることなど一切気にせず、ただ持てる力の限りを使って走り続ける。
一歩遅れたリュウたちもそれに従い宿へ向かった。
まるで世界のそこだけ時間が止まったような静寂の中、勢いよく宿の扉が開かれる音が響く。
女主人が率先して宿に飛び込み、中へと駆けていく。リュウたちも手分けをして、宿中を探した。
だが、結果は虚しくそこには誰もいない。
「一体どこに……」
宿中を探し、広間に集まった四人の中、リュウが口を開く。
その漏らした言葉に、女主人は血の気の引いた真っ青な顔でつぶやいた。
「――まさか……。村に誰もいないということは、大穴の方で誰かが殺し合いをさせられているのかもしれません……」
「そんな……っ! 今この村に訪れているのは、わたしたちだけのはずなのに」
リーナがそれに答えるが、今ここでそれを議論している暇はない。
「とにかく急ごう」
リュウの一言に、その場にいた者たちは頷いた。
* * * * * * * * * *
稜線の向こうに陽が沈みかけ、吹く風もどこか冷たくなった頃。
女主人の案内でリュウたちは、村の北に位置する大穴へと到着した。
大穴は想像以上に大きく、そして深い。あたりが暗くなってきたことも相まって、その底は見通せないほどの暗闇と化している。
大穴の縁に立ったリュウたちは、対岸の方まで見渡すが、あたりは静寂が支配していて、人の影は見当たらない。
「ここにもいないのか……」
絶望にも似たリュウのつぶやき。
「いや、待て! あそこを見るんだ」
それに対して、ジュードは穴の底を指差して叫んだ。
その指差す先を凝らして見る。
暗闇しか存在しない大穴の底。
――その先に一瞬だけ、赤く輝く何かが見えた。
雲間の変化による刹那の反射。
形状まではわからないが、そんな輝きを放つものの心覚えは一つしかなかった。
「赤花の……ブローチ……」
その輝きは確かにあのブローチ、リリスが父親から譲り受けたというものにそっくりだった。
それを見た女主人は半狂乱になりながら、大穴へとを手を伸ばす。
「リリスッ! すぐ行くから……っ」
穴の縁から飛び出したその上半身をリュウが支える。大穴の傾斜は相当なもので、普通の人間ならばそこから転落するだけでも重傷を負いかねない。
「落ち着くんだ! ここは俺たちが行くから」
リュウの説得に、女主人はその場に膝から崩れ落ちる。
「あぁリリス、リリスッ……! どうか、リリスをお願いします……!」
地面に膝を着いたまま女主人は縋るように懇願する。
その体を受け止め、少しでも安心させるため、リュウは力強く頷いた。
何とか落ち着いた女主人から手を離すと、リュウはジュードの方に視線だけで語りかける。ジュードもそれに応じ、大穴に飛び込む覚悟を決める。
「マスター、わたしも……っ!」
その様子を後ろから見ていたリーナは、自分も連れて行って欲しいと目で訴えてくる。
墓地での女主人での話から、この大穴に飛び込むのは相当な危険が予想される。
だが、それをおいても今そんなことを話している暇はないと判断したリュウは、リーナの軽い体を両手で抱きかかえた。
「行くぞッ!」
「は、はい――きゃああぁぁぁ!!」
掛け声と共に三人は穴の中央へと落下していく。
落下に伴う刃のように鋭い風がリュウたちに襲いかかる。リュウはリーナを守るために強く自分の胸の中で彼女を抱きかかえ、リーナもリュウの胸元をぎゅっと掴む。
内臓が浮くような感覚も数瞬。
リュウたちは、爆音と共に地面へと着地する。
その衝撃でリュウが着地した部分の地面は抉れ、あたりには破片が散らばった。
だがリュウの体自身には傷一つなく、腕の中のリーナにもその衝撃は伝わったものの怪我はないようだ。
その上空からジュードはまるで空を歩くかのようにふわりと降りてきて、音もなく地面へと着地した。これもジュードの『自然の加護』によるものだろう。
大穴の中央にたどり着いた三人。
リーナが早速、手のひらの上に青白い炎をつくりだすと周囲が淡く照らされている。
そのままあたりを見回すと、リュウは地面に転がるそれを発見した。
「このブローチ……、やっぱりリリスのもので間違いない」
手に取り眺めてみれば、それは確かに赤い花をかたどった古びたブローチだ。
だが、あたりを見回しても人影はない。
――リリスは一体どこに。
その瞬間、突如大穴の縁から眩い光があらわれた。
リュウたちが上空を見上げると、それは蓋をするかのように大穴を球状に覆う。
「これは、結界か……ッ!」
ジュードが大穴を覆う光を見て、その正体を即座に見破った。
それは村の近くでジュードが使用した人払いの結界を裏返したものに近い。あのときは、外部からの侵入を防ぐために結界を使用したが、今大穴を覆っているものは内部からの脱出を阻むものだ。
その結界の向こうから、一人の熟年の男性がわざとらしく音を立て、大穴の縁へと歩いてきた。
「これはこれは自ら大穴の中に飛び込むとは……。やはり騎士とは愚かな生き物ですな」
「やっぱりあんたか、村長」
そこに立っていたのは、このセイラム村を収める村長だ。
最初にリュウたちと会ったときに見せた穏やかな表情は同じものなのに、そこから感じる印象はあのときとは正反対だ。
不気味さを感じずにはいられないその相貌にリュウは叫んだ。
「リリスはどこだ!?」
「さてどこにいるのやら……。まったくあの年頃の子どもは元気が良くて敵いませんな」
睨めつけるようなリュウの視線を受けても、村長は飄々と答える。周囲に重くのしかかるほどのリュウの怒りを受けても余裕なのは、彼らを隔てる結界に絶対の自信を持ってのことだろう。
リュウが腰にぶら下げた剣の握りに手を当てる様子を見て、村長は口を開く。
「ほっほ。そう怖い顔をなされるな。……この村のことは既に聞いておるのでしょう? そうですな。あなたたち三人が殺し合って、最後に生き残った一人に合わせる、というのはどうでしょう」
「ふっざ、けるなッ!」
村長の提案に対し、咆哮するリュウ。
何があってもリュウとリーナ、そしてジュードが意味もなく互いに剣を向けるはずもない。
「……そう言うと思いましたよ。来なさいッ! 私のガルムたちッ!」
リュウの返答も予想していたように、村長は手を挙げて叫ぶ。
それと同時に、大穴の壁面が崩れ落ち、その溝からガルムが飛び出してくる。
あらわれたガルムは三体。
鋭い牙に厚い体毛、そして獲物を噛み殺そうとする真紅の瞳。
それらはリュウたちのまわりを等間隔に囲むと、中の獲物を見定めるように舌舐めずりをする。
「この統制の取れた動き、普通のガルムじゃなさそうだな」
「あぁ。僕のマナにも怯まない。……どうやら本当にあの村長が操っているものと見て間違いないね」
本来であればガルムは獲物を前にすれば、そのマナを喰らうため即座に襲いかかってくる。あるいは例外的にジュードと相対すれば、逃げ出すだろう。
だが今目の前にいるガルムは、そのどちらの行動も取らず、隊列を組むように獲物を囲んでいる。
信じられないことだが、本当に人間の指揮下にあるようだ。
驚きを隠せないリュウたちの様子を見て、村長は嫌らしい笑みをにやりと見せる。
「さあ、どうしますか。気が変わったのならあなたたち三人で戦っても良いのですよ」
「同じことを何度も言わせるな。俺たちがそんなこと、するはずない」
村長は仲間同士での醜い争いを望んでいるようだったが、当然リュウたちはそれに応じない。
「そうですか。ならば全員まとめて死になさいッ! 行けッ! わたしのガルムたちよ!」
掛け声と共にそれまで観察を続けていたガルムたちが、一斉にリュウたちに突っ込んでくる。
リュウとリーナ、ジュードは互いに背を向けながら、ガルムと一体ずつ相対する。
「来るぞッ!」
「はいっ!」
リュウは剣を引き抜き、自分の喉元目掛けて迫ってくるガルムの牙を剣身で受け止める。
ガルムの牙と剣の鈍い衝突音が響き渡り、手元にその衝撃が伝わってくる。
リュウの背後からも同じようにその鈍い音が響き渡る。どうやらリーナもジュードもガルムの攻撃を凌いだようだ。
いくら統率がとれているといっても所詮はガルムだ。一体一体の力は、リュウたちに遠く及ばない。
――このまま一刀両断するッ。
ガルムの牙を受け止めている剣に力を込めて、その体を引き裂こうとしたそのとき。
『オ、ニィ……チャン……』
声が聞こえた気がした。
空耳というのにはあまりに生々しさを感じさせるその声に、リュウは一瞬膠着する。
だが差し迫った危機を避けるため、咄嗟に剣身の角度を変え、一刀両断するはずだったガルムの体を後方に吹き飛ばす。
ガルムは小さな悲鳴と共に鋭い岩肌が剥き出しになる壁に叩きつけられた。
「今の声は……」
声の正体を求めて、耳を澄ませば再びその声が聞こえてくる。
『イタ、イヨ……オニィ……チャン……』
それは決して、リュウの空耳によるものなどではなく、確かな空気の振動としてそこに存在する。
この村でリュウのことをお兄ちゃんと呼ぶ存在をリュウは一人しか知らない。
「リリ、ス……?」
唸るようなその重低音はリュウが吹き飛ばした前方から聞こえてきた。
そこにいる生き物など、ただ一体しかいない。
その名をリュウが呼ぶと、吹き飛ばしたはずの獣から呼応するように声が聞こえた。
『ワタ、シヲ……コロシ……テ……』




