15話 神隠しの真相
林から出てきたのは宿の女主人だった。
ここに来るまでに走り回ったのだろう、その息は荒く乱れていた。
「こらリリス! こんな時間まで遊んでちゃダメでしょう。早く家に帰りなさい」
女主人は子供を嗜めるようにそう叱りつけると、リリスは渋々と言った様子で「はーい」とそれに従う。
そのままリュウたちに向かって会釈し去ろうとするが、リュウはそれを止めた。
「ちょっと待ってくれ。あなたに聞きたいことがある。……村長のことについてだ」
その単語を出した途端、女主人はピクリと動きを止めた。
それはおそらく、リュウが何を聞きたいのかを察してのことだったのだろう。
幾ばくかの逡巡の後、彼女はリリスの背中を優しく押す。
「……先に家に帰っていなさい。私はこの方たちとお話があるから」
リリスは不思議そうにその顔を見上げたが、納得したのかそのまま来た道を戻っていった。
女主人はリュウたちの方へ振り返ると、複雑そうな表情を見せる。
「……それで、聞きたいことというのは何でしょう?」
「さっき宿で村長は俺たちに『娘が待っている』と言って帰ったのを覚えているか」
「えぇ、それが何か」
「リリスに教えてもらったんだが、村長の一人娘のエリィは一年前に病気で亡くなっているらしいな。……これはどういうことだ」
「……それは……」
言いづらそうに女主人は口籠る。
それは何かを隠していると言っているようなものだった。
「私の口からは、何とも……村長の勘違いかと」
明らかに泳ぐ視線にリュウは問い詰めたくなったが、しかしどうにもそれ以上話してくれそうな気配はない。
どうするべきか、とリュウたちが悩んでいると、林の方から突然別の声がかけられた。
「ならば僕からも一つ、お伺いしても」
声の方に目を向けると、そこにはジュードが立っていた。
その姿に驚く三人だったが、当の本人はどこ吹く風だ。
「ジュード……! お前、どうやってここに……?」
「いやなに。君たちの後をつけさせてもらっていただけさ」
さらりと言いのけるジュードにリュウは一歩引いていた。
リュウをもってしても、気配も音も感じさせないジュードの尾行は見事と言うほかない。
「それはさておき。先ほどの続きですが、僕からも一つお伺いしても?」
「何でしょう……?」
「ルーゼン・ターグ。メメ・ジャスティン。ネオルフ・ドレス。この名前に聞き覚えはありますか?」
「それは……っ!」
女主人はもはや動揺を隠さずに、口に手を当てて驚いた様子を見せる。
リュウとリーナは互いに顔を合わせるが、どちらもその名前に聞き覚えはない。
女主人は俯きながら、ゆっくりと口を開いた。
「あなたと彼らの関係は一体……?」
「みな、僕の部下です。この村で失踪した、ね」
「……そう……でしたか……」
どうやら先ほどジュードがあげた名前は騎士団の団員の名前だったようだ。リュウとジュードは互いに隊が違うため、その隊員のすべてを把握しているわけではない。
それにしてもこの村で失踪した、か。
リュウは心の中でそうつぶやいた。
それをジュードに確かめようかと考えたが、今ジュードと女主人の話に割って入るのは悪手だと直感し、黙って様子を見届ける。
四人の間を重い沈黙が支配する。
それを破ったのは、女主人だった。
「……これも神の導きなのでしょうね。こうしてこの場所で、私の前に騎士団の方があらわれた。きっと私に懺悔の機会を下さったのでしょう」
それは誰かに向けられた言葉というよりも、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。
「わかりました、この村のすべてをお話しします。……ですが、ここでは」
意を決したように語る女主人だが、あたりを見回し、人目を気にしているようだった。
それを察したジュードが少しだけ剣を鞘から引き抜くと、そこから球状に結界が広がった。それは四人の体を通過し、丘全体を覆う巨大な結界となる。
「こ、これは一体……?」
「これは『人払いの結界』です。これでこの中には誰も、人は入ってこれません」
女主人は困惑したように自分たちをすっぽり覆う結界を眺めた。
「結界石もなしにこれほどの大きさの結界を……。あなたはまさか、司教、いえ大司教様なのですか……?」
「いえ。僕は『女神の加護』を賜っておりますが、教会の者ではありません。歴とした騎士です。懺悔の相手には不足かもしれませんが」
女主人の疑問はもっともだった。
魔法にはたくさんの種類があるが、その中でも『結界』は特別なものだからだ。火の加護がなくても火の魔法は使える。ただし、『結界』だけは特殊な加護が必要となる。
それが『女神の加護』だ。
この『女神の加護』を与えられたものだけが『結界』を行使することができ、そして『女神の加護』を与えられたものはすべて教会の一員となる。
そのただ一人の例外が、ジュードだった。
女主人は未だ結界に驚いていたが、徐々に落ち着きを取り戻した。
「いえ、私の懺悔の相手は教会の方よりもむしろ騎士にこそするべきものです」
そこで一つ区切ると、女主人は語り始める。
「はじまりは一年前でした。旅人や行商者の中継地点となり、比較的豊かなこの村にある盗賊団が目をつけたのです」
「『屍漁り』か」
「はい。彼らはここから金品や村の名産を次々と奪っていったのです。更にそれだけではなく、彼らは村の子どもまでを拐っていきました。その中には、村長の娘のエリィちゃんも」
その事実はリュウたちにとって初耳だった。
金品が奪われたことは、洞窟の一件でも知っていたが、子どもまで誘拐されていたとは知らない。
「彼らの手口は狡猾で、夜中に行われた犯行に村人たちが気付いたのは朝になってからでした。村長はそれはもう娘を溺愛していたのであわてふためいて、すぐに村の青年団があたりを捜索したのです」
女主人は言葉を紡ぐのが辛そうに表情を歪ませる。
「……拐われた子供たちは西の洞窟へ行く途中で発見されました。その中にエリィちゃんもいました。……ただ、発見されたときにはエリィちゃんは全身をガルムに噛みちぎられていて、ほとんどもとの姿は保っていませんでした」
その言葉にリーナは口元を手で覆う。
人の死に慣れているはずのリュウとジュードも、それには表情を暗くした。
「……どうして、そんなことを」
「きっと、夜中に森を抜けるときに魔獣に襲われたんだろう。暗闇でガルムの集団と戦うのは危険だ。だから……、拐ってきた子たちを囮にした」
リーナの嘆きに、リュウは自分の推察を述べた。
その言葉に女主人も首肯する。
「おそらくそうでしょう。子供たちを発見した青年団は、盗賊を追うことをやめ、まだ息のあった瀕死の子供たちを村に連れて帰りました。村長はそこで変わり果てた娘と再会したのです。……そこからでしょう、この村の歯車が狂ってしまったのは」
「そこから村長はどうされたのですか?」
「怒り狂った村長は盗賊への報復を考えました。無理もありません、溺愛していた一人娘のあんな姿を見てしまったら……。それから村長は奪われずに隠してあった村の財産をすべて集めて、とあるギルドに報復の依頼したのです」
「ギルド?」
「えぇ、有名なギルドとは聞いていますが名前までは私たちも聞かされていません。それからすぐにギルドの方達は盗賊団のアジトを発見し、村を襲った賊を捕らえたのです」
女主人の語る内容をじっくりと聞いていたリュウたちだったが、ジュードがそこで疑問を挟んだ。
「盗賊団に襲われたことを騎士団には話さなかったんですか?」
「えぇ、この村にも騎士団の方がいました。ですが、襲われた翌朝からその方の姿は見えなかったのです。その答えがわかったのは、ギルドに依頼した後でした。捕まえた盗賊団の中に、この村の警護にいた騎士の顔があったのです。手際のいい犯行は、この騎士が盗賊団を手引きしたからでしょう」
その答えにリュウとジュードは顔を歪ませた。
村を守るはずの騎士が盗賊についていたとなれば、それほど盗賊たちにとって都合のいいことはないだろう。夜中に忍び込んで、金品や人を拐うのも容易い。
ギリッと音が鳴りそうなほどにジュードは歯を噛んだ。
それは彼にとって何より許せないことであるからだろう。
当然、リュウにとっても騎士の裏切りなど見過ごせるものではない。
「それで……、捕らえた盗賊はどうなったんですか?」
「全員殺されました」
「そう、ですか」
『屍漁り』の身柄が騎士団に渡されていない時点で、彼らが既にこの世にいないことは察しがついていた。
「ただ……、村長の怒りは相当なもので、ただ殺したのではありません。村長はギルドに依頼して村の北に大穴を作らせたのです。村長はそこに捕らえた盗賊たちを落とし、殺し合いをさせたのです。『最後の一人だけは助けてやる』と言って」
リュウたちは絶句する。
まさか昼間にあった人の良さそうな村長がそこまで凄惨な行いをするとは夢にも思わなかった。
「結局、最後に生き残った一人も村長は殺しました」
「……村の人は、止めなかったんですか?」
「みな、自分の財産や子供を奪われていましたから。惨いこととは思いましたが、誰も反対しませんでした。私も含めて」
ここまでの話を聞いて、この村で一年前に起きたおおよその事態は把握できた。
洞窟から既に『屍漁り』が姿を消してしまっている理由も。
だが、それと今起きている神隠しがどう関係しているかはまだ見えてこない。
リュウは女主人に続きを促した。
「すべてが終わった、そう思っていました。ですが村長の娘を亡くしてしまった怒りは、それでは収まらなかったのです。それから村長は村に来る旅人たちを捕らえては、大穴に落とし込み、盗賊と同じように殺し合わせました。娘を失って笑わなくなった村長でしたが、その様子を穴の上から見ているときだけは笑っていたのです」
「そんな! だって、旅人の人は何も関係ないのに」
リーナが抗議の声をあげ、女主人もそれに頷いた。
「その通りです。ですが、村長にはもうそんなことは関係なかったのでしょう。いつか言っていました、『外から来る人間がすべて醜悪な怪物に見える』と。それからも洞窟に村から奪われた金品があるなんて噂を流して、村長はこの村に人を集めました」
その噂に釣られてやってきた人間をリュウたちはつい最近見ていた。ギーブ兄弟だ。
『屍漁り』を皆殺しにしたのに、洞窟にわざわざ金品を残したままにしておいたのは、それを目当てにやってくる旅人を捕まえることが目的だったのだ。
「その中に先ほどジュードさんが言った三人の騎士の方もおられました。もっとも彼らの目的は、この村で起きていた神隠しの調査でしたが。三人ともとても誠実で立派な方で……。まるで今のあなたたち三人を見ているようです」
「……彼らは、どうなりましたか」
半ばその答えを予想しながらも、ジュードはそれを尋ねた。
それを聞けば後悔するとわかっていても、ジュードはそれを聞かざるを得ない。
「この村にやってきた旅人たちと同じように捕らえられ、大穴へと落とされました。村長はいつものように殺し合いを強要しましたが、三人とも屈することなく、衰弱しきったところを……」
「そう、ですか」
ジュードは目を閉じ、胸に手を当て、つぶやいた。
「ルーゼン。メメ。ネオルフ。君たちを部下にもてたことを、僕は誇りに思う」
その頬に、光る滴がこぼれ落ちる。
ジュードがこの街にやってきたのは騎士団の任務ではないと言っていた。その目的は、この村の調査に訪れた部下たちの安否の行方を知ることだったのだろう。そして、その結末を。
そんなジュードの部下に捧げる祈りを邪魔しないように女主人は口を開いた。
「おそらく今晩、村長は夕食の後あなた方が眠ったところを襲う気です。村長は騎士にも強い恨みを持っていますから。どうか、今のうちに村から離れてください」
それは懇願するような女主人の言葉だった。
それに対して、リュウは最後に一つ聞きたいと尋ねる。
「あんたたちは、全部知ってて村長に協力していたのか」
それは質問というよりも、責める口調になってしまっていた。
百歩譲って盗賊団に対する報復は理解ができたとしても、それ以外の人間に危害を加えていいはずがない。
リュウの咎めるような視線を受け、女主人は言いづらそうに答えた。
「いいえ。村人たちはほとんど反対しています」
「ならどうして――」
「村長はどうやってか魔獣を操ることができるのです。以前、反対した村人の一人が村長の命令したガルムに食い殺されたところを見ました。……それ以来、誰も村長のすることには反対できていません」
「――魔獣を、操る? そんなことできるはずが」
魔獣は本能に基づいて行動する。
それを操ることができるのは、魔獣を生み出した魔人くらいだ。
だが、どう考えても村長はただの人間だった。
竜神の力を宿したリュウでさえも、神に複数の加護を与えられたジュードでさえも、そんなことはできない。
魔獣を操る方法なんて――。
そう思考したとき、不意に林の方から草叢を揺さぶるような物音がした。
そちらに目を向けるが、特にそれ以降動きはない。
風か何かか、とリュウは考えたが、その横でジュードが顔を真っ青にしていた。
「おい、どうしたジュード――」
「リュウ、マズい。僕が張った結界は人を払うためのものなんだ。……だから魔獣には効かない」
「――まさか」
ジュードの言わんとしてることをリュウは即座に察した。
ジュードがこの丘一帯に張った結界は人を避けるためのものであり、魔獣を遠ざけるためのものではない。
もし仮に、本当に村長が魔獣を操ることができるのならば、今の会話は聞かれていた可能性がある。
リュウの頭が全速力で回転する。
――仮に聞かれていたとして。
――村の秘密を話した女主人は今ここにいる。
――秘密を知ったのは俺とリーナ、そしてジュードだ。
――その三人もここにいる。
――村人以外立ち入り禁止のこの場所を教えてくれたのは。
そこに思い至ったとき、リュウの全身から嫌な汗が吹き出していた。
「リリスが、危ない」
破滅の足音が、迫っていた。




