14話 いるはずのないもの
一通り村をまわったリュウたちは、最後に見せたい場所があるというリリスの提案でその後ろをついていった。
リリスは村の南側に隣接する林の中に入ると、小さな体で木々をかき分け、どんどんと奥の方へと進んでいく。
林は村の外に位置するので、魔獣がでるんじゃないかと心配したリュウだったが、リリスは大丈夫と答える。
「この林は妖精さんが守ってくれてるの。だからまじゅーは出ないんだ」
妖精というものを見たことがないリュウは念のため警戒しながら林を進んだが、確かにリリスの言う通り一度も魔獣に襲われることはなかった。
そうしてそのまま林を抜けると、そこは色とりどりの花が咲く丘となっていた。
「ついた!」
風に揺れる花を背景に、両手をいっぱい広げるリリスはまるで一枚の絵画のような印象を受ける。
その光景にリーナは「キレイ……」と息を漏らしていた。
リリスは丘の頂上まで登ると、リュウたちを手招きする。
「みてみて!」
リリスの指差す先、そこには今日リリスが案内してくれたセイラム村の全景が写っていた。
リリスが見せたかったものとは、どうやらこの景色のようだ。
これにはリュウも感嘆の声をあげる。
「良い景色だな」
「でしょ? ホントは村の人じゃない人は来ちゃダメなんだけど、おにぃちゃんたちはブローチを見つけてくれたからトクベツだよ!」
吹き抜ける風。花の甘い香り。
眼下に広がるのどかな村の風景。
自然と心が休まるような感覚にリュウたちは浸っていた。
そんな景色を眺めながらリリスはリュウに尋ねる。
「おにぃちゃんたちはどこから来たの?」
「俺たちは王都からだな」
「えぇー!? そうなの? いいなぁ、おーとって王さまの住むところでしょ? わたしもいつか行ってみたい」
羨ましそうに身を乗り出すリリス。
そんなリリスを見て、リュウの口元も綻んでいた。
「リリスは王都に行ってみたいのか」
「うん! 王さまの住むお城にはなんでもあるってパパが言ってたの。だから見てみたい! あとは、ひみつのはなぞの? も行ってみたいんだ!」
その単語を聞いてリュウは懐かしい思いに駆られていた。
一方、ミュッセはその単語に聞き覚えがないようで「秘密の花園って?」とリュウに尋ねる。
「秘密の花園はこの世界のどこかにあると言われている花の庭園だな。そこにはこの世界のすべての花が咲いていて、そこにしかない一年中光り続ける白い花があるって話だ。……まあ、実際には誰も見たことのない御伽話だけどな」
「むぅー! ひみつのはなぞのはあるもん! パパはそう言ってたよ!」
リュウの説明にリリスは口を尖らせて怒った様子を見せる。
「わるいわるい。リリスの父さんは花が好きだったのか? そのブローチも父さんからもらったものだんだろう?」
「そうだよ! パパはお花がだぁーいすきで、わたしの名前もお花からとったって言ってたもん」
そう言われてはじめて、そういえばそんな名前の花もあったな、とリュウは思い出していた。
確かこの丘にも生えていたはずだ。
そう思ってあたりを見渡すと、真っ赤に花弁を開いたリリスの花があたり一面に咲いていることに気づく。
それは風に揺られてもなお強くそこに咲いていた。
夕日を反射して赤からオレンジに輝くその花は、今日の終わりを告げている。
「そろそろ村に戻るか」
リュウがそう言って伸びをした。
「ちょっとまって! すこしだけ行きたいところがあるの」
リリスはそう言うと、丘の頂上から少し降りた場所へと向かった。
リュウたちがついていった先にあったのは、いくつも地面に突き刺さっている石製の十字架だった。
先ほどまで肌に感じていた爽やかな風が、どこか冷たく感じる。
「ここは……墓か」
「うん。ここは村の人がねむってるおはか。ここにきたらいっつもお祈りしてるんだ」
なるほど、とリュウは相槌を打つ。
この丘に来たとき、リリスは村の人間以外は立ち入ってはいけないと言った。ここならば旅人にも評判の観光場所になると思ったが、それをしなかったのは近くに村人の墓があるからなのだろう。
おそらくは村人を安らかに弔うためといったところだ。
リリスはいくつもある十字架の中の一つ前で立ち止まり、手を合わせた。
リーナがそんなリリスに優しい声音で尋ねる。
「ここは誰のお墓なの?」
「ここはパパのおはか。おーとにお花をとどけにいくとちゅうでまじゅーにおそわれちゃったんだ」
少しだけ寂しさを滲ませるリリスの横顔を見て、リーナもその隣で祈りを捧げる。
街道を行く荷車が魔獣に襲われるのはよくあることだ。
実際、リュウとリーナが王都からこの村にやってくるときも何度か魔獣に襲われている。通常は傭兵を雇ったりするものだが、それでも不測の事態は起きるものだ。
リュウも騎士団の頃は、街の近くの魔獣や危険な魔獣と戦ってきたが、やはりすべての街道を網羅できるかと言われると、難しいものがある。
理屈ではわかっているが、リュウは唇を噛んだ。
そんなことを考えていると、リリスはその横の墓に移動し、同じように祈りを捧げた。先ほどと同じように、リーナが優しくそっと尋ねる。
「こっちは誰のお墓?」
「これはエリィちゃん。わたしとおない年の友だちだったの。でも一年前にびょーきでいなくなっちゃった。村長さんの家にいたんだよ」
先ほどと同じく少しだけ悲しそうな表情を見せるエリィ。
リュウはその横顔に胸がいっぱいになった。
こんな小さな子供でも、身近に死を経験しているのだ。いくらリュウが強くても、いくら魔獣を倒しても。それでもなお、この手で救えないものはこんなにもたくさんある。
リュウはできるだけ穏やかにリリスに声をかけた。
「……つらかったな」
「ううん、いいの。もちろんパパやエリィちゃんがいなくなったときはつらかったけど、きっとわたしが元気にしていれば二人も喜んでくれるから」
そう言ったリリスの顔は笑っていた。
どこまでも真っ直ぐに前を見つめるその瞳は、今日見てきた中で一番美しいとリュウは感じる。
だが、不意にその瞳がほんの少し陰りを見せた。
「――でも、もっと世界がやさしかったらいいのにね」
「……そうだな」
リュウは心の底から、その言葉に同意した。
祈りを終えたリリスを見て、リュウは今度こそ帰るかと二人に声をかけた。
リリスは元気よく「はーい!」と手を挙げて答えたが、リーナは何かを考え込んだまま反応がない。
怪訝に思ったリュウがリーナに声をかけようとしたが、その前にリーナはリリスに向かって尋ねた。
「ねぇ、リリスちゃん。エリィちゃんは村長さんの子供だったの?」
「うん、そうだよ」
「村長さんの家は子どもが二人いるの?」
「ううん、エリィちゃんだけだよ」
突然何を尋ねているのか、とリーナに聞こうとしたとき、ふとリュウはある言葉を思い出した。
それは宿で村長が去り際に言った一言だ。
――『それでは私はこれで失礼します。娘も待っておりますので』
その瞬間、リュウの背筋に寒いものが走った。
村長はあのとき確かに娘が待っていると言った。だがリリスによれば、村長の一人娘のエリィは一年前に病気で亡くなっているという。
どう考えても辻褄の合わないこの矛盾。
あのとき宿で感じた刺すような空気を思い出す。
リュウとリーナは顔を見合わせた。
「マスター、これは……」
リーナがリュウに声をかけたとき、ふと林の方から近付く一つの足音が聞こえた。




