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複合芸術《side anecdote》

法界。論理の極地。芸術の楽園。魔法の原典。

アネクドートはこれまで『消えた』ペアルール国の偉人達の調査を行った。自らが法界に至るため、彼らの共通点を明らかにするのだ。


「おし、ミャージッカ。次だ」

「はいっ」


学問を究め、歴史に名を残すほどの芸術作品を生み出し、魔法を極める。常人には到達できないほどの、偉業を成し遂げた者が、法界へと導かれている。そこまでは分かるのだが、肝心の明確な全員の共通点が分からない。


「でも、よろしいのですか、ヴァーチュ家の滞在はあれだけで……?」

「ああ、絵は元々、マイから習ってたからな」

「では、次は……マグルル家ですね」


ミャージッカは億劫な雰囲気をいかにも醸し出す。


「実家だな」

「はい……」

「でもお前基本十聡会の連中とつるんでるし、実家の話しないってことは……苦手だな? 実家」

「はいぃ……」


辿り着いたその建物は、ペアルールの中でも指折りの巨大なものだった。堂々とした門構えに、 財を象徴するかのような精巧で芸術的な屋敷。

ミャージッカの実家、マグルル家である。あの襲撃に運良く破壊されなかった建物だ。


「まァ、正直そこまでこの家に期待は無いんだが……たしか、過去二人だったか? この家から法界へ行けたのは」

「あ、はい。どちらも数世代前ですが。二人の私室は、今も保存されています」

「おし、じゃあ行くか」


ずんずんとアネクドートは迷うことなく正面玄関からマグルル家へと侵入していった。ミャージッカは、一瞬入るのを躊躇ったが、アネクドートの背中を見て、足を進めた。

入口には、警備の魔法使いが数人いたが、アネクドートは気にせず巨大な扉を開ける。


「な、なんだ貴様っ!? あ、ミャージッカ様!?」


驚き果てる警備にミャージッカはぺこりと頭を下げ、屋敷へと入っていく。


「父に会わなければよいのですが……」


ぼそりとミャージッカは呟いた。どうやら父親が苦手のようだ。


「あ、あちらの部屋です」


ミャージッカの案内で、まずはアネクドートは一人目の私室を訪れた。一人目の法界に至った者、ミセンス・マグルル・ルルムだ。

かなり厳重な魔法の鍵がかけられていたが、アネクドートにはどうということはない。


「ん……埃っぽいな」


薄暗いその部屋には、筆記台と地球儀のような形状の水晶魔具があった。その他は古ぼけた家具が並んでいる。


「ここが、ミセンスのいた場所……すごい。ミセンスは癸級魔法を作成しただけでなく、高名な思想学者としても知られていました。ここに座って……思索をしていたのでしょうか」


ミャージッカは椅子の木枠をしげしげと眺める。


「こんなんで感動してたら、本人に会った時心臓がもたねえぞ」

「あ、そうですよね……ですが本当に、法界には過去の偉人がいらっしゃるのですか?」

「ああ、恐らくな。で……これか」


アネクドートは水晶魔具に触れた。すると、辺りに一瞬で空間魔法が展開された。そこには、ミセンスのこれまでの記録が霧の形になって渦巻いている。


「わあ……」


ミャージッカが、アネクドートを見る。彼女は、霧の中にある文字の渦を手繰り寄せ、覗いている。

そこには暗号めいた文言が書き連ねられている。


「『魔法の草案、神の原義』……『法則』、いや、『法則の作成』? 『新たな原因と結果の同定』……『もう一つ』『内と外を裏返す、私が世界になる』。『儀式』、儀式だ。『魔法使いの目指すところ』『だけでは足りない』」

「……え……?」

「単語が暗号と魔法をごちゃまぜで隠されてる。こいつ、何を知ったんだ……? だが、こいつは自分が何をしたのか書いてねえ……肝心の……魔法、ん? 誰だ」


アネクドートはその空間を唐突に飛び出した。ミャージッカは慌ててそれについていき、飛び出す。するとそこには、一人の男が立っていた。

男はアネクドートを不審そうに見ている。


「な、何だ……君は!」

「悪ぃな、ちょっと邪魔させてもらってる」

「ど、どうしたんですか?」

「ミャージッカ!?」

「あ、お、お父様……」


ミャージッカは気まずそうに男を見る。

幸の薄そうで非力そうな男は、ミャージッカの父親だった。アネクドートは興味を示し、二人の会話を見守る。


「え、っと……久しぶり」

「あ、ああ…元気そうで、よかったよ。こちらの、方は?」

「ええと、アネクドートさんといって、今、私の先生をしてもらってるんだ」

「せ、先生……? そうか、先生、そうか……」


父親は、申し訳なさそうに、しかし訴えるように、ミャージッカに言う。


「ミャージッカ、学校には戻って、くれないのか、な」

「……うん、ごめん、それは、ちょっと……」

「そ、そうか……でも……」


アネクドートは見守っていたが、しかし、あまりにも二人の会話がぎこちなさ過ぎるうえにテンポが悪いため、ミャージッカの手を引いて、廊下を歩き始めた。


「悪ぃがそれどころじゃねえんだよ。すまねぇが娘は借りてくぞ」

「なっ! 部外者が勝手なことを、しないでくれないか! 君に何が……」


きっと睨んできた父親を、アネクドートは頭上から睨み返す。


「お前はあの襲撃の記憶が飛んでんのか? 今は娘の学校どうこう言ってる場合じゃねえだろ。こいつは、今我と重要なことを成そうとしているんだ、邪魔すんな」

「う……」


アネクドートに一喝された父親は、口ごもってしまった。アネクドートはそのままミャージッカを連れ、廊下を進んでいく。ミャージッカは父親をちらりと見たあと、アネクドートに道案内を始める。


「あの……すみませんでした」

「かまわねえよ。正直、想像してた親父とは違ったけどな。もっと堅苦しくてうるせえのかと思ったぜ。だったらぶん殴ってたけどな」

「……父は、悪い人では、ないんです。ですが才能が無くて、私にその分期待してるんです。だから私が普通と外れた道に行くのが、不安なようで。私は、一人っ子ですから」


ミャージッカは悲しそうに呟いた。

アネクドートは自分の父親や母親を思い出す。かなり淡白な両親であったから、アネクドートが10歳になる頃には完全に独立していた。

思えばまだ自分は成人していないが、もはや親のことは、気にしていない。


「はん、親は親、子は子だ。さて……ここか」

「はい、二人目の。メイガ・マグルル・グルムです。彼女は元々はマグルル家の分家で、音楽の教師をしていたのですが……」

「音楽、か。……ん?」


辿り着いた扉に近づいたアネクドートは、違和感を覚えた。誰かが室内にいる。自分は例外的に解けた施錠の魔法だが、この中にいる者は、何者だ。

疑問に思いつつも、彼女は扉を開けた。


「ありゃ」


そこには、椅子の上で体育座りをする茶髪の少女がいた。彼女は赤いドレスを着ている。そして手には、恐らくメイガ・マグルル・グルムの書いたであろう古ぼけた楽譜があった。


「……誰だ?」

「そっちこそ」


慌ててミャージッカがアネクドートの後ろから部屋をのぞきこんだ。そして、驚き慌てふためき声を上げた。


「あ、あっ!? モソワ……?」

「やほ、ミャージッカ」

「誰だよ」

「モソワ・ムジーク・センライン……先生がまだ訪れていない、音楽を司るムジーク家の、天才です」


アネクドートはにやりと笑う。


「なんだ、行く手間が省けたな」

「でも、なんでモソワがここに?」

「それはぁ、久しぶりにミャージッカに会いたくて、ここに忍び込んだんだけど、ほら、見つかると大変だから、ここに入ってたの」


肝心の、なぜモソワがここの扉を開けたのかという説明が一切なかったが、モソワは傍に置いてあった大きな縦長の箱を、ささっとミャージッカに渡した。


「久しぶりに、聞きたかったから」

「え、ええ……今はちょっと……」

「見せてくれ、気になる」

「うん」


モソワが箱を開けると、そこには複雑な流線型で構成された金属の物体と、一本の金属の棒が入っていた。

ミャージッカはその金属塊の取っ手らしき部分を持つと、チェロのように構え、棒を金属塊に添えた。


「これは、その、パガニーニという楽器です」


ぽわんと棒にうっすらと魔法の光が纏われ、金属塊もカラフルな魔法の光で纏われる。


「音魔法を利用した楽器で、非常に繊細な魔法の調整と、厳密な音感が必要とされるものでして……軽く弾いてみますね」


そう言いながら、ミャージッカはパガニーニを弾き始めた。


「!」


アネクドートは、その音色の異次元の美しさに衝撃を受ける。この異世界に来て、一番とも言えるほどの衝撃だった。

繊細に動くミャージッカの片方の手は、各自の指で別々の魔法を調整し、棒を持つ方の腕も、よく見れば棒に纏う魔法の光が複雑に波打っている。

音階が、複数あるのだ。それが、調和している。


「……とまぁ、こんな感じです」

「うふふ、うっとりしちゃう」

「……すごいな、ミャージッカ」


静かに、アネクドートはミャージッカを褒めた。何気ない一言だったが、ミャージッカには凄まじい衝撃だった。


「は、はわわ!」

「どういうリアクションだよ」

「うふふ、ミャージッカは魔法も凄いし楽器も上手いのよ。頭もいいし……ミャージッカなら、きっとなれるんじゃないかしら……『神の隣人』に」


聞きなれない単語が出てきたため、アネクドートはそちらに興味がいく。


「何だそれ」

「私が昔法神のことを調べた時に見つけた言葉よ。神様の隣りには全能の人がいたんですって。今のムジーク家、マグルル家、ヴァーチュ家、フィロソ家の初代に、全てを教えた人。神はその人を探しているの」


アネクドートは、あのポスヤチ・ヴァーチュ・ユトレトスケファの残した巨大絵画、『アテナイの学堂』に似たあの絵を正確に思い出す。あれがアテナイの学堂のオマージュならば、中央には、二人の人物がいるはずだ。

プラトンの位置には、法神が。

では、アリストテレスの位置には……そういえば、少女が描かれていた。白い少女だった。


「隣人……全能の人、なるほどな」


アネクドートは頭にある考えが浮かぶ。法界に至る方法についてだ。


「ミャージッカ。ここを調べ終わったら、外の中庭に十聡会の奴らを全員揃えてくれ」

「どうしたんですか、先生」

「出立だ。法界へ行くぞ」

「え、ええっ!」




そして、マグルル家の中庭には数時間後、十聡会の面々が揃っていた。全員が、アネクドートが法界へと至る方法を思いついたと聞き、興味深そうな表情を見せている。


「ついに、法界へ人が至るのを見れるのか」

「僥倖であるなぁ。無事に行ければよいが」


十聡会の研究長と副研究長、トビリとイグナは感慨深そうに呟いた。


「大丈夫かなあ、ミャージッカ。まあ、あの人が付いてるから問題は無いと思うけど……」


ミャージッカの友人であり、十聡会の一員であるメノアは、ミャージッカとその友人らしき人物に楽器の動かし方を教わっているアネクドートを見た。

甲斐甲斐しく嬉しそうに教えるミャージッカを見て、良い人と巡り会ったのだな、とメノアは嬉しくなった。


「ええと、ですから、弦の動かし方、弦に纏わせる魔力の調整、各鍵に纏わせる魔力、鍵の音階、等の調整点があります」

「ふむ、理解した」

「できたよー、アネクドートさんに頼まれてた楽譜。ちゃんと『パガニーニ』用にしたよ」


アネクドートは満足げに頷く。


「よし、これで十分だ。さて……」


そして、十聡会の方を向いた。


「突然呼び出してすまねえな。ちょっと法界へ行く方法を考えついたからよ。試させてもらうぜ」


トビリが挙手してアネクドートに問う。


「いったいどんな方法なんだ?」

「法界に行った連中を調べてみると、一つ共通点が見つかった。どいつもそりゃあ各分野の天才だったんだが、実際は法界に辿り着いていない天才の方が多い」


アネクドートがまず疑問に思ったこと。それは、法界に至った人間の少なさだ。彼らが突き抜けた天才だったのは確かなのだが、しかしそれだけで言えば他の優れた天才も、法界に至っているはずなのだ。


「調べるとな、法界に行ったやつは必ず『二分野以上極めた』連中なんだよ。魔法の天才ミセンス・マグルル・ルルムは偉大な思想学者で、ポスヤチ・ヴァーチュ・ユトレトスケファは魔法の権威だった。つまり……」


アネクドートは、楽器を構えた。


「多くの分野で同時に優れたことを行うことが、法界に至る最短距離だと我は推測する。故に今から行うのは……」


きんっ、と弦を震わせ音を鳴らすと、音に合わせて淡い光が空へと広がった。


「魔法、音楽、美術の三分野を、同時に極めようと思う。何にせよ、鑑賞者が必要なんでな。お前らを呼んだ。だから、見て、聞いてくれ」


アネクドートはミャージッカに目配せをする。二人の中にある音程が重なっていき、二人は弦を構えた。全員が息を飲み、音が止まる。静寂が、一瞬の間流れる。


「『ある親子のドッペル』」


そして演奏が始まる。十聡会の視界に美しい色の奔流が、そして一瞬で引き込まれてしまうほどの美しい音色が、止まらない。二人で楽器を弾いているはずなのに、どちらがどちらを弾いているのか分からなくなる、そんな曲だ。

胸がずんと重くなり、耳に入る振動がはっきり感じられるようになってくる。

数人は、涙を流していた。特に魔力を可視化できるカラカドナは、本当に、美しい世界を見た。


(魔力が踊っている。彼女達の腕の動きに合わせて美しく……)


気付けばあっという間に、演奏は終わっていた。まだ辺りには、魔力が跳ねる残滓が残っている。アネクドートは少しの疲労を感じつつ、周囲の様子を伺った。


「さて……来るか」


その時、『パガニーニ』の音色が聞こえた。遠くから、微かに。アネクドートは周囲を警戒する。

よく聞けば、それは自分達が先ほど演奏した音だった。徐々に大きくなっていく。


「……先生!」


アネクドートは振り向いた。そこには、扉があった。丸い扉だ。見たこともないような金属で構成されている、不可思議な扉。それは片方が内側に、片方が外側に開き、アネクドートを招き入れるように、虚空を伸ばしている。


「よし、では。また会おうぜ、十聡会」

「……ああ、君に会えたことを、誇りに思うよ」


ミャージッカは一人一人に挨拶をしている。アネクドートは、仰天した顔でこちらに近づいてくる男に気づいた。


「ミャ、ミャージッカ……!?」


それに気づいたミャージッカは、アネクドートの方へ行き、父親へと微笑んだ。


「お父さん、今から法界へ行きます。私、したいことがあるから。一緒に、いたい人がいるから。だから、私は、行ってきます」


父親は混乱の極地という表情であったが、しかし、ミャージッカの決意のこもった目を見て、父親も表情を正した。


「分かった。君は、もう大人なんだね、君は……ああ、行ってらっしゃい、ミャージッカ。君が、本当にしたいなら、僕は、口を出してはいけない、よな。僕は……父親だから」


ミャージッカは頷いた。そして自分の視界に映る人々を見る。十聡会の面々と友人のモソワ、そして父親。自分がこの世界で過ごした日々を想いつつ、彼女は、アネクドートの隣に立つ。


「行きましょう、先生」

「おう」


アネクドートは扉を通る。彼女の心の中には、世界の危機や、法神の企み、そういったものよりも、ただひたすらに、好奇心があった。

いつだって、違う世界に行くのはワクワクするものなのだ。

ミャージッカの名前はマジカ(魔法)とミュージック(音楽)の組み合わせだったりします。

次回より神の世界編となります。最終編となりますので、よろしくお願いします。

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