戦線へ 《side mythology》
亜人の祭典形式は、異様だ。少なくとも、一般的な環境で育ってきたヴィットには、異様に見える。
というかまず状況が異常だった。何故自分たちは戦界に向かうはずが、あの巨大な多頭のヘビのいた群島、セグメントポラリティの一つの島で、祀り上げられているのだろう。
「いやはや、何となく直感で寄ってみましたが、おかしなことになりましたねえ」
発案者はのんきなことを言っている。
改めて、周りを見てみる。
島に立ち入るなり亜人の群れにうやうやしく連れていかれたここは、集落のようだ。
座らされているこの祭壇のような場所は、集落の中心にあり、それを獣と人が合わさった獣人が取り囲んでいる。
耳には独特の打楽器の音が響き、何かの香も焚かれている。
ヴィットの近くにいるのは、ミソロジー、そして殊位冒険者のあのザイネロ・ペグー、仲間の魔法使い、エイドール・フフロットだ。
「お、何か来たぜ」
エイドールが集落の一際大きな建物の入口を指さした。その瞬間ぴたっと打楽器の音が止む。
出てきたのは、獣人の少女だった。身につけている装飾品の多さから言って、特別に扱われているのだろう。
ミソロジーはその少女の特徴的な口の形と縦に割れた瞳、耳の動きから、ネコ科の印象を受けた。
「みにゃさま、お待たせして申し訳ありませんですにゃ。吾輩はネウネ、この一帯の種族を統括する巫女長を務めております」
ネウネは深々と頭を下げた。
ミソロジーはネウネに問う。
「この扱いについて説明はありますか?」
「はいですにゃ。我々の伝統に従って、黄金の果実を手にした者は勇者として祭り上げる風習ですのにゃ」
「なるほど。それで、それだけではなさそうですね。ここまで強引だと」
ネウネを含め、周囲の亜人たちが何ともいえない表情をする。獣の頭を持った亜人たちは表情が判断しにくいが、それでも懊悩は伝わる。
「……正直に申し上げますと、この歓待は、この後の懇願の為のもの、という意味合いもありますにゃ」
ネウネの告白にミソロジーは微笑んだ。
「ではこちらも正直に申し上げます。我々は今戦界に行こうとしていまして、方法を探しています。そちらが情報を提供できるなら、検討しましょう」
「えっ、せ、戦界、ですかにゃ!?」
このネウネの反応を見て、ミソロジーや他の面々は、これまでの道中で数名の知識人に尋ねたときと同じだと思った。
無理だ、そしてやめた方がいいと。
戦界に行く、というあまりにも途方のない目標。それは戦界という世界の異質さを表していた。
今回のネウネもそのようなことを言うのだろうか、と少し不安がよぎったが、しかし、何かが違う。
「それは……いや、にゃるほど……」
どうやら、何か予想外の展開だったようで、ネウネは口ごもる。他の亜人たちも、大きな衝撃を受けているようだが、そこにはいくらかの喜びが含まれているように見える。
「ええと、我々は主にタフツ帝国と交易を行っておりますにゃ。その結果栄えはしましたが、自給自足で賄えないほどの人口を抱えましたにゃ」
「ふむ」
「現在タフツ帝国との交易が、断絶状態で、その解決を、お願いしようとしていたのですにゃ、それが、その……」
ネウネは少しためらった後に、意を決して言った。
「断絶状態なのは、タフツ帝国が滅亡寸前だからにゃんです。『戦界からの使者』を名乗るたった一人によって、タフツ帝国は滅亡させられそうにゃのです」
四人は顔を見合わせた。それは、願ってもいない好都合なことだった。
簡素な木造船に乗せられ一時間ほどで、ミソロジー達はタフツ帝国の首都の湾岸に辿り着いた。
木造船が出せるスピードでは無いほどの高速だったが、どうやらネウネが調整していたようだ。
「どうか、お気をつけてですにゃ」
「はい、では」
木造船はそそくさと湾岸を離れていった。それほどのことが、タフツでは起きているのだろうか。四人は順に桟橋に降り立ち、港の風景を観察する。
人気はない。
遠くに見える石造りの城は、タフツ帝国の中心部だろう。
「行こう、早く戦界の場所を聞き出さなければ」
ザイネロは迷わず道を進み始めようとして、しかし途中で足を止めた。そしてにわかにエイドールの方を向く。
「エイドール、お前は……来ないでくれ」
エイドールはその発言に驚きはしなかった。元々エイドールは、ザイネロの強い懇願によって、戦界に行くまでの同行という約束だった。
それはエイドールの実力不足というよりは、もう仲間を失いたくはない、というザイネロの願いである。
「ま、そう言うと思ったぜ。だが戦界の先鋒の実力を見てからで、遅くないんじゃないか? ここにはミソロジーさんがいるんだしよ、余程じゃなけりゃ死なねえさ」
それでも、なおも恐ろしい。予想を遥か超える所から神は訪れ、予想を遥か超える力で、蹂躙する。それが恐ろしいのだから。
だが、堪えなければならない、そうザイネロは決心し、改めて前を向き直した。
「分かった。だが、死ぬな。頼む」
エイドールが頷いたその時、城の方から爆音が鳴り響いた。
「!」
土煙がもうもうと上がり、建物の残骸が四散した。遠目から見ても分かる規模ということは、尋常ではない。
一向は足早に、首都へと向かった。
「これは……?」
街は閑散としているが、人がいないわけではなかった。老若男女は問わずだが、どの人々も活力を感じない。
ザイネロが一人の若い男に質問をする。
「失礼、先程こちらで大きな爆発があったようなのだが……」
男は生気のない目でザイネロを見た。特徴的な、日差しを避けるためのタフツ特有の帽子で目元が暗く、より生気がないように見える。
「あんたは……?」
「アイレス国の殊位冒険者、ザイネロ・ペグーだ」
男は、驚き、焦る。
「だ、だめだっ、逃げろ! アイツが来ちまう!」
「アイツとはなんだ、落ち着いて答えてくれ」
「わ、分からねえ、急に現れて……この国の、強い奴だけ殺していくんだ……急に、現れて…………あ、ああ!?」
男が声を荒げてザイネロの後ろを指差した。ザイネロは迷わず、真後ろに向けて後ろ蹴りを放つ。身体を回転させることで後ろに立つ者が見えた。
真っ白な肌の、身長は2mを優に超す大男だ。もうりがかなり有り、海藻のようである。
大男は、ザイネロの蹴りを片手で抑えている。
「ン。良い蹴りだ」
周囲の住民は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。足を掴まれたザイネロ、そして他の三人が、大男を囲んでいる。
「く……!」
「イヤ、待て。じんわり来たぞ……すごく良い蹴りだ」
ザイネロは足を器用に動かし、もう一方の足でさらに大男に蹴りを加えようとした。男は鋭いザイネロの蹴りに対して、片方の拳で答えた。
鈍い音と衝撃が響く。
「ホウ。僕の拳で消滅しないか。君はこの国の連中より良い。……というか」
ぱ、と手を離すと、ザイネロは即座に後ろに飛び距離をとった。片足は鬱血し、片足は骨折していたが、紫色の血管が走ると同時に修復されていった。
「彼の仕込み、は君か。ナルホド、道理で……つまり僕は」
大男は後ろを振り向いた。ミソロジーを見る。大地が揺れるほど踏み鳴らし、近づき、見下ろした。
「ヨシ、当たりを引いた。僕の勝ち。勝ったぞ……よし」
そして、改めて拳を構えた。男の周囲が異様な熱気で包まれていく。男の前髪が少し浮き、その細く鋭い目があらわになった。
「戦徒ダチダダ。戦う理由は『ドキドキを味わうため』。いざ勝負」
ミソロジーへ向けて、ダチダダは突進した。拳を構え、ミソロジーを叩き潰そうとする。拳が迫り、ミソロジーの鼻頭へ触れた。
その瞬間、ダチダダの拳がミソロジーへ吸い込まれていくかのように溶けた。
「……これは」
「……あなたが戦徒ですか。ふむ、あのマシラオという男よりは、弱そうですね」
ダチダダは自らの溶けた片腕を見つめる。そしてそこから吹き出してくる鮮血を見て、改めてミソロジーを見て笑った。
「来訪神、戦徒を知っているか?」
「ん? ……!!」
次の瞬間、ミソロジーが凄まじい力によって上空へと弾き飛ばされた。さらに、ダチダダはその場から消滅し、ミソロジーの真後ろへと現れた。
残された三人は驚愕する。ミソロジーが攻撃を受けたということに。
「……っ」
「戦う徒人だ。戦う為に注力し、戦いのために生きる者だ」
「……その、文様は……」
ミソロジーはダチダダの体表面に浮かぶ文様を、見つけた。あれはおそらく、魔法の印だろう。
空気の流れを、先ほどは感じた。
「……あなたは、戦界への行き方を知っていますか?」
「僕を倒せば門を開こう」
ミソロジーに向けて、再び拳が放たれた。
ダチダダは天性の肉体、そしてある一つの魔法の才能があった。それは力を移動させる魔法だ。
故に回避不能。盾を抜け、鎧を抜け、視界の外から殴ることが出来る。
拳の一発一発が、軍を滅ぼすと言われたダチダダの拳。過去、拳の衝撃波で軍が滅んだと思われた時のことだ。ただ単純に、拳一発の威力を軍の全員に等分配しただけだが。
さて、この拳、この神に通じるか?
あの時、あの神には、通じなかった。
ダチダダは、再び拳を構える。
「ではそのように、いたしましょう」
空中に向けて殴る。力は山の上から流れ出す川のように裂け、分かれ、ミソロジーの隙のある場所へと流れる。
ドキドキする。ドキドキすると頭が熱くなって胸が苦しくなる。これが、戦うための理由だ。
「えい」
ミソロジーは衝撃が加わる瞬間、体を少し震わせた。するとあらゆる衝撃は、減衰し消滅した。
「ン……」
ダチダダの拳の威力は、ミソロジーに吸い込まれるように消えた。
ミソロジーは身を翻し、身体を広げた。一瞬ダチダダの目には何か綺麗なものが見えて、そして気づけば、ミソロジーの指がダチダダの頭部へと触れていた。ダチダダの頭部を構成する粒子はバラバラになり、空へと散る。
「全身を衝撃吸収材にしてみました。何とかなりましたね」
ダチダダの体は下へと落下していき、ずずんと土煙を上げた。
「マイ、終わったのか」
「ええ、さほど危機はありませんでしたが……」
そう言いかけたところで、大きな柱が上空から降り注いだ。ザイネロの見覚えのある柱だ。柱同士がオレンジ色の光らしきもので、結ばれていく。
そしてそれらは徐々に、門のような形になった。その中から、恐ろしいほどの歓声が溢れ出している。
「ともかくこれで、戦界へ行けます、恐らくは……」
そう言ったミソロジーの声を、拍手が遮った。
ダチダダである。
「イヤ、素晴らしい」
「あなたは……」
「ヴァルハラの者は死を許されていない。戦いを続ける条件は、勝つことではなく生きること。そして上昇を諦めないことだ」
ダチダダはオレンジ色のゲートへ、身体を埋めていった。ボサボサの髪で目は隠され、どういう表情なのかは読めない。
「君たちは今から、『努力できる者の世界』『強い者の世界』へ到達する。僕はその様を、見させてもらう」
ダチダダは消えた。後は、それを追うのみだ。四人は顔を見合わせる。ザイネロは、エイドールを見つめた。この先、エイドールは、危険だ。
そう目で訴えている。
「……エイドール」
「分かった分かった。付いて行かねぇさ」
エイドールはザイネロの肩にぽんと手を置いた。
「だがよ、死ぬなよ。頼むぜ」
ザイネロは大きく頷き、門へと足を踏み入れる。ミソロジーは少し意地悪な顔をして、エイドールに耳打ちする。
「それだけでいいんですか? もう、言わなくても?」
「か、勘弁してくれ……ああ、そうだ、その通りなんだが……言わんよ。縁起が悪いからな」
ミソロジーは微笑んだ。
「では、行きましょう、ヴィットちゃん」
「ああ。……分かった」
エイドールは三人がオレンジ色の光の中へと消えていくのを見ていた。拳を握りしめ、その姿を見送った。悔しさは、無論ある。
だが、割り切らなければならないのだ。
そう思い、後ろを振り向いた。
そこには、今までと違う景色があった。
「……あ?」
街があったはずなのだ。どころか、そこには国があったはずなのだ。しかしそこには、黒い何かしかなかった。
その黒い何かが、足のようだと感じたエイドールは上を見上げた。そこには、黒い巨大過ぎる上半身があった。
「┷┘┝┼┴┝┘┌┯」
声、のようなものが、頭の、人間の顔の中心をくり抜いたものの中から響いていた。
「うぉ……」
エイドールは自分の足元が、その何かに吸い込まれていることに気がついた。とっさに、全力で、彼は拠点回帰魔法を発動した。
一瞬で視界が切り替わり、街の光景になる。
「はぁ、はぁ! なんだ! なんだ!?」
自分の足がなくなっていることに気づいたエイドールは、回復魔法をかけた。彼の脳裏には、まだあの黒い巨人の姿が焼き付いていた。
「……ザイネロ……!」
絞り出すように、彼は、彼女の名前を呟いた。




