唯一の王
そこは噴水のある広場だった。何も特別というような風はなく、石畳で、静かで、太陽が妙に近い。辺りを見回すと、あまり見慣れない建物が僕達を取り囲むように立っていた。
「……ここ、が……?」
静かすぎて不気味なほどだ。ティカやメアニー、そしてリルちゃんは僕の方に寄り、周囲を警戒する。しかししばらくしても、辺りに何かがいる気配はない。
僕達の入ってきた扉は気づくと消えてしまっていた。
「何が起こるか分かりません、警戒を怠らないで」
「うん……でもなんだろう、ここ。街みたいだけど」
よく周りの様子を確認していると、くい、と僕の袖がティカに引っ張られた。かなり強めだ。ティカの方を向くと、彼女は焦った表情で、一つの建物を指差した。
「……!」
看板らしきものを、重そうに抱え建物の前に置く一人の男がいた。細身で、肌が白く、鼻が高く耳が長い。銀髪が後ろで束ねられており、背中ぐらいまである。
服装は詳細には見えないが、エプロンのようなものをしている。
「どうする」
「オレスティアの居場所を知りたいけど……」
「行くべきだと思う。私達は神と対峙しに来たんだ。多少戦闘になっても、勝たなきゃ」
「いえ、ですがあの人物が情報を持っているかも分かりませんし、フェイさんなら、幸運で神の場所を見つけることができるのではないでしょうか」
メアニーとリルちゃんの意見が若干対立し始めたことに僕は焦りを感じつつ、考える。僕が神と同等の力があるならば、その配下を何とかできる可能性は高い。……神より強い配下がいないという保証はないけど。
それに……。
「いや、リルちゃん。あちらも幸運なんだ。来ないで欲しいと思えば、僕達はたどり着けないと思う。運の要素を減らさないと」
そう言いつつ、リルちゃん達を手で制し、僕一人で、その男の元まで近づく。いざ、戦闘になってもすぐに対処できるように……警戒は怠らず、そして手には、不運を用意しておく。
特に気配を消すすべもないので、正面から話しかけに行く。
「……おや、いらっしゃいまし」
男は僕に気づき、ぺこりと頭を下げる。油断ならないが、ファーストコンタクトはそこまで悪い風はない。
「あの……」
「オレスティア様へ謁見するならば、そこの雲道を進み神殿へ行けばよろしいかと」
「!」
正直、僕達が出てきた所とこの建物の距離がそこまではなかったため、僕達を視認してはいただろうと思っていた。しかし、ここまで把握されているとは……。
「失敬、あたくしはサリョウと申します。よろづのことを商いとしております」
僕は彼に敵意がないことに気づく。目が、落ち着いているのだ。何となく、勘でわかる。彼は僕達をどうこうしようという気はなさそうであることを。
僕は三人を呼び、サリョウさんと向き合う。
「ええと、サリョウさんは……」
「そうですね、皆様より少し大人です」
含意のある言葉だった。
「あたくしは商人でございます。金額に応じて、物品をお売りいたします。ただ、それだけのことを、ここではやっております」
「ここは……天界、なんですか」
彼は頷く。
「天界の、辺境でありフロンティアでございます。『冒険者』の皆様の、補給所と申しましょうか」
冒険者という文言に、メアニーが反応した。
「冒険者は、天界にもいるのですか?」
「ええ、もちろん。この街を出れば、すぐに会えましょう」
僕達はサリョウさんに礼を言い、その街のような場所を後にした。彼はまた建物の中に戻って、何か準備を始めた。不思議な、人だった。
でも張り詰めていた緊張が、少し溶けた気がする。
「うわ、すごいよこの道、地面が雲に浮かんでる」
「おお……天界だ」
呑気なことを言いながら、道の先を見ると、遥か遠いところには確かに、何か巨大な建造物が見える。あそこに行けば、オレスティアに会えるということか。何だ、意外とすんなり行けるかも?
「フェイさん!」
「はいっ!?」
無論そんなことはない。唐突に、僕達の頭上からボーリング玉ほどの複雑な立体が落ちてきたのだ。きらきらと虹色の光を放つ、透明の物体だ。
それは目の前の地面に突き刺さり、変な角度で静止する。
「なん……?」
「危ない!」
そして、そこからは一瞬だった。その立体の表層がペリペリと剥がれ始め、紙のようになり周囲に拡散していく。
反射的にリルちゃんやメアニー、そしてティカがこちらへ来る煌めきの波に向けて攻撃を放つも、量が凄まじい。
「う、ぐ……」
耳の横を通ると聞いたこともない音がする。それに匂いも……。僕達は身を寄せ合い、 離れないようにした。徐々に、ゆっくりとその煌めきは収まっていき、僕達は目を開ける。
「う、目が……まだ、よく見えないな。三人とも、大丈夫?」
「ああ」
「問題ないよ」
「大丈夫です」
徐々に景色が見えてくる。僕達の周囲はどうやら、キラキラと光る水晶のようなものに囲まれているようだ。足元が若干おぼつかない。下を見てみると、水晶がハニカム状に密集しているようだ。
「これは……空間が転移したのかな」
「分からないね。でも、道が真っ直ぐ続いているし、進んでみたらどうかな。この辺りは壁の透明度が低くて、何も見えないし」
確かに、辺りを見渡してみてもそこにあるのは曇りガラスのような壁のみだ。天井を見てみると、何か刺々しいウニのような水晶が、星のようにぐるぐる動いているが……。
「おや、道がひらけていますよ」
リルちゃんが指さす先は、広場のようになっていた。よく見ると、地面の所々に赤い水晶が生えている。
「これは……?」
手に取って見てみると、ほのかに温かい。何だろう、これは。
「ねえ、皆……」
三人の方を振り返って、意見を求めようとした。三人はこちらを向いている。しかし、僕はその後ろに、もう一人立っているのを見つけてビクッとする。
それは、頭がくり抜かれて水晶が浮かんでいる人間という表現が妥当な存在で、こちらを向いているようだった。
「あっ!」
明らかな脅威だと直感した僕は、三人を振り向かせようと指を指して声を上げようとした……のだが、それと全く同じ行動を、メアニーが僕の背後に向けてやった。
僕は振り向く。
そこには、異様な奇怪な生物がいた。
長さは大体5mほどのミミズのような胴体で、半透明だ。頭部と尾部を除く身体のすべての部分から、金属のような棘が地面に向かって数十本、天井に向かって数十本生えている。
その地面に刺さっている棘を器用に動かし、歩行している。
「何だこの化物……」
ここが本当に天界なのだろうかと疑問に思うほど異様な生物だ。その生物は、僕達を感知したようで、こちらを向くような素振りを見せる。
目はなく、穴のような口だけがある頭部がこちらを向く。
「フェイ、早くこっちに! 危険だ」
「う、うん」
三人の元へ急いで戻ると同時に、その生物が動き出す。上を向いている棘から、耳をつんざくような音と共に眩い光線が放たれた。それはほとんどが床や壁、天井にぶつかる。
「外したようですね、こちらから攻撃しますか」
「いや、待って……?」
その光線は、よく見るとそこらじゅうで乱反射を繰り返しているように見える。僕は直感的に危険だと判断し、全員をその場に伏せさせる。
「うわっ!」
光線は全てが僕達の周囲に収束し、貫こうとしてきた。僕は間一髪で何とか回避できたが、ティカが太ももを貫かれてしまった。
「ティカ……」
「問題ない。再生する。それより、どうする。厄介だぞ」
水晶生物は、天井を登り、さらなる攻撃を仕掛けようとしてきている。だが、倒せないほどじゃない。僕達四人なら、この生物ぐらいは倒せる。
じゃなければこの後が大変だ。
「大丈夫この一体だけなら……」
「いや、下をよく見ろ」
「え? うわ!?」
天井や床、そして壁。あの光線が通ったすべての部分から、水晶生物が這い出してきている。数にしておよそ数十体……前言撤回、これは、厄介だ……!
「……三人は、温存して。僕が……」
「待って、まだ、何か来る!」
耳を澄ます。すると僕達のいる入り口とは反対側の方から、こちらに何かが向かって来る音がする。途端に僕は、不思議な予感がした。悪い予感、とはまた違う。これは、そう、マイさんに会った時のような……
「おお、何だこの生き物!」
「湧いてるね」
二人だ。両方とも性別の分かりづらい声だが……。
「面白い! 実に興味深い。どう倒すのだろうな!」
「何にせよ足場に死体を置くように。見聞したい」
二人がかちゃりと、剣らしきものを構える。二人は流れるように壁を走り、剣を振るう。遠くからでは振り回しているように見えるが、しかし驚くほど効率よく動かなくなった水晶生物が広間に積み上げられていく。
「彼らは、天界の……?」
「分からない、けど……」
水晶生物を見てみる。どこを切ったのか分からないほど丁寧に正確に切られている。二人は全てを切り終え、着地した。そして僕達の方へ、走り込んでくる。
「うわ、こっち来た!」
颯爽と二人は僕達の前で停止し、にやりと不気味な笑みを浮かべた。二人をよく見てみる。一人は緑色のマントを纏った人物で、大人の女性だ。黄色い髪で、鋭い目をしている。
もう一人は、部屋着のような、簡素な布のみの服装で、見た目の年齢が幼いのか、性別が判然としない。顔は……ん!?
「やあ、会えると思っていた。天界へようこそ」
「はっはっはっ。僕の前に立つとはいい度胸だな諸君。んん? この僕をどなたと心得る?」
「それ自分で言うの? それにこっちから前に立ったけど?」
「はっはっはっ」
尊大な態度で高笑いするその人物は、驚くべきことに、メアニーと全く同じ顔をしていた。背丈も、体格も、何から何までそっくりである。
「……まさか」
メアニーの国を思い出す。彼女の国では必ず国王は国一番の強者であり、生まれてくる子供はほぼ必ず姫となる。しかし、ごく希に、男が生まれる。その者は、究極の王であり、全てを治めるという。その伝承を思い出す。
「僕はティー二。唯一の真なる王だ。天界へようこそ、若輩諸君」




