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帰る場所は海の底  作者: cat-run
第一章 海底世界

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第七話 カギ

第一章 海底世界

       第七話 カギ


 辺りがすっかり暗くなった頃。


 マールは王城の正門前で、二匹のイルカーと戯れていた。


 しばらくすると、閉ざされていた正門がゆっくりと開く。


 その奥から、衛兵とともに一人の少年が姿を現した。


「ごめん、遅くなった」


 カイは申し訳なさそうに頭を下げる。


「うまくいった?」


 マールが単刀直入に尋ねる。


 カイは困ったような、笑ったような、なんとも言えない表情を浮かべた。


「まあ……うん」


 そして、王城でのプロテウスとのやり取りを説明した。


「……そっか」


 話を聞き終えたマールも、なんとも言えない表情になる。


 ――自分のために、そこまでしてくれたのか?


 そう聞きたかった。


 けれど、聞けなかった。


 そんなマールの気持ちを察したのか、カイは努めて明るく振る舞う。


「ゴールへの道筋がわかったんだ。それだけで十分だよ」


「……うん」


 カイの心遣いに、マールも少しだけ救われた気がした。


「カイ、これからどうするの?」


「詳しいことは、また明日説明してくれるらしいから……今はまだ、無一文のホームレスだよ」


 カイが肩をすくめる。


「だったら、今夜は私の家に泊まっていくといいわ」


「……え?」


 突然の言葉に、カイは目を丸くして固まった。


「……?」


 マールは首を傾げる。


 何か変なことを言ったかな?


 しばらくの沈黙の後、カイは我に返ったように口を開いた。


「ありがとう。助かるよ」


 どこかおぼつかない返事だった。


 ――やばい、やばい、やばい!


 女子の家に泊めてもらうことになってしまった。


 傍から見れば、イルカーに乗りながら平然としているカイ。


 しかし、その内心は大パニックだった。


 カイは女子どころか、男子の友達の家にすら行ったことがない。


 マールは、自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にかイルカーの停留所へ到着していた。


 すっかり夜も更けている。


「今日は頑張ってくれたね」


 マールはイルカーたちに餌を与える。


「ちょっと無理させちゃったしね」


 カイも礼を言うように、秋刀魚を差し出した。


 二匹のイルカーは、それを美味しそうに頬張っている。


「……なんか可愛いな」


「でしょ?」


 二人はイルカーを見送ると、マールの家へ向かって歩き始めた。


 マールの家は、停留所から少し離れた場所にあるらしい。


 静かな夜道を、二人並んで歩く。


 ――こういうとき、何を話せばいいんだ?


 カイは困っていた。


 とりあえず、この世界についてもっと聞いてみよう。


 そう思い、口を開きかけた。


 そのときだった。


「……?」


 前方に、人影が見えた。


 暗闇の中では、よく姿が見えない。


 だが、その人影は徐々に大きくなっていく。


 やがて街灯の下に入り、その姿がはっきりと見えた。


 男だった。


 二十代後半ほどに見える。


 黒髪のマッシュルームヘアで、身長は平均的。


 そして何より目についたのは、その服装だった。


 王城で見た衛兵たちと同じ隊服を着ている。


 胸には、あのバッジも付いていた。


「……?」


 だが、何かが違う。


 王城で見た衛兵たちのバッジは、赤い光を放っていた。


 それに対して、目の前の男のバッジは――


 青緑色。


 淡い光を放っている。


 そしてもう一つ。


 男の腰には剣が差されていた。


 刀身は鞘に収まっていて見えない。


 それでも、金色に輝く柄を見るだけで、かなり立派な剣であることがわかった。


 ――できれば、何事もなくすれ違いたい。


 カイがそう願った、そのとき。


 男が、カイたちの四メートルほど手前で足を止めた。


 その反応を見て、カイたちも立ち止まる。


「こんな夜分に、どこかへお出かけですか?」


 男が口を開いた。


「王城からの帰りですけど……」


 長所とも短所とも言えるほど素直なマールは、嘘偽りなく答える。


「王城に何かご用事が?」


「プロテウス様と面会していまして……」


 今度はカイも会話に加わった。


 男は少し怪しむような目を向けた。


 しかし――


「左様でございましたか。失礼しました」


 すぐに丁寧な口調へ戻る。


「なにぶん、最近は地底人も活発に動いているようでして。現在、警備を強化しているところなのです」


「そうだったんですか」


「はい。それでは、お気をつけて」


「それじゃあ、もう帰らないと……」


 カイはマールを連れて、早々にその場を立ち去ろうとする。


 ――触らぬ神に祟りなし。


 男も、二人を止める様子はない。


 そのまま通り過ぎようとした。


 ――その瞬間。


「プロテウス様が言っていたのは、君のことかな?」


「カギにならないように、気をつけたほうがいい」


「……は?」


 意味がわからない。


「カギって……何言って――」


 カイが振り返る。


 だが――


 そこには、もう誰もいなかった。


「……」


 カイはしばらく、その場に立ち尽くした。


 鍵?


 何のことだ?


 何かが、自分の知らないところで蠢いている。


 そんな嫌な予感とともに、一筋の汗が頬を伝った。


「着いたよ、カイ」


「……え?」


 マールの声で我に返る。


 いつの間にか、目の前には一軒のアパートがあった。


◇


 マールの家は、一人暮らしの象徴とも言えるようなアパートだった。


 ――まあ、かなり年季は入っている。


「……人だって、アパートだって、外見より中身だ」


 思わず口に出してしまう。


「カイ、何言ってるの?」


 マールが苦笑する。


「疲れてるでしょ? 早く入ろ」


「……はい」


 階段を上がり、マールの後に続いて部屋へ入る。


 部屋の中はきちんと整理されていた。


 ただ、壁や床の古さまでは隠しきれない。


「ごめんね。汚くて」


「ううん。全然いい部屋だと思うよ」


 贅沢など言える立場ではない。


 泊めてもらえるだけで、十分ありがたかった。


「で、俺はどこで寝れば?」


「ちょっと待ってて……」


 そう言って、マールは部屋の中央へ移動する。


 そして――


 手をかざした。


「……?」


 次の瞬間。


 マールの手元が淡く光った。


 その光とともに、サッカーボールほどの大きさをした水の玉が、宙に現れる。


「……え?」


 カイが目を見開く。


 マールは、その水の玉を床へ投げつけた。


 普通なら、水が周囲に飛び散るはずだった。


 しかし――


「……!」


 水は飛び散らなかった。


 床に落ちた瞬間、形を変えていく。


 みるみるうちに大きくなり、人一人が寝られるほどの楕円形へと姿を変えた。


「何これ――⁉︎」


 思わず大声を上げるカイ。


 目の前の光景を、脳が処理しきれない。


「しっ!」


 マールは慌てて人差し指を口元に当てる。


「静かに!」


「……何これ?」


 今度は小声で尋ねる。


「明日になれば、きっとわかるから」


 マールはそう言って、少し困ったように笑った。


「今日はもう、早く寝よ」


「いや、こんなの見せられて寝られるわけ――」


 興奮と困惑で、とても眠れそうにない。


 そんなカイに、マールはもう一度念を押す。


「あと、このことは他の人には絶対に内緒にして」


「……わかった」


 カイはこくりと頷いた。


 それを見たマールは、安心したように笑う。


「約束だからね」


 カイは頷き返す。


 そして、マールが作ったベッドへ横になった。


 百パーセント水分でできているはずなのに、身体が沈み込むこともない。


 ひんやりとしていて、それでいて柔らかい。


「……何これ。めちゃくちゃ寝心地いい」


 今日一日で、あまりにも多くのことが起きた。


 王と話した。


 地底人の存在を知った。


 海衛団に入ることを決めた。


 そして、正体のわからない男から意味深な言葉を投げかけられた。


 さらに今度は、マールが水からベッドを作った。


 濃厚すぎる一日だった。


 さすがに疲労には勝てない。


 カイは水のベッドに身を預けると、すぐに眠りへ落ちていった。


「おやすみ、カイ」


 マールは眠りについたカイを見届ける。


 そして、自分の分のベッドを作ると、静かに横になった。


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