第六話 選択
第一章 海底世界
第六話 選択
プロテウスは、まじまじとカイの顔を見つめていた。
何かを考えているようにも見える。
その視線に耐えきれなくなりそうになりながら、カイは口を開いた。
「お初にお目にかかります。カイと申します。本日は、プロテウス様にお尋ねしたいことがあり、参りました」
そう言って、膝をつく。
礼儀作法など、よくわかっていない。
それでも王を前にしている以上、できる限りの敬意を示そうと、カイは必死に頭を働かせていた。
――次は、何を言えばいい?
いきなり本題に入っていいのか?
そもそも、王様との会話ってどうするんだ?
様々な考えが頭の中を駆け巡り、しばらく沈黙が続く。
「立ち話もなんだ。そこに座れ」
先に沈黙を破ったのは、プロテウスだった。
部屋の右側に設けられた応接間を指差す。
「失礼いたします」
促されるまま、カイは長椅子へ腰を下ろした。
海底王と向かい合って座る。
それだけで、さっきまで以上に緊張が増した。
すると、召使いらしき人物が二人の前に紅茶らしき飲み物を差し出した。
「失礼いたします」
召使いが一礼し、部屋の端へ戻っていく。
「カイと言ったか?」
「はい」
「其方は、一体何を知りたいのだ?」
ありがたいことに、向こうから本題を投げかけてくれた。
「お伺いしたいのは――地上への戻り方です」
はっきりと伝える。
すると、プロテウスは目を細めた。
「地上へ行きたいのか?」
カイは、こくりと頷いた。
そして、ここへ来るまでの経緯を説明する。
自分がどうして海底世界へ来たのか。
そして、マールと出会ったこと。
彼女と一緒に地上へ戻りたいということ。
「マールという少女と一緒に、地上へ帰りたい……か」
プロテウスは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。
そして――
「地上へ戻る方法はある」
「……!」
「あるんですか⁉︎」
思わず身を乗り出す。
その反応を見たプロテウスは、何かを考えるようにカイを見つめた。
そして、口角がほんのわずかに上がる。
――悪巧みをしている。
カイは直感的にそう思った。
慌てて長椅子に座り直す。
「ここは、交換条件といこうではないか」
「……」
なんとなくしていた予想が、当たってしまった。
「えっと……俺は何をすれば?」
「最近、この海底王国に攻め入ろうとしてくる輩がいるのだ」
プロテウスの声が、少し低くなる。
「奴らは、オーシャンドームと結界の間に数多く潜んでいる」
「それって……」
「地底人だ」
「……!」
地底人。
海底人が存在する以上、そういう存在がいてもおかしくはない。
――いや、本当にそうなのか?
カイの頭の中に疑問が浮かぶ。
「まだ正確な根城は掴めていない。だが、海底王国を脅かす存在として、排除対象としている」
「それで……俺は何を?」
嫌な予感がした。
プロテウスは淡々と告げる。
「そのために、海衛団という組織がある」
「海衛団?」
初めて聞く名前だった。
「海衛団とは、その名の通り、海底王国の平和を守る存在だ」
「平和を守る……」
なるほど。
地上世界でいう警察のようなものか。
街の治安を維持し、事件や争いに対応する。
ただ、それだけではないらしい。
「もっとも、海衛団の役割はそれだけではない」
プロテウスが続ける。
「海底王国の警備や危険区域の監視、外敵への対処なども担っている。言わば、この国を守るための組織だ」
警察というより、警察と軍隊の中間のような存在なのだろう。
そして今、その海衛団が地底人への対処に当たっている。
「其方には、その海衛団に入団してもらう」
「……え?」
「地底人の捜索。そして、必要とあらば戦闘をしてもらう」
「ちょっと、お待ちください」
あまりにも多くの情報が、一気に押し寄せてくる。
頭がパンクしそうだった。
地底人。
海衛団。
そして――戦闘。
「其方にとっても、悪い話ではない」
プロテウスは続ける。
「地底人の捜索が、地上へ出る手がかりにつながるからな」
「……どういうことですか?」
「いずれわかる」
その言葉に、カイは眉をひそめた。
だが、プロテウスはそれ以上説明する気はないらしい。
「私は海底王国を守りたい」
プロテウスは紅茶らしき飲み物を口に含み、ゆっくりと一息つく。
「其方は地上へ戻りたい」
カップを置く。
「これほど良好な交換条件もないと思うがな」
「……」
確かに、理屈だけなら筋は通っている。
そしてプロテウスは、さらに追い打ちをかけるように言った。
「話を聞いたところによると、住む場所も、食い物も、金すらもないと見える」
「……」
「海衛団に入団すれば、居住施設と毎日三食の食事、その他生活基盤を整えることを約束しよう」
魅力的な条件だった。
だが――
「すみません」
カイは顔を上げた。
「考える時間をいただけないでしょうか」
「……よかろう」
プロテウスは静かに頷いた。
カイは目を閉じる。
頭の中を整理する。
もし、本当に地底人と戦うことになったら――安全など保証されない。
そもそも、戦闘経験なんてない。
そんな自分が、誰かと戦えるのか。
怖い。
正直に言えば、逃げたい。
この話を断って、別の方法を探すことだってできるかもしれない。
だったら――
「ありがとう! カイ」
ふと、マールの声が蘇った。
あのときの笑顔。
あの言葉。
そして――
『私は、地上に出て幸せを知りたい!』
約束したじゃないか。
一緒に地上を見ようと。
だったら――
助けられた恩を何も返さないまま、尻尾を巻いて逃げるのか?
地上へ戻ることだけを考えて、彼女を置いていくのか?
「……」
カイは拳を握った。
怖い。
それでも。
行き着く先が同じなら――
醜くてもいい。
無様でもいい。
最後まで、抗ってやる。
カイはゆっくりと顔を上げた。
「やります」
声は、震えていた。
それでも、言葉ははっきりしていた。
「俺は戦います」
決意した。
地上へ戻るために。
そして――
あのとき、自分を救ってくれた少女を。
今度は、自分が助けるために。




