第五十七話 デート
第六章 海底神殿
第五十七話 デート
コンコンコン。
「はーい」
そう返事をすると、目の前のドアがゆっくりと開いた。
中から、エメラルドグリーンの瞳を持つ、かわいらしい顔がのぞく。
その顔がこちらを見た瞬間、ぱっと笑顔になった。
「ただいま、マール」
「カイ!……おかえりなさい!」
マールに迎えられ、カイは部屋へ入る。
二人は机を囲むようにして座った。
机の上には、こんがりと焼かれた鯛の丸焼きが並んでいる。
「いや〜、突然押しかけてごめんね」
「いいの、いいの。ここに帰ってきていいって言ったのは私なんだから」
「いっただっきまーす!」
カイは手を合わせると、勢いよく鯛にかぶりついた。
ガツガツと鯛を食べながら、これまでの経緯をマールに説明していく。
「それで、これから海底神殿へ向かうってこと⁉︎」
「ああ、そうなんだ」
「そうなんだって……。海底神殿って、すごく危険なところなんでしょ⁉︎」
「あいいょううあよ。あーう」
「……何言ってるの?」
口いっぱいに鯛を頬張ったまま、カイは必死に答える。
「あーう」
「もう……。ちゃんと飲み込んでから話して」
そう言われ、カイは慌てて鯛の身を飲み込んだ。
「大丈夫だよ、マール。俺はもう負けない。それに……ポートから逃げたくはない」
「……そう」
マールは小さく返事をする。
何かまずいことを言ってしまっただろうか……。
カイがそんなことを考えていると、マールが顔を上げた。
「ねえ、このあと時間ある?」
「え、うん」
「ちょっと一緒に買い物行こ!」
「…………」
デートイベントきたーー!
内心では心臓が跳ね上がり、治ったはずのタラッサから受けた傷まで軋み出す。
「ぐはっ!」
「大丈夫? やっぱりやめ――」
「めっちゃ元気です! 行きましょう!」
こうして二人は街へ出ることになった。
街中をマールと並んで歩く。
まだマールには、海子のことを話さないでおこう。
余計な心配をかけたくない。
「うえっ⁉︎」
そのとき、浮かれすぎていたカイが、前から歩いてきた子供にぶつかりそうになる。
慌てて身をかわしたものの――
「うわっ!」
勢い余って、そのまま転んでしまった。
「だ、大丈夫?」
「ぜんぜん。ぜんぜん」
カイはすぐに立ち上がる。
気の緩みがひどい。
気をつけよ……。
一通り買い物を済ませたところで、マールがカイに声をかけた。
「ねえ、カイ。もう一箇所、寄りたいところがあるの」
「いいよ。行こっか」
マールに連れられるがまま、カイは歩き出した。
建物の間を縫うようにして、どんどん奥へ進んでいく。
やがて二人は、人の気配がほとんどない空き地へとたどり着いた。
「えっと……ここは?」
マールがここへ来た目的が、さっぱりわからない。
「あのね。うちは狭いし、ここは人がいないから……」
「まさか……」
こ、こここここ告――。
「カイに教えておきたいことがあって……」
「ん? 教えておきたいこと?」
……なんか、話の方向がずれ始めた。
「カイって多分、治癒能力が使えないでしょ?」
「へ? 治癒能力?」
「そう。アクアエネルギーをうまく使えれば、生き物を治癒することができるの」
「そんな能力、聞いたことないけど……」
「うん。ちょっと技術が必要でみんながみんな使えるわけじゃないの。でも、もしかしたらカイなら使えるかもって……」
そう言って、マールはカイの手を見る。
「手を出して。さっき擦りむいたでしょ?」
「あ、うん」
言われるがまま、カイは手を差し出す。
マールはカイの手の上に、自分の手をかざした。
すると、その手のひらから小さな水の球が生まれる。
今ならわかる。
この水の球には、大量のアクアエネルギーが凝縮されている。
マールはその水の球を、優しく手で包み込んだ。
すると水の球がゆっくりと潰れ、霧状になってカイの手へ降り注いでいく。
「す……すごい」
擦り傷が少しずつ塞がっていく。
そして、やがて――跡形もなく消えた。
「これでよし」
マールがこちらに向かって笑いかける。
「こんな術、初めて見た……」
アスターンからも、治癒能力については一度も聞いたことがない。
「カイには、この力を習得してほしいの」
マールはそう言って、カイをまっすぐ見つめる。
「だから、約束して」
そして、ゆっくりとカイに歩み寄った。
「無事に帰ってきてね」
俺はダメだな……。
マールに心配ばっかりかけてしまっている。
「うん。必ず」
カイはマールの手を握り、強く返事をした。
第五十六話 海子
治療所には、カイとデニズが向かい合って座っていた。
少しだけ、空気が重く感じられる。
「海底王国には、いろいろと伝説があるんだ。それも、その一つに当てはまる」
そう前置きした後、一呼吸置いてデニズは続ける。
「その伝説は、『海子伝説』として語り継がれている」
「ウミゴ伝説?」
「ああ。この地球には、俺たち海底人が使っているアクアエネルギーや、地底人が使用するグランドエネルギー。他にもフレイムエネルギー、ライトエネルギーといった、四大エネルギーと呼ばれるものが存在する」
カイは黙って耳を傾ける。
「ただ、それとは別に、地上にしか存在しないエネルギーがあるんだ」
「それは、アースエネルギーと呼ばれている」
「アースエネルギー……?」
「アースエネルギーは地上人の生きる源で、それがなくなると生命活動が停止するとも言われている」
デニズは一度言葉を切る。
「そんなアースエネルギーは、どのエネルギーよりも強大な力を持っているんだ」
「地上では約十年に一度、アースエネルギーに選ばれた子供が生まれることがある」
「選ばれた子供って……」
「本来、生き物が取り込めるエネルギー量には上限が存在する。だが、その子供は他のどんな生物よりも多くのエネルギーを取り込むことができる」
「アクアエネルギーは、ほとんどのものが扱える。だが、他のエネルギーは人を選ぶ。すべてのエネルギーを所有する者は、まずいない」
デニズはカイを見つめる。
「その子供以外はな」
「……」
「すべてのエネルギーをものにして、凄まじい量を取り込むことができる子供を、この世界では『海子』と呼んでいるんだ」
「海子には、たった一つだけ特徴がある」
そう言って、デニズが一本の指を立てる。
「それは……?」
カイが恐る恐る尋ねる。
「それは――エメラルドグリーンの瞳を持っているということだ」
ごくり。
カイは唾を呑み込んだ。
エメラルドグリーンに輝く瞳が、揺れる。
「そんな……まさか……」
「海子は、言った通り地上でしか生まれない」
デニズは淡々と話を続ける。
「その地上で生まれた海子が海底世界に落ちてくる可能性は、限りなく低い。だから海底人や地底人にとっては、大変珍しい逸材なんだ」
その瞬間。
カイの脳内に、もう一人の顔が浮かんだ。
エメラルドグリーンの瞳。
「マール……」
デニズは、静かに頷いた。
テラが俺とマールを狙っていた理由に、ようやく合点がいった。
「マールのことは、前々から俺や部下が護衛をしていたんだ」
「あっ……」
その言葉と、カイの記憶が繋がった。
デニズと初めて会った時は、マールと一緒に王城から帰っていた時だ。
それに、テラの襲撃にいち早く駆けつけたのもデニズだと聞いている。
決して、偶然などではなかったのだ。
「初めてお前と会った時は驚いたさ。海子が二人並んで歩いているんだから……」
「本当に、すごい偶然ですね」
「あの……もしかして、それと『カギ』が関係してるんですか?」
それを聞いて、デニズは少し顔を綻ばせる。
「ああ、それか」
少し間を置いて、デニズは続けた。
「お前ら海子は、海底王国にとって失ってはならない貴重な逸材だ。つまり――キーマンってことだ」
「そういうことなんですか?」
「ああ。カイやマールは、この先も地底人に狙われることになると思う。それでもいいか?」
「はい。マールのことをよろしくお願いします」
カイが深々と頭を下げる。
「わかってる。カイの方こそ、もし神殿へ向かうなら、これまで以上に気を引き締めろ」
「はい」
「時間があれば、稽古もしてやる」
「本当ですか⁉︎」
「流石に教える面では、アスターン師匠には敵わないがな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「もう夜も遅い。さっさと寝ろ」
そう言って、デニズは治療室を後にした。
それと入れ替わるように、ボアが入ってくる。
「あの……。なんか僕だけ完全に置いてけぼりな気がするんですけど……」
そう言って、ボアは不満を垂れていた。
その頃、治療所を後にしたデニズは、一人で廊下を歩いていた。
「カイ……」
デニズは足を止める。
「まだ本当のことを話すわけにはいかない。悪く思うなよ」




