第五十六話 海子
第六章 海底神殿
第五十六話 海子
治療所には、カイとデニズが向かい合って座っていた。
少しだけ、空気が重く感じられる。
「海底王国には、いろいろと伝説があるんだ。それも、その一つに当てはまる」
そう前置きした後、一呼吸置いてデニズは続ける。
「その伝説は、『海子伝説』として語り継がれている」
「ウミゴ伝説?」
「ああ。この地球には、俺たち海底人が使っているアクアエネルギーや、地底人が使用するグランドエネルギー。他にもフレイムエネルギー、ライトエネルギーといった、四大エネルギーと呼ばれるものが存在する」
カイは黙って耳を傾ける。
「ただ、それとは別に、地上にしか存在しないエネルギーがあるんだ」
「それは、アースエネルギーと呼ばれている」
「アースエネルギー……?」
「アースエネルギーは地上人の生きる源で、それがなくなると生命活動が停止するとも言われている」
デニズは一度言葉を切る。
「そんなアースエネルギーは、どのエネルギーよりも強大な力を持っているんだ」
「地上では約十年に一度、アースエネルギーに選ばれた子供が生まれることがある」
「選ばれた子供って……」
「本来、生き物が取り込めるエネルギー量には上限が存在する。だが、その子供は他のどんな生物よりも多くのエネルギーを取り込むことができる」
「アクアエネルギーは、ほとんどのものが扱える。だが、他のエネルギーは人を選ぶ。すべてのエネルギーを所有する者は、まずいない」
デニズはカイを見つめる。
「その子供以外はな」
「……」
「すべてのエネルギーをものにして、凄まじい量を取り込むことができる子供を、この世界では『海子』と呼んでいるんだ」
「海子には、たった一つだけ特徴がある」
そう言って、デニズが一本の指を立てる。
「それは……?」
カイが恐る恐る尋ねる。
「それは――エメラルドグリーンの瞳を持っているということだ」
ごくり。
カイは唾を呑み込んだ。
エメラルドグリーンに輝く瞳が、揺れる。
「そんな……まさか……」
「海子は、言った通り地上でしか生まれない」
デニズは淡々と話を続ける。
「その地上で生まれた海子が海底世界に落ちてくる可能性は、限りなく低い。だから海底人や地底人にとっては、大変珍しい逸材なんだ」
その瞬間。
カイの脳内に、もう一人の顔が浮かんだ。
エメラルドグリーンの瞳。
「マール……」
デニズは、静かに頷いた。
テラが俺とマールを狙っていた理由に、ようやく合点がいった。
「マールのことは、前々から俺や部下が護衛をしていたんだ」
「あっ……」
その言葉と、カイの記憶が繋がった。
デニズと初めて会った時は、マールと一緒に王城から帰っていた時だ。
それに、テラの襲撃にいち早く駆けつけたのもデニズだと聞いている。
決して、偶然などではなかったのだ。
「初めてお前と会った時は驚いたさ。海子が二人並んで歩いているんだから……」
「本当に、すごい偶然ですね」
「あの……もしかして、それと『カギ』が関係してるんですか?」
それを聞いて、デニズは少し顔を綻ばせる。
「ああ、それか」
少し間を置いて、デニズは続けた。
「お前ら海子は、海底王国にとって失ってはならない貴重な逸材だ。つまり――キーマンってことだ」
「そういうことなんですか?」
「ああ。カイやマールは、この先も地底人に狙われることになると思う。それでもいいか?」
「はい。マールのことをよろしくお願いします」
カイが深々と頭を下げる。
「わかってる。カイの方こそ、もし神殿へ向かうなら、これまで以上に気を引き締めろ」
「はい」
「時間があれば、稽古もしてやる」
「本当ですか⁉︎」
「流石に教える面では、アスターン師匠には敵わないがな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「もう夜も遅い。さっさと寝ろ」
そう言って、デニズは治療室を後にした。
それと入れ替わるように、ボアが入ってくる。
「あの……。なんか僕だけ完全に置いてけぼりな気がするんですけど……」
そう言って、ボアは不満を垂れていた。
その頃、治療所を後にしたデニズは、一人で廊下を歩いていた。
「カイ……」
デニズは足を止める。
「まだ本当のことを話すわけにはいかない。悪く思うなよ」




