第五十四話 決別
第五章 手記の記憶
第五十四話 決別
戦いから三日後。
歩けるまでに回復したタコ郎は、タラッサの病室の戸を叩いた。
「タラッサ、いいか?」
「ああ……うん」
中から、力のない返事が返ってくる。
タラッサはベッドに横になっていた。
外傷こそほとんどなかったが、精神的なダメージは計り知れない。
タコ郎だとわかると、タラッサはゆっくりと上体を起こした。
「なあ、タラッ……」
「すみません。全部、俺のせいです」
タコ郎の言葉を遮るように、タラッサがボソボソと呟く。
「違うん……」
「全部、俺のせいです」
「タラッサ!」
タコ郎が強く名前を呼ぶ。
「事情はわかっている。お前のせいでは決してない。立ち直れなんて偉そうなことは言えないが……大事なのは、これからだ」
「……」
タラッサは黙ったまま、俯いている。
「タコ郎さん。俺を殺してください。海衛団として」
「……!」
「バカ言うんじゃない。お前がブラインを悪意で殺したわけじゃないんだろ!」
「それでも……。俺は人を殺めました。それに、親友を……」
「タラッサ……」
タコ郎は一度言葉を切る。
「さっきも言ったが、大事なのは、これからどう変わるかだ。俯いたってブラインは生き返らない。お前の罪が消えるわけでもない。だが、誰もお前を責めちゃいない。まだ、やり直せる」
「俺がバカで、判断を誤ったせいで親友を死なせた。存在するのは、この事実だけです!」
タラッサの声が震える。
「俺はどう足掻いても、殺人鬼から変われない!」
「お前は殺人鬼なんかじゃない」
タコ郎は、まっすぐにタラッサを見る。
「お前は誰よりも仲間思いの海衛団だ」
「……」
しばらく沈黙が続く。
「少し……頭を冷やします」
力なくそう言うと、タラッサは再びベッドに横になった。
タコ郎は、それ以上何も言わず、静かに部屋を後にした。
廊下に出ると、ちょうどこちらへ向かってアスターンが歩いてくるところだった。
「タコ郎……。助けてやれずに申し訳なかった。俺は隊長失格だ」
「どうか、お気になさらないでください」
頭を下げるアスターンに、タコ郎は静かに返す。
「アスターン隊長。お願いがあります」
「ああ。わかっている」
一呼吸置いて、タコ郎は自分の口で伝えた。
「俺を、一から鍛え直してください」
予想通りの答えを聞いたかのように、アスターンは迷いなく頷いた。
「いいだろう」
「それと……」
タコ郎は少しだけ言葉に詰まる。
「もし、タラッサが立ち直ることができたなら……彼も鍛えてあげてください」
「ああ」
「改めて、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
そしてアスターンの横を通り、自室へと戻っていった。
強くなる。
強くならないと、ブラインに示しがつかない。
そう、固く決意した。
五年後――。
「戦士タコ郎。其方を海衛団第三部隊隊長に任命する。これからも国のためにその身を削り、隊長の名に恥じぬように戦うように」
「はっ!」
アンカーの大広間。
そこには、プロテウスの前に跪くタコ郎の姿があった。
あれからアスターンと共に己を鍛えに鍛えたタコ郎は、とうとう隊長にまで昇格した。
そして、その隣にはもう一人の姿があった。
「戦士タラッサ。其方を海衛団第五部隊隊長に任命する。これからも国のためにその身を削り、隊長の名に何恥じぬように戦うように」
「はっ!」
隣には、タラッサの姿があった。
あれから立ち直り、タコ郎と共に訓練を重ねてきた仲間だ。
式典の後、軽い食事会が開かれた。
「おめでとう、タラッサ」
めかぶジュースを片手に、タコ郎はタラッサの元へ向かう。
「おめでとうございます、タコ郎さん」
「この五年は長かったような、短かったような……。何とも不思議な感じだ」
タコ郎は、これまでのことを思い出す。
「ここまで来れたのも、きっとブラインのおかげでしょうね」
「なあ、タラッサ。もう同じ階級で、ほぼ同期なんだ。いい加減、その敬語をやめてくれよ」
「……」
タラッサは少し考えるように黙り込む。
「わかった。タコ郎」
慣れない様子で、タラッサが口を開く。
「それでいいんだ」
「まあ、何だ。同じ隊長として、これからも共に頑張ろう」
そう言って、タラッサに向かって手を差し出す。
タラッサは、その手を力強く握り返した。
「ああ!」
二人の徽章は、青緑色に輝いていた。
隊長任命式から一年半後――。
南西エリアにて。
深海には、第五部隊の姿があった。
しかし、その部隊はほぼ壊滅状態だった。
周囲には隊員たちが倒れ、深海にある岩々も砕け散っている。
「あーはっはっは!」
甲高い笑い声が響き渡る。
「お主、やりよるのぅ」
海底に立つ人影は二人。
片方は、ボロボロになったタラッサ。
そして、もう一人は十歳ほどの少女だった。
「はあ、はあ、はあ……」
「もう限界が近いようじゃな……」
目の前にいるのは、戦いぶりからして地底人なのだろう。
タラッサがけしかけた海の生き物たちは、すでに全滅している。
「妾がお主に、いい提案をしてやろう」
「提案……だと?」
「妾の配下にならぬか?」
「配下……だと? 何を言っている」
「妾は地底国皇帝、タービダイトじゃ」
「⁉︎」
地底国皇帝だと?
なぜ、ここに?
「お前らの仲間になど、誰がなるものか!」
「一つ、お主の考えていることを当ててみせよう。海衛団の居心地が悪いんじゃろ?」
「……」
「図星のようじゃな」
「お主は過去に友人を殺めてしまった自分が、どんな顔をして過ごせばいいのかわからないのじゃろ?」
「……黙れ」
「ならば、我らの仲間となればいいのじゃ」
「……違う、そうじゃない」
過去の記憶が、鮮明に脳裏へ浮かぶ。
「プロテウスの本当の目的を聞けば、どちらの選択が良いか、どんな阿呆でもわかるじゃろ」
「は? 本当の……目的?」
「プロテウスは……」
その後、海衛団第五部隊は行方不明となり、のちに除隊扱いとなった。
第五部隊の行方は、誰も知らない。
同刻、第二拠点にて。
「ブライン、必ずお前の無念を晴らす。その時まで、どうか安らかに……」
タコ郎は拠点の窓から夜空を見上げ、独り言をこぼした。
コンコンコン。
ドアをノックする音が響く。
目を覚ますと、タコ郎は机にうつ伏せになっていた。
寝てしまったか。
机には、枕代わりにしていた手記が置かれている。
「ブライン……」
コンコンコン!
さっきよりも強く、ドアが叩かれる。
「なんだ?」
扉が開き、カイがひょこっと顔を出す。
「おはようございます。タコ郎さん!」
「なんだ……兄ちゃんか……」
「俺たちはもう拠点を発ちます。短い間でしたが、お世話になりました」
「その顔だと、何をすべきかが明確になったようだな」
「何言ってるんですか。俺の目的は、最初から最後までマールと地上に帰ること。ただ一つです」
「へー、随分とお熱いな」
「ちょ、やめてくださいよ」
「よし、見送りだな」
そう言って立ち上がると、タコ郎はカイと共に一階へ向かった。




