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帰る場所は海の底  作者: cat-run
第一章 海底世界

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第四話 目指す場所は

      第一章 海底世界

       第四話 目指す場所は


 目を開けると、エメラルドグリーンの光が差し込んでいた。


 あれほど嫌っていた色が、今では不思議と心地よく感じる。


 ――それほどまでに、清々しい朝だった。


「おはよう! タコオヤジ!」


 隣のベッドに向かって、勢いよく挨拶する。


 しかし、そこに立っていたのは、クラゲのような頭をした看護師だった。


「タコ郎さんなら、日課の散歩に出かけましたよ」


「……タコ郎?」


 タコ郎さんが、タコオヤジのことだと理解するのに、四秒ほどかかった。


「散歩? 昨日も思いましたけど、随分と元気なんですね」


「今こそ元気ですけど、当院に運ばれてきたときは、かなり危険な状態でしたよ」


「……そうだったんですか」


 これ以上、詮索する必要はない。


 タコオヤジには挨拶くらいしておきたかったが、今は時間が惜しい。


 着替えと食事を済ませ、退院の手続きを終える。


 最後に看護師から王城の場所と行き方を教えてもらい、受付を抜けて外へ出た。


「……」


 そこに広がっていたのは、綺麗な空と、西洋風の建築物が立ち並ぶ街並みだった。


 ――初めて、この世界の外へ出た。


「あっ」


 不意に声が聞こえた。


 振り向くと、そこには花束を手にしたマールが立っていた。


 もう、あれきり会えないのではないか。


 そう思っていたからこそ、思わぬ再会に胸が少しだけ弾んだ。


 ……とはいえ、大袈裟に再会を喜んでいたのは、どうやらカイだけだったらしい。


 マールはただ、退院祝いに来てくれたようだった。


「退院おめでとう!」


 昨日は、ひどいことを言ってしまったのではないか。


 そんな思いが内心にあった。


 しかし、予想に反して、彼女はいつも通り明るかった。


「……昨日は、ごめん」


「?」


 マールが不思議そうな顔をする。


「その……昨日は、ひどいことを……」


「そんなことないよ。カイも混乱してたんだよね?」


「……」


 どこまでも彼女は温かかった。


 そして、尊かった。


「そんなことよりさ、ご飯食べない?」


 マールは花束を抱え直しながら、笑う。


「カイがこれからどうするのかも聞きたいし」


 その言葉には、聞き覚えがあった。


 けれど、もう嫌悪感は微塵も感じなかった。


「うん。行こうか」


 正直、病院で朝食を食べたばかりで、腹は空いていない。


 それでも、この機会を逃したら、彼女とはもう二度と会えないかもしれない。


 それに――聞きたいこともあった。


◇


「好きなもの頼んでいいよ」


「え?」


 思わず聞き返してしまう。


 マールは気にする様子もなく、メニューを開いた。


「何が好き?」


 目の前のメニューには、見たことのない料理の写真が並んでいる。


 不思議なことに、その多くは海鮮料理だった。


「……」


 何を頼めばいいのかわからず、固まってしまう。


 すると、マールは何かを察したように、


「おすすめはこれだけど……これでいい?」


「あ、うん」


 どうやら彼女には、カイが知らない土地で何を食べればいいのかわからず、迷っているように見えたらしい。


 料理を注文し終えると、マールが切り出した。


「で、これからカイはどうするの?」


「とりあえず、王城に行ってみようと思う」


「うん。それがいいと思う」


 マールは頷いた。


「でも、私が聞きたいのはそこじゃなくて……」


「?」


「カイは最終的に、どこで、何をしたいの?」


「……」


 痛いところを突かれてしまった。


 もともと、すべてを終わらせるつもりでここへ来た。


 ここで終わらせる。


 それだけのはずだった。


 ――だった。


 しかし、この二日間で、カイは今まで経験したことのないものを、いくつも経験した。


 本来なら、地上で経験するはずだったこと。


 誰かといっぱい話して。


 いっぱい笑って。


 嬉しいと思って。


 もちろん、面倒なこともあった。


 それでも――そんなことが、どうでもよくなってしまうくらいだった。


 そんなカイの背中を押すように、マールが口を開いた。


「私の話をするね」


 そして、ゆっくりと語り始める。


「薄々気づいているとは思うけれど、私は人間なの」


「物心つく前に、私は海へ捨てられた」


「理由はわからない。でも、そのせいで私は、地上がどんなところなのかを知らない」


 マールは少しだけ俯いた。


「幸か不幸か、海底世界に流れ着いた私は施設に入れられて、孤児として育てられた」


「正直言って、施設は最悪だった」


「最近ようやく施設を出られる年になって、一人暮らしを始めたけど……うまくいかないことも多くて」


「それに、海底王国の治安だって、決していいとは言えないの」


「……」


 何と言えばいいのか、カイにはわからなかった。


 何も言えないまま、ただ彼女の話を聞く。


 そんな沈黙を破るように、マールが顔を上げた。


「だからね!」


 その瞳には、強い光が宿っていた。


「私は、地上に出て知らない景色を見たい!家族を知りたい!幸せを知りたい!」


「……」


 突飛な発想だ。


 現実味なんて、ほとんどない。


 それでも――彼女が本気でそれを望んでいることだけは、その瞳を見ればわかった。


 だったら。


 自分が出すべき答えは、一つしかない。


「俺も……君と地上をもう一度見たい」


 言葉にした瞬間、自分の胸の奥で何かが動いた気がした。


「地上で……人生をやり直したい」


 現実味は薄い。


 もしかしたら、叶わないかもしれない。


 それでも。


 今のカイには、それ以上に望むものなんてなかった。


 ――これ以上のハッピーエンドは、きっとない。


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