第三話 歓迎
第一章 海底世界
第三話 歓迎
「すみません。面会時間が終了となりますので……」
クラゲのような頭をした、看護師らしき人物が病室へ入ってきた。
そして、マールに向かって申し訳なさそうに告げる。
「あぁ、すみません。すぐ戻ります」
マールはそう言って立ち上がる。
「その……ごめんね。お大事に」
マールは最後まで申し訳なさそうに頭を下げ、病室を後にした。
カイはその背中を見送る。
――なぜ、命を助けた側の彼女が、あんなにもペコペコと頭を下げるのだろう。
わけがわからない。
釈然としないまま、カイはベッドに背を預けた。
ふと窓の外へ目を向ける。
いつの間にか、空は紺色に染まり、淡い光を放っていた。
おそらく、夜になったのだろう。
「なあ、タコオヤジ。本当に俺はここから出られないのか?」
「誰がタコオヤジだ!」
隣では、先ほどまでカイの話を聞いていた男が、新聞らしきものを広げていた。
「ったく……当たり前だ。俺がガキの頃から、そう言い伝えられてる。それに、実際に試した奴も何人もいる」
どうやら「タコオヤジ」というあだ名がよほど気に入らないらしい。男は不満げに眉をひそめている。
しかし、カイはそんなことを気にする余裕もなく、思考を巡らせていた。
――やはり、諦めるしかないのだろうか。
せめて、死ぬ場所くらいは自分で決めさせてほしかった。
「だが……」
男が再び口を開く。
「プロテウス様なら、何かご存知かもしれない」
「プロテウス?」
「海底王国の国王だ」
男は、そんなことも知らないのかと言いたげな顔をする。
だが、カイの事情を察したのか、それ以上は何も言わなかった。
「国王か……でも、会うのは難しいだろ」
「俺たちのような奴ならな」
「?」
「お前ら人間が王城へ行けば、大体歓迎される」
「なんで?」
「……なぜだろうな」
よくわからない。
だが、歓迎されるというのなら、会わない理由もない。
そもそもカイには、他に頼れる相手などいなかった。
幸い、外傷はほとんどなかったらしく、身体はすでに問題なく動かせる。
医師によれば、明日には退院できるらしい。
明日の予定も決まったところで、カイは眠るために布団へ潜り込んだ。
数分が経った頃。
ふと、先ほどの男の言葉が頭に引っかかった。
――「お前ら人間」。
カイは、勝手にマールを人間だと思い込んでいた。
だが、本当にそうなのだろうか。
結界の中とはいえ、水中で自分を担ぎ上げ、そのまま海底王国まで運んだ。
そんなことが、普通の人間にできるのだろうか。
そもそも――。
マールはいったい、何者なのか。
そんな疑問を抱えたまま、カイは静かに眠りへ落ちていった。
海底世界の首都、マリネア。
その東端に位置する巨大な王城。
またの名を――アンカー。
夜も更けたというのに、その広大な敷地内では、様々な種族の者たちが忙しなく行き交っていた。
そんな喧騒から隔絶された王室。
そこでは、二人の男が密かに言葉を交わしていた。
その片方は、海底王国を治める国王――プロテウス。
プロテウスはグラスへワインを注ぎながら、目の前に跪く男の報告へ耳を傾けていた。
「およそ三時間前、人間の男がマリネア総合治療所へ入院していることが判明いたしました」
「人間の男?」
「はい。歳は十五前後。少なくとも、マリネアに住む人間の中には該当する者はおりません」
男は膝をついたまま、淡々と報告を続ける。
その背には、細長いバッグが掛けられていた。
「しかも、その人間は――」
男が報告を続けた、その瞬間。
プロテウスの表情が変わった。
グラスを持つ手が止まり、何かを考えるように顎へ指を添える。
そして――。
「……その人間を、歓迎しなければならないな」
プロテウスは、不敵な笑みを浮かべた。




