第四十四話 一筋の光
第五章 手記の記憶
第四十四話 一筋の光
タコ郎は手記を手に呆然と眺めていた。
探していたものが見つかった喜びと開くことへの抵抗が渦巻いていた。
決意を固めて手記の表紙を開きページをめくっていく。そこに記されていたのは思い出すのも辛い三十年前のことだった。
「タコ郎! 起きてよ!」
タコ郎は重たいまぶたをゆっくりと開ける。
「もう朝だよ!」
そばには、青い瞳をした金髪の少年が立っていた。
「勘弁してくれよ……。昨日は遅くまでパトロールに出ていたんだ。それに、今日は休日だろ?」
ここはアンカーにある海衛団の隊員寮だ。
「ねえ、今日は休日だけど、稽古の日でもあるんだよ? 早く起きないとアスターンさんに叱られるよ?」
金髪の少年は、なおもタコ郎を急かし続ける。
「あー、分かった。分かったから」
渋々、タコ郎はベッドから起き上がる。
「今、何時だ?」
「朝の四時半でーす」
窓から外を眺める。
空は、まだ薄暗かった。
「ふざけんな! 稽古開始は八時だろ!? 朝食も食えねーよ!」
タコ郎は思わず文句を漏らす。
「でも、早起きは三文の徳って言うじゃん? ほら、いつもみたく散歩に付き合ってよ!」
「また地上の言葉を……。意味が伝わらなきゃ、コミュニケーションの意味がないだろ」
「俺はタコ郎になら伝わるって信じてるから」
「どういう理屈だよ、全く……」
タコ郎は仕方なくベッドから立ち上がる。
「おはよー! タコ郎」
「ああ、おはよう。ブライン」
タコ郎はブラインと共に、朝の散歩へ出かける。
「いやー、やっぱり朝の散歩は気持ちいいね!」
「眠気で何も感じないぞ」
愚痴を言いつつも、ブラインの散歩に付き合うことは、いつの間にかタコ郎の日課となっていた。
「明日はまた王国のパトロールか……。めんどくさー」
「そんなこと言うなよ。誰がどこで聞いてるか分からないぞ」
「そんなこと言って、タコ郎だってめんどくさいんでしょ?」
「……」
「いやー、早く昇格したいね」
タコ郎たちが海衛団に入団してから、まだ日が浅い。
現在は第四部隊に所属し、隊長であるアスターンのもとで修行の日々を送っている。
「ったく、入るんじゃなかったぜ」
タコ郎は、まだブツブツと文句を言っている。
――ことの発端は、半年前。
当時、就職活動に励んでいたタコ郎は、数々の会社を訪ね歩いていた。
「不採用だ」
「一体、なぜですか?」
「だって君、亜人じゃん」
そんな問答が、何度も繰り返された。
今となっては考えられない話だが、一昔前までは亜人への差別がとても酷かった。
このままでは、手持ちの金も底をついてしまう。
タコ郎は公園のベンチに腰を下ろした。
自分はこのまま、何の稼ぎもないまま飢えて死んでいくのだろうか。
そんなことを考えながら、天を仰ぐ。
この上には、どんな世界があるのだろう。
おとぎ話でしか聞いたことのない、地上の世界。
いつか行ってみたい。
おそらく、そこは平和な世界なのだろう。
――ガサッ。
茂みの揺れる音に驚き、タコ郎はパッと振り返る。
そこには、泥だらけで、見るからに汚れた少年がうずくまっていた。
歳は十五歳くらいだろうか。
「おい、どうしたんだ?」
話しかけてみたが、少年はタコ郎の姿を見て、怯えるように後ずさる。
「タ、タコ?」
「ああ、俺はタコだよ。嫌われ者のな」
あの時は気が立っていた。
だからつい、自分を卑下するような言葉を皮肉たっぷりに口にした。
「タコがしゃべってる! すごい!」
しかし、少年は興奮した様子で目を輝かせていた。
こんな反応をされたのは、初めてだった。
「お前は、どこから来たんだ?」
「どこからって、日本だけど……」
「ニホン……? 聞いたことのない地名だ。方角はどっちだ?」
そう尋ねると、少年は天を指差した。
つられて上を見る。
今日も、空の水面がゆらゆらと揺れていた。
「まさか……」
「多分だけど、地上から来たんだ」
地上から人がやって来ることは滅多にない。
だが、ゼロというわけでもない。
これが……地上人。
「お前が地上人なのか?」
「そういうお兄さんは、海底人なの?」
亜人じゃなくて、海底人か……。
「ああ」
「ねえねえ、俺ってどうやったら帰れるかな?」
「地上へ帰りたいのか?」
「うん」
やはり、地上というのは素晴らしいところなのだろうか。
「家族が、僕の帰りを待っててくれていると思うんだ」
「家族……」
その言葉を聞いて、タコ郎は小さく呟いた。
最近では、あまり聞き馴染みのない言葉だった。
「帰る方法か……」
「お兄さん、タコなんだから、俺を乗せて陸まで連れてってよ!」
「バカ言うな。結界があるから、ここからは出られん」
それができたら、どれほど良かっただろう。
地上の世界を見られるものなら、見てみたい。
「結界?」
「もしかしたら、プロテウス様なら何かご存知かもしれないな」
適当に言ってみたものの、正直なところ、今の政治情勢はよく分かっていない。
「プロテウス様?」
「ああ。この国の国王様だ。お前みたいな人間は、王様に気に入られることが多いって噂がある。王城に立ち寄ってみるといいだろう」
「ねえ、王城ってどこにあるの?」
タコ郎は、ため息を一つついた。
「案内してやる」
そう言って、タコ郎は少年を連れて王城へ向かって歩き出した。
「お前、名前は?」
「俺はブラインって言うんだ」




