第三十話 噂
第四章 深海突入
第三十話 噂
「お待ちしておりました。本日はこのようなところまで、わざわざありがとうございます」
執事服を着たカニの亜人、タラバが深々と頭を下げる。
あまりに腰が低いので、一瞬呆気に取られてしまった。
「わざわざ、ご丁寧にありがとうございます」
慌てて返す。
「滅相もございません」
目を閉じ、軽くお辞儀するその姿は、まさに執事そのものだ。
「お部屋へご案内いたします」
そう言って、背後にある大きな扉を開ける。
「どうぞ、中へ……」
中へ入ると、巨大なエントランスホールが出迎えてくれた。
海外のお城などでよく見るような造りで、正面にはそのまま二階へ続く階段がある。
「すげーっすよ、先輩! シャンデリアって実在したんすね!」
興奮しているためか、ポートのおかしな発言に拍車がかかっている。
「皆様のお部屋は十階になります」
「十階ですか⁉︎」
これまで海底王国で、十階どころか六階以上の建造物に入ったことがなかったカイは、驚きの声を上げる。
「じゅっかい? じゅっかいって、十の戒めのことっすか?」
「落ち着けポート。気持ちは分かるが、落ち着け」
脳が今にも限界を迎えそうなポートを、ノースが必死になだめる。
「また……」
タラバが咳払いを一つする。
「また、本来は同じ部隊の方々とシェアルームをしていただく形になっているのですが、デニズ様のご意向で、今回は特別に御三方には同じ部屋で生活していただきます」
「本当ですか?」
どうやらデニズが俺たちのことを気遣ってくれたらしい。
今回は、その言葉に精一杯甘えさせてもらおう。
「良かったよ! ノース! ポー……」
振り向くと、ノースがポートをおぶっていた。
どうやらポートは、もう充電切れらしい。
「ったく、なんで俺が……」
そう愚痴をこぼしながら、ノースはカイたちの後についていく。
俺はノースに、ははは、と軽い愛想笑いを浮かべる。
「それでは、こちらにお乗りくださいませ」
そう言われてそちらを見ると、人一人が入れるくらいの空間が二つ、広間の壁に不自然に空いていた。
「なんですか? これ……」
その空間の床だけ、木材でできているようだ。
これは、木の板?
「お乗りくださいませ」
タラバがもう一度促す。
カイは恐る恐る、その空間に入る。
すると、頭上には空洞が広がっていて、暗くて先が見えない。
「これは……」
「木の板を足で十回叩いてください」
言われるがまま、足で木の板を踏んでいく。
八、九、十。
その途端、木の板の下から水が迫り上がってきた。
その勢いに押されるように、木の板ごと一気に上昇していく。
「これは、エレベーターじゃないですか!」
ぐんぐんと上がっていく中、途中の階の様子も一瞬だけ見える。
やがて、十階に到着した。
隣から、ノースとポートも飛び出してくる。
「なんじゃこりゃ⁉︎」
「なんすか⁉︎」
初めてのことに驚くノースと、その衝撃で目を覚ますポート。
どちらも滑稽だった。
「お部屋はこちらでございます」
四人が揃うと、タラバが一室の扉を指し示す。
「ここまで案内していただいて、ありがとうございます!」
カイとノースは頭を下げる。
「それでは、私は失礼させていただきます。何かご不明な点がございましたら、一階の管理人室までお申し付けください」
「ご丁寧にありがとうございます。これからお世話になります」
その会話を最後に、タラバは一階へと戻っていった。
「俺、本物の執事、初めて見たよ」
「ああ、俺もだ」
「ひつじ?」
鍵を開けて中に入ると、かなり立派な部屋が姿を現した。
もちろん、家具もほとんど揃っている。
「これまた、豪勢な部屋だな……」
「ここで三人一緒に過ごすのか……」
ポートは疲れた様子でベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。
「明日はいよいよ入隊か……」
俺とノースは椅子に腰掛けて話していた。
「隊長って、どんな人だろう」
期待と不安が胸を渦巻く。
こういうのは、期待したもの勝ちだ。
「きっと強くて、かっこよくて……」
「だったらいいけどな」
カイの言葉に、ノースも同意する。
しばらく沈黙が続く。
最初に口を開いたのは、ノースだった。
「カイ、これは父が聞いた噂だったらしいんだが……」
キョトンとするカイに、ノースが続ける。
「父の一つ前の世代までは、海衛団は五部隊で編成されていたらしいんだ」
「五部隊で⁉︎ 今って四部隊だよね?」
「ああ。その消えた第五部隊ってのは、プロテウス様といざこざがあって、海衛団から分かたれた存在らしいんだ」
「プロテウス様と?」
「詳しい理由は分からないけど……ただ、本題はここからで、その第五部隊は今も深海で何らかの活動をしているらしいんだ」
「活動?」
「ああ。その内容も謎に包まれている。カイには、一応何かあったときのために伝えておこうと思ってな。まあ、単なる噂だから、あんまり気にしなくていいと思うけど」
「じゃあ、俺も寝る。おやすみ」
「うん、おやすみ」
第五部隊……。
また一つ、謎が増えた。
でも、たとえ俺の身にどんなことが起きようとも、マールと二人で地上へ帰る。
この目標を諦めることは、絶対にない。
改めて自分の意思を確認すると、カイも眠りについた。




