第十三話 後輩
第二章 海衛団
第十三話 後輩
目が覚めると――そこは、見覚えのない病室だった。
「まったく、何を考えてるんですか⁉︎」
目を覚ました途端、女性の怒号が耳に飛び込んでくる。
「こんなになるまで放っておくなんて……指導者失格なのでは?」
どうやら、その言葉は俺に向けられたものではないらしい。
「ですから、儂はこの子らの思いを尊重して……ね?」
「何が『ね?』ですか! あなた、この仕事に就いて何年ですか?」
「四十五年です」
「だったら、なおさらです!」
……どうやら、かなり揉めているらしい。
声の主の一人は、アスターンだ。
では、もう一人は誰だ?
気になった俺は、ベッドのそばにかかっていたカーテンをそっとめくった。
そこに立っていたのは――
白衣を着た、一人の女性だった。
「あ、起きましたね」
女性は俺に気づくと、こちらへ視線を向ける。
「何をしているんだ、と言いたいところですが……この自由奔放な老人が許可を出して行ったことなので、今回はあなたたちには目を瞑りましょう」
「あなたたちにはね」
そう言いながら、女性はジロリとアスターンを睨みつける。
「ごめんしゃい」
「反省してます?」
「もちろんじゃ」
……絶対、反省してないだろ。
そんなことを思っていると、女性がこちらへ向き直った。
「申し遅れました。私はネリッサ。アンカーの治療所責任者兼、海衛団の庶務係をしています。普段はこの治療所で働いています」
「ご多忙なんですね……」
「まあ、それなりにね」
ネリッサは苦笑する。
それから、ふと疑問が浮かんだ。
「あれ? ノースは?」
辺りを見回す。
しかし、どこにも姿はない。
「あなたと一緒に運ばれてきた彼なら、先に目を覚ましてどこかへ行っちゃったわ」
「そうですか……」
「それと、あなたも軽い打撲だけだから。さっさと退院してください」
「はい」
俺はベッドから起き上がった。
治療所を出る。
廊下を、とぼとぼと歩いていく。
身体のあちこちが痛む。
幸い、大きな怪我はないらしい。
アクアエネルギーは、魔法とは別物だ。
だから、傷を治すような力は使えない。
「……ノースとの話、どうなるんだろう」
昨日の決闘。
そして、互いに倒れたところで終わった勝負。
結局、勝敗はつかなかった。
それどころか、ノースとはまともに話すことすらできていない。
「……まあ、明日になればわかるか」
そう自分に言い聞かせ、寮の部屋へ戻る。
ベッドへ倒れ込むと――
そのまま、深い眠りについた。
翌朝。
いつも通り朝食を済ませ、巡回警備へ向かう。
訓練場へ向かう途中、ノースの姿を見つけた。
どうやら、先に来ていたらしい。
「あの……昨日のことは――」
声をかける。
すると、ノースは俺の方を見た。
「話がある」
「え?」
「夕食後、俺の部屋に来い」
それだけ言うと、ノースは先に歩き出した。
「待っ――」
引き止めようとした、そのときだった。
「カイ殿」
後ろから声をかけられる。
振り返ると――
そこには、王城に初めて来たとき、門番をしていた衛兵が立っていた。
「プロテウス様がお呼びです。今すぐ王室へ」
「わかりました。でも……」
俺はノースの背中を見る。
すでに、かなり先まで歩いている。
「お前がいなくても、別に問題はない」
遠くから、ノースの声が聞こえた。
「……」
相変わらずの毒舌だ。
だが――
最近は、もう慣れてきた。
「後は任せた」
そう言い残し、俺は王室へ向かった。
ちなみに、あの門番の衛兵とは、最近では時々話をしたり、一緒に食事をしたりする仲になっている。
胸元に輝く徽章を見ると――
「……もう赤紫になりかけてる」
入団してから一か月。
俺だけでなく、周りの隊員たちも少しずつ変化しているらしい。
俺はそのまま、王室の前へ辿り着いた。
扉をノックする。
「入れ」
中から声が返ってきた。
「失礼します」
扉を開ける。
そこには、プロテウスがいた。
そして――
「……誰だ?」
もう一人、見慣れない人物が立っていた。
何よりも目を引くのは、その赤い髪だった。
かなり目立つ。
「彼はカイ」
プロテウスが口を開く。
「最近入団した者だが、実力は本物だ」
「……!」
思わぬところで褒められ、少しだけ鼻が高くなる。
「カイ、こちらは新しく入団したポートだ」
プロテウスが、隣の少年を紹介する。
「ポートっす! よろしくお願いします、先輩!」
ポートは元気よく頭を下げた。
「あ、こちらこそ、よろしく」
俺も頭を下げる。
年齢的には、俺たちより少し上に見える。
そんな相手から「先輩」と呼ばれるのは、なんとも不思議な気分だった。
「カイ」
プロテウスが続ける。
「警備の時間中、ポートに城を案内してやってくれ」
「わかりました」
そう返事をしたものの――
ふと、昔のことを思い出した。
俺が海衛団へ入団したときも、ノースが城を案内してくれたんだよな。
あの頃は、右も左もわからなかった。
それが今では――
「俺が案内する側か……」
時の流れは早いものだ。
「ついでに――」
プロテウスが何気なく続けた。
「ポートには、カイと同じ部屋に住んでもらう」
「へ?」
間の抜けた声が、反射的に口から漏れた。
「……」
頭の中に、今までの快適な一人暮らしが浮かぶ。
広い部屋。
大きなベッド。
静かな夜。
そして――
それが今日で終わる。
「わかりました!」
隣では、ポートが嬉しそうに返事をしていた。
「……まあ、いいか」
こうして俺は、新しい後輩――ポートを迎えることになった。
その後、ポートと一緒に城内を回った。
「ここが食堂だ」
「おお!」
「こっちが書庫」
「すげえ!」
「それから、あそこが研究室」
「へえ!」
ポートは、いちいち楽しそうな反応をしてくれる。
説明しているこちらまで楽しくなってくるほどだ。
「先輩、海衛団ってすごいっすね!」
「まあ……俺も最初はそう思ったよ」
素直に話を聞いてくれる。
それに、よく喋る。
ノースとは正反対だ。
「……面白い後輩ができたな」
俺は、少しだけ嬉しくなった。
午後。
ポートと一緒に昼食を済ませ、訓練場へ向かう。
訓練場に到着すると――
「それでは、本日から新しいお友達が訓練の仲間に加わります! みんな、仲良くするよーに!」
アスターンが、どこか聞き覚えのある台詞を口にした。
「……」
あのときと、まったく同じだ。
「ポート君じゃ! みんな、よろしく頼むぞい!」
「よろしくお願いします!」
ポートが元気よく頭を下げる。
周囲の隊員たちからも、ちらほらと声が上がった。
俺が入団したばかりの頃とは、少し違う。
なんだか――
懐かしい気分になった。
訓練が終わり、夕食を済ませる。
「じゃあ先輩、また明日!」
「ああ。また明日」
ポートと別れ、俺はノースの部屋へ向かった。
朝、約束した話をするためだ。
廊下を歩き、部屋番号を確認する。
「ここか」
扉の前に立つ。
そして――
コンコン。
ノックをする。
「……」
返事はない。
もう一度。
コンコン。
「……」
やはり、返事はない。
「留守なのか?」
そう思いながら、もう一度ノックしようと手を上げる。
その瞬間――
ガチャ。
扉が開いた。
「……!」
中から出てきた人物を見て、俺は固まった。
ノースではない。
見覚えのない男だ。
そして――
その頭は。
まるで――
「……亀だ」
思わず、そう呟いていた。




