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帰る場所は海の底  作者: cat-run
第二章 海衛団

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第十話 準備

第二章 海衛団

       第十話 準備


「其方は今、この瞬間から海衛団の一員となる。


 高き志と誇りを持ち、海底王国のために命を尽くせ」


 プロテウスはそう告げると、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、そばにあった棚から一つの小箱を取り出し、机の上へ置く。


「それは?」


 カイが尋ねる。


 プロテウスは答えることなく、小箱の蓋を開いた。


 中に入っていたのは――


 何度も目にした、あのバッジだった。


 しかし、以前見たときとは様子が違う。


 あのときは赤い光を放っていたはずなのに、今はまったく発光していない。


 そのせいか、どこか地味な印象を受ける。


 中央には、やはり老人のような横顔が形どられていた。


「これは海衛団内での身分を表す、いわゆる徽章だ」


 プロテウスは徽章を手に取ると、カイへ渡すように顎をしゃくった。


「……俺が?」


「ああ」


 カイは恐る恐る手を伸ばす。


 そして――


 徽章に触れた。


 その瞬間。


 パッ――!


 徽章が赤く発光した。


「……!」


 カイは思わず目を見開く。


「発光する色は、団内での階級を表している」


 プロテウスが説明を続ける。


「初めは赤。そして紫、青へと変化していき、最終的には緑色へと変わる」


「緑……」


「だが、緑色に変化するのは――団長、ただ一人だけだ」


「団長?」


 カイが聞き返す。


「海衛団は、下から一般兵、上級兵、隊長、団長で構成されている」


 プロテウスは淡々と説明する。


「其方もこの後、五つある隊のうち、どの隊に所属するかを決めることになる」


「なるほど……」


 カイは徽章を見つめながら頷く。


 こういう初めてのことは、まず知ることが重要だ。


 わからないなら、覚えればいい。


 知らないなら、吸収すればいい。


 そうやって少しずつ、この世界で生きていく。


 ――そう思ったところで、ふと疑問が浮かんだ。


 待てよ。


 最上位の階級が緑色なのだとしたら――


 青緑色に発光していた、あの徽章。


 あれを身につけていた男は、一体何者だったんだ?


「……」


 気にはなる。


 だが――


 今は深く考えなくてもいいだろう。


 それよりも、まずは自分のことだ。


「海衛団になって、まず行うことは何だ?」


 カイが尋ねる。


「この王城――アンカーの警備。そして、アクアエネルギーを使った訓練だ」


「なるほど」


 まあ、初めから地底人の捜索なんてできるわけがない。


 カイは、ここへ来た当初の目的を思い出す。


 地上へ帰る。


 そのために、海衛団へ入った。


 ならば――


 まずは、ここで力をつけるしかない。


「まずはアンカーについて、よく知ってもらう必要がある」


 プロテウスがそう言った。


 そして――


「ノース、入れ!」


 王室に響き渡るほどの声で呼びかける。


 すると同時に、王室の扉が開いた。


「失礼します」


 入ってきたのは、カイと同じくらいの歳に見える少年だった。


 髪は少し青みがかっている。


 胸元には徽章がついており、赤い光を放っていた。


 ただし――


 カイの徽章よりも、わずかに濃い赤色だ。


「この者に城を案内してやれ」


「承知いたしました」


 少年――ノースは短く返事をすると、王室の扉へ向き直る。


「行くぞ」


 カイに一言だけ告げた。


「……あ、うん」


 カイも慌てて後を追う。


◇


「ここが食堂」


「ここが書庫」


「ここが研究室」


「ここが講義室」


 ノースは淡々と部屋を紹介していく。


 足取りも速い。


 まるで、さっさと終わらせたいと言わんばかりだ。


 カイはその後ろを歩きながら、周囲を見回す。


 これが海衛団の本拠地。


 昨日まで何も知らなかった世界の中で、これから自分が生活していく場所だ。


 そう考えると、少しだけ胸が高鳴った。


 ――こういうときは、最初の印象が肝心だ。


 中学でも。


 高校でも。


 人との関わり方に失敗してきた。


 だからこそ、今度は――


「俺の名前はカイ。君はノース君だっけ?」


 思い切って話しかける。


 しかし――


「話しかけんな」


「……」


 冷たい。


 あまりにも冷たい反応だった。


 カイの足が、一瞬だけ止まりかける。


 胸の奥が、ズキリと痛んだ。


 聞き覚えのある言葉。


 かつて何度も向けられた、あの冷たい視線。


 忘れたつもりだった記憶が、一瞬にして蘇ってくる。


「あの……」


 それでも、カイは声をかけた。


 だが――


「お前、海衛団やめちまえよ」


「……え?」


「それか、俺の視界から消えろ」


 ノースは振り返りもしない。


「今はプロテウス様の命令で案内している。だが、これが終わったら――すぐにどちらか選択しろよ」


 カイは黙り込んだ。


 俺は、この人に何かしてしまったのだろうか?


 いや。


 違う。


 最初から、彼はこの調子だった。


 自分が何かしたからではない。


 ただ、理由もなく拒絶されている。


 以前の自分なら――


 きっと、何も言い返せなかった。


 相手の機嫌を損ねないようにして。


 何も言わず。


 ただ、その場から離れていた。


 けれど――


「……いやだ」


 カイは、はっきりと告げた。


 ノースの足が止まる。


 初めて、彼が振り返った。


 カイは真っ直ぐにノースを見る。


「俺には、果たさなきゃいけない約束がある」


 その言葉には、迷いがなかった。


 マールとの約束。


 地上へ帰るという、自分自身との約束。


 そして――


 もう二度と、自分から逃げないという決意。


 カイは、静かに拳を握った。


「だから――」


 一歩、前へ進む。


「俺はもう逃げない」



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