063.リディアの回復
地方へ魚を運ぶ際、時間がかかるのは
——魚を運ぶのに時間がかかる。
——魚を運び始めるまでに時間がかかる。
の二択を迫られたフェルネは返事をするのに時間を要した。その間、シュヴァルツは誇らしげに微笑んでいた。
(さぁ、どうする。どちらを選んでも結果は同じだぞ。)
「……その二つで分けられません。」
フェルネは、第三の選択肢を出そうとした。
「ほう? それは何だというのだ。」
「魚を運び始めるまでの時間、運搬そのものに要する時間、到着後に販売されるまでの時間。それぞれを分けて調査する必要があります。」
(ほう……選択肢を自ら増やしてきたか。これは面白い。)
シュヴァルツの顔が少し歪んだ。
「では、それぞれの時間を確認しようではないか。」
「魚が水揚げされてから都市部へ届くまでの時間の内訳は、この資料にあります。」
フェルネは、カッツエの資料を皆に配った。シュヴァルツは資料の内容を見ると眉をひそめた。
「なぜ、輸送までに三時間も掛かっている。これでは、鮮度も落ちるぞ。」
「一定量の魚を一度に輸送しているためです。コストを抑えるためにはやむを得ません。」
文官の一人が回答する。
「魚は生鮮品だぞ。運び出すまでに時間をかけては品質が落ちる。これだと、破棄する量も増えるであろう。」
「しかし、輸送コストを考えると、今の方が合理的との判断です。」
文官の返答にシュヴァルツは更に質問する。
「では確認しよう。都度輸送した場合の試算と破棄した損失額を比較すると、どちらの方が多いのかね。」
シュヴァルツの質問に文官は黙り込む。
「……なるほど。比較していないのか。世間では、タリアン王国の改革は優れていると聞いていたのだが……少々、期待外れだったようだ。」
シュヴァルツの返事に沈黙が続く。リディアは相変わらず何も答えなかった。しかし、何かを呟いているようにも見えた。
「では、私から一つ提案しよう。」
シュヴァルツは立ち上がり、持っていた資料を机の上に置いた。
「分からないのであれば、実験すれば良い。」
「実験……ですか。」
「そうだ、一度にやると影響も大きい。だが、一部の地域に限定すれば、影響も小さくて済む。」
「しかし、何を比較するというのだ。」
文官の一人が質問をする。
「現在の輸送方法で発生している廃棄損失と、都度輸送した場合に増加する輸送費。その二つを比較するのだ。当然、都度輸送した場合は、輸送コストも跳ね上がる。利益圧迫分も考慮が必要だ。」
「……比較……」
リディアが小さく呟いた。
「一度にやると影響も大きい。」
(正解だと思っていたから、失敗した時の影響を考えていなかった。)
「一部の地域に限定すれば……失敗しても、被害を抑えられる……」
(小さく始めれば、失敗した時の影響も小さい。そうだ。成功してから拡大していけば良い。最初から正解を出す必要なんて、なかったんだ。)
「……その実験、やってみましょう。」
リディアが初めて意見を出した。シュヴァルツはリディア自身から発言したことに驚いた。
(……完全に壊れていなかったのか。ヤツが復活したのは残念だが、これ以上の滞在は無用だ。だが、ヤツに実験させれば、我が国の試験データとしても使える。利用させてもらうぞ。)
「お嬢さま、本当によろしいのですか。」
フェルネは、念を押すように尋ねた。リディアは、ゆっくりと首を縦に振った。
「私は不要のようだから、これで帰らせていただく。それに、長居すると我が国の事が心配だ。あと、私が提案した実験だ。実験結果は共有してもらうぞ。」
「やむを得ません……良いでしょう。」
フェルネは、渋々承諾した。
そして、シュヴァルツは家来と共にヴァイスへ戻った。
「結局、リディア嬢をこちらの意見に頼らせることはできませんでしたね。」
家来は残念そうに言うが、シュヴァルツは内心喜んでいた。
「確かに残念だが、得る物もあった。ヤツが復活してくれた方が、倒しがいもあるというもの。ヤツが弱っている時に奪うと国民に反感を買う。相手が正常な状態で倒してこそ、敗北を正当化できる。まだ利用価値があるというものだ。」
「そうでしょうか。」
「ヤツは、民衆の信頼が厚い。ヤツが私の提案を受け入れたという実績も残った。今後、タリアンで何か問題が起きた時、我が国の提案を受け入れる前例が出来たということだ。」
「それは、よろしい事ではないですか。」
「うむ。タリアンがヴァイスの提案を受け入れることに、心理的抵抗がなくなれば、内から攻めることも出来る。時間こそ掛かったが、計画通りというわけだ。」
シュヴァルツは、大笑いした。
「例の計画は、まだ進行中だったわけですな。」
「当たり前だ。失敗すれば、手を変えて実行する。ただそれだけの事だ。」




